Menu 3 ~ キツネ蕎麦 ~
昨夜の件もあり、俺は日が昇ってから女神様にこの世界のお金のことを訊いてみた。
女神様の説明によると、『 銅貨1枚で100円 』、『 銀貨1枚で1000円 』、『 金貨1枚で10000円 』の価値があるらしい。
元の世界にあった1円、5円はまぁ……置いておくとしても、10円、50円のような『 10単位 』の概念は無いとのこと。
つまり、子どもがお小遣いで気軽に買えるような駄菓子でも、この世界では100円からのスタートということになる。
「(最近の駄菓子は物価が上がって、ちょっと高くなっているそうだけど、まぁまぁまぁ……)」
あと、この世界には消費税は無いそうなので、お客さんには、こちらが決めた値段をそのまま支払っていただくことにする。
……正直、消費税の計算とか面倒でしかないので、無くて助かった。
「そうだな……時間はいっぱいあるし、メニューでも作っておくか。」
◇◇◇
12時
昼食時だからか、街道の方が午前中よりも活気づいている。
「こんにちは!タクトさん。」
「おぅ、ソニア。いらっしゃい。」
「お金の勉強はできましたか?今日はちゃんと、料理に見合った値段を支払わせていただきますからね!」
「それなんだけど……はい、これ。」
俺はさっき作ったメニューをソニアに手渡す。
「これは?」
「メニューを用意してみた。まだ作ってる途中なんだけどな。そこに書いてある料理なら問題無く出せるし、作れる。あとは、少しずつ自分の記憶を頼りに随時増やしていくつもりだ。」
「そうなんですね。……当たり前ですが、どれも見たことの無い料理ばかりです。味の想像ができません。あぁ……迷ってしまいます。」
「ソニア。今日は午後から仕事は?」
「書類整理くらいですね。上からも下からも報告書が沢山入ってきて、大変なのですよ。」
「そっか。仕事が無いなら、時間を気にせずゆっくり選んでくれて良いって言えたんだけどな。」
「ありがとうございます。そうですね……あの、タクトさん。この『 お蕎麦 』という料理が気になるのですが……」
「蕎麦?」
「えぇ。ミートソース?やボンゴレ?の絵に描かれている黄色いパスタは存じていますが……この蕎麦というものは、それよりも遥かに黒い……こちらの『 うどん 』も気になります。こちらは対照的にとても白いうえに、パスタや蕎麦に比べて、とても太いです。あ……でも、具材は蕎麦と同じような物が多いですね。」
「どうする?好きな物を選んでくれて良いぜ。」
「…………決めました!このキツネ蕎麦をください。」
「あいよっ!」
注文を頂いたので、【 創造 】のスキルで蕎麦を用意した。
今回はせっかくなので、生麵をお客さんの目の前で、寸胴鍋で湯がいて見せる。
汁は……初見さん相手だし、関西風の色の薄い方にしておこうかな。
でも確か、実際には関東風の色の濃い汁の方が、塩分濃度だったかな?何かの数値が低いって、昔テレビで見たような気がする。
湯切りをしてから丼鉢に投入した蕎麦の上から汁をかけ、味の染みた油揚げと薄く切ったかまぼこを2枚ずつ、薬味のネギを載せてソニアに提供する。
「お待ちどぉ!」
「わぁ……良い香りですね。では、いただきます。えっと……フォークを……」
「ん?あぁ、悪い。はい、フォーク。……せっかくだし、俺も昼飯にするか。」
同じ物を用意する俺の目の前で、ソニアはスープスパゲッティを食べるが如く、フォークに蕎麦を巻き付けて食べていた。
当たり前だが……俺の知ってる食べ方とは、遥かに異なっている。
「美味しい!このスープも良い香りですが、お蕎麦自体も香りが良いのですね。もしかして、このお蕎麦単体だけでも、充分なのでは?」
「そのメニューに笊蕎麦ってのが描かれてただろ?聞いた話だと、食通って呼ばれる人達はその笊蕎麦を食べる時、まず最初は何もつけないで食べ、二口目から汁をつけて食べるそうだ。最初の一口目で蕎麦そのものの香りを楽しむんだとか。」
「なるほど。」
「さてと……俺の分もできた。客の前で失礼かもだけど、早速食うか。」
俺も木製の椅子に腰かけ、箸を使って蕎麦を啜った。
「むっ!タクトさん、そんなに音を立てて……お行儀悪いですよ。」
「ん?まぁ、ソニアからしたらそうだろうな。けど、パスタとは違って、うどんや蕎麦はこうやって食べることを許されてるんだ。しかも、蕎麦に関しては豪快に音を立てて食べるのが粋っていう話を聞いたことがある。」
「粋……という言葉の意味は知りませんが、なるほど……これはタクトさんが居た世界の食べ物。つまり、そうして食べるのが、正しい食べ方なのですね。よし……」
ソニアはフォークに蕎麦を巻き付けないで持ち上げ、そのまま口へと運んだ。
「ん……んん?んっ……ごくっ、うぅ……上手く音を出せないどころか、途中で蕎麦を噛み切るタイミングが……」
「まぁ、御国事情もあるし、こういうのは慣れだからな……今は無理でも、いずれできれば良いんだよ。」
「そう言っていただけると……んっ!この茶色い、三角形の食べ物も甘辛くって美味しいですね!」
「油揚げか?味が沁み込んでて、美味いだろ。」
「油揚げというのですね。こちらに、キツネのお肉が使われているのですか?」
ソニアの発言に、口に含んでいた汁を吹き出しそうになる。
「ぷっ、ふふっ……いや、キツネの肉は使ってねぇよ。油揚げは大豆っていう豆を加工して作ってるんだ。」
「豆……これがお豆!?一体、何をどうしたらこのような形に……?いえ、それよりも、では……キツネのお肉を使っていないのに、どうしてキツネ蕎麦というのですか?」
「俺の元居た世界に、キツネを神様として、神様の使者として崇め奉っている地域があってな。お稲荷様っていうんだけど。そのお稲荷様の好物が油揚げで、供物として捧げるんだよ。」
「なるほど、それで油揚げがキツネ……納得しました。」
他にも雑談をしながら蕎麦を食べ……ふぅっと満足そうな笑みを浮かべて、ソニアが息を吐いた。
「ごちそう様でした。スープも飲める分、私がいつも食べているパスタよりも満足感があるような気がします。」
「そっか。それなら良かった。」
「では、お会計をお願いします。」
「おう。メニューにも書いてあったけど、キツネ蕎麦1杯で銅貨4枚だ。」
「…………え?」
俺の言葉に、ソニアがキョトンとした表情で見つめ返してくる。
「あれ?高すぎたか?天ぷらや肉を使ってない分、これくらいかと思ったんだけど……後で、もう少し安く書き直しておくか。あっ、手持ちが足りないなら、ツケでも……」
「違います!違います!逆、逆です!本当に銅貨4枚で良いんですか!?この美味しいお蕎麦が!?安すぎませんか!?私、最初にメニューを見た時は味が判らなかったので、それくらいが妥当かと思っていましたが、これならこの銅貨に加えて銀貨1枚支払っても良いくらいですよ!」
1400円のキツネ蕎麦は流石に高価すぎる……
「良いんだよ、材料費がかかってるわけでもないし。それに、少しでもソニアがそう感じてくれるのなら、出して良かったって思えるからな。」
「タクトさん……」
「けどそっか、ソニアの反応から見るに、あと1枚銅貨を追加しても問題無さそうだな……けど、今日は銅貨4枚で。」
「わかりました。」
そう言いながらソニアは財布と思われる皮袋から銅貨を4枚取り出し、支払ってくれた。
「丁度頂きます。これで、少しはお釣りを返せる目処が立ったよ。」
「うふふ。タクトさん、今日の夜は書類仕事で仕事場を抜け出せそうにありません……非常に残念ですが、また、明日来させていただきますね。」
「おぅ!……あっ、ソニア。ちょっと待って!」
「はい?」
俺は【 創造 】のスキルで稲荷寿司を取り出し、布に包んでソニアに手渡す。
「頑張る水軍都督様にサービスだ。コイツを持って行きな。」
「これは……先程の油揚げ!ですが、何やらパンパンに膨れていますね……」
「ソニアには馴染みが無いかもしれないけど、米っていう俺の居た世界では主流だった食材が詰まってる。腹持ちは良いと思うから……まぁ、明日にでもまた感想を聞かせてくれ。」
「わかりました。ありがとうございます、タクトさん!」
そう言いながらソニアは一礼をした後、稲荷寿司が入った包みを大事そうに抱えて去って行った。