Menu 4 ~ オムライス ~
ソニアが仕事場で書類の山を相手に悲鳴を上げているであろう午後20時。
まだまだ新参者で知名度も無い、客はソニアだけ……
まぁ、この何でもポンポン出せるスキルを、大勢の人の前で見せると何か厄介事に巻き込まれそうな気がするので
今はソニアを相手に少しずつお金を稼いで、いつか店舗を構えたとき……ちゃんとした厨房を確保してから、客引きをすれば良いか。
そんなことを思いながら、何気にステータス画面を確認すると、いつの間にか新しいスキルが追加されていた。
「ん?いつの間に……」
とりあえず、新しく追加されているスキルの内容を確認する。
〇 収納 Lv・Ⅰ 『 パッシブスキル 』
属性:-
消費MP:-
*1度出現させた物を四次元空間に収納することができ、いつでも取り出せる。
*Lv・Ⅰの上限は10000。最大レベルのⅤになるまで、このスキルのレベルが 1 上がるごとに、上限が10000ずつ増える。
「四次元ポケッ……んんっ!四次元って……どこの未来の猫型ロボットの常備品だよ。でもまぁ、仕込んだ調理する前の物を収納できるようになったのは嬉しいな。カレーとか、寝かせた方が美味しくなる料理とかあるし。」
まぁ、今のところ常連はソニアしか居ない……そんな状況で、10000もの料理や食器を収納することなんて無いだろうから
【 創造 】とは違って、こっちのスキルのレベルアップには時間がかかるだろうな。
「うっし!それじゃあ、仕込めそうな物は仕込んで……ん?」
野菜を切り始めようとした時、短髪の人がフラフラと歩いて……前のめりで倒れそうになった。
「危ねぇ!」
届きそうな距離だったので俺は咄嗟に駆け寄り、その人が倒れる前に何とか受け止める。
近くで確認したその人は紺色のショートヘアの女性で、ソニアよりも軽装……ボンテージっていうのか?動きやすさ重視と思われる装備に身を包んでいる。
「あ……あぁ、すまない……」
「いや、それより何が遭ったんだ?見た感じ、傷を負ってるみたいだけど……」
「この傷は今回の件とは関係無い。今日よりも前にできた物だ……それより、この辺りに食事ができる場所は無いか?空腹で……」
「腹減ってんのか?だったら、こっちに来な!すぐに用意してやるよ。」
俺は女性に肩を貸して店まで移動し、御客用の椅子に座ってもらう。
「こんな場所に店が……」
「つい先日始めたばっかりでね。お客さん、文字の読み書きはできるよな?」
「あぁ。問題無くできるぞ。」
「そっか。じゃあ……はい、これ。メニューだ。そこに書かれている物なら、何でも用意できるぞ。」
「……普段なら受け取るんだが、今は本当に、とにかくお腹が空いてるんだ。食べられれば、パン1個でも構わない。すぐに用意してもらえないか?」
「了解!じゃあ、ちょっと時間をくれ。」
俺は少し姿勢を低くして【 創造 】のスキルを発動し、用意した料理を女性の目の前に置いた。
「なっ……これは……?」
「オムライスって料理だ。腹減ってんだろ?とりあえず一口、食べてみな。」
「あ……あぁ……いただきます。」
女性はスプーンを手に取り、小さく切り取ったオムライスを口に含んだ。
「ん……もぐ……んんっ!?何だ、この料理は!?」
「やべっ、口に合わなかったですか?」
「とんでもない!凄く、凄く美味しい!こんな料理を食べたのは、産まれて初めてだ!この黄色いのは卵の薄焼きか。バターと調味料、あとほんの少しだが、加工する前の牛の乳の味も感じる。」
女性は笑みを浮かべながら、二口、三口とオムライスを口へ運んでいく。
「中の具も美味しい!鶏肉とキノコ、玉ねぎ、緑の野菜は判るが……全体的に入っている、この橙色の粒は何だ?」
「この世界ではやっぱり、流通しているどころか存在しているかも怪しくなってきたな……それは米っていう植物を、トマト味のソースで味付けしてある物だよ。」
「コメ……初めて聞いたが、美味しいな。」
「……これが味付けする前の米だよ。」
俺はそう言いながら、【 創造 】のスキルで追加で取り出した茶碗に盛られたご飯を女性に見せる。
「へぇ、元は真っ白なんだな……少し、食べてみても?」
「どうぞ。」
女性はスプーンでご飯を少し取り、口へと運んだ。
「ん…………微かに甘いけど……私は、このオムライスとやらの中に入っているような、味付けされている方が好きだな。」
「まぁ、この米本来の味を楽しむ人も居るだろうけど……大抵の人はそう言うだろうな。」
その後も女性は美味しそうにオムライスを食べ……
「ぁ……すまない。もう1つ同じ物、オムライスを用意してくれないか?」
「了解!」
2皿目もあっという間に、綺麗に完食してくれた。
「ふぅ……お腹いっぱいだ。お兄さん、代金は幾らだ?」
「えっと、オムライス1皿が銅貨7枚だから、2皿で銀貨1枚と銅貨4枚です。」
「1皿、銅貨7枚!?こんなに美味しいオムライスが!?安すぎないか!?」
「ははっ、他のお客さんにも、別の料理の支払いをしてもらう時に、似たようなことを言われましたよ。」
「まぁ……店主であるお兄さんが決めた値段だ。この値段で良いというのなら、私はそれに従って支払うが……」
そう言って女性はソニアと同じく、財布と思われる皮袋から銀貨1枚と銅貨4枚を取り出し、支払ってくれた。
「はい!丁度いただきます。」
「私個人としては、その2、3倍の値段を支払っても良いと思うんだが……まぁ、良い。それよりお兄さん。」
「ん?」
「さっき、少し気になることを言っていたな。『 この世界 』……と、どういうことだ?」
「え?無意識で言っちまってたのか。えっと……信じてもらえるかどうかは判らないんだけど、実は……」
俺は先日ソニアに話した内容と同じことを、正直に女性に話した。
「なるほど……オムライスなんて料理、この世界には存在しないからな。それも、お兄さんが元居た世界の物だというのなら納得できる。」
「異世界の人間が、こんなことしてるなんて国のお偉いさんとかに知られたら、やっぱり問題になったりするのかな?」
「まさか!そんなことで罪に問われるものか。あぁ、でも……あまり目立った動きをするのは控えた方が良いな。」
「え?それはどういう……」
「こんなに美味しい料理を出す店があるなんて他の連中に知られて賑わい始めたら、私が料理にありつける時間が遅くなる。そんなの我慢できないからな。」
「……ははっ、そこまで言ってもらえるほど気に入ってくれたみたいで良かった。まぁ、そのうちお金が貯まったら店舗を購入するつもりではいるけど、そんなのまだまだ先の話。当分は此処で、ひっそりとやらせてもらうよ。」
「ふふっ、それを聞いて安心した。お兄さん、名前は?」
「俺はタクト。見ての通り、新参の飲食店経営者さ。」
「タクト……か。私は『 セシル 』。この町の冒険者ギルドに登録している冒険者だ。まぁ、やってることは斥候のような内容の方が多いけどな。何にせよ!今は懐が温かいし、またクエストを達成した報酬で食事しに来るよ。」
「あぁ。またの御来店、心よりお待ちしております。」
セシルは微笑みながら手をヒラヒラと振り、大通りの方へ歩いて行った。
「セシルか……ははっ、少しずつだけど、飯を美味いって言ってくれる人が増えるのは、やっぱり嬉しいな。」
物珍しさもあるのかもしれないけど、美味い物は誰が食べても美味いもんな。
そんなことを思いながら、俺は数分前までオムライスが乗っていた皿やスプーン、コップを洗い、四次元空間に収納した。