七日目 優しい毒
「チョイさん、ここは緑豊かですね。ほら野生動物もあんなに」
「そうね。ここはこの世界で最高の楽園になったわね」
「なった? 前は違ったんです?」
「ええ。ほら、目を凝らせば見えてくるわ」
「目を凝らす……? あ、これ、コンクリート!? 緑が覆い尽くしてて気が付かなかった……」
「そうね、元は世界でも有数の大都市だったんだもの」
「ああ、じゃあ此処も?」
「ええ、そうね。ここも最終兵器の跡」
「聞かせて下さいな」
「ええ。この見晴らしのいい場所から眺めながらね」
「うん。眺めたい、そんな気分ですし」
「一世紀ほど前、ある科学者は考えた。『世界をあるべき形に戻すには、人間をどうしたらいいのだろう』って」
「うん」
「どうして彼女がそう思ったかは分らないけれど」
「女の人だったんだ」
「ええ、そう女性。最初は変化していく世界を。来る終末を考えたのかも知れないし、それを食い止めようとしたのかも知れない」
「うん……」
「最初、彼女は流行り病を蔓延させた。人々はその病を恐れ、最善の対処を尽くしたの。けど次第に対処法が明確になると、疎かになってあまり気にしなくなったの」
「脅威の差かな。人はさ、そう言うところあるよね」
「科学者は思ったの、『これではダメだ』と。このままでは人々の怠慢で滅んでしまうってね」
「え、滅ぼすつもりでは無かったの?」
「彼女は警鐘を鳴らしたかったのね。だって滅ぼすつもりなら、もっと極端な毒を作ればいいのだから。もっとハードなウィルス」
「あ、そっか」
「彼女は考えたわ。どうしたら人々の意識を変えられるか」
「でも、それって、人々で考える事じゃないの? 科学者だけじゃなくてさ」
「そのとおりね。彼女は傲慢だったのかも知れない」
「エゴって奴かぁ」
「それでね、彼女はある結論に辿りついたの。今をリセットして、やり直そうって」
「ああ、そうなっちゃったかぁ」
「そして彼女は完成させた。“優しい毒”と名付けられたウィルス兵器を」
「でも、人間も馬鹿じゃないでしょ? 対応策を講じたんじゃないんです?」
「ううん、そうならない様に科学者は考えたの。ウィルスは誰も気が付かない様な速度で、ゆっくりゆっくり、人類から知能を奪って行ったの。そしてだんだん人間は考えなくなった」
「そんなこと、……なんか、怖い」
「そして、此処は楽園になった」
「じゃあ、まさか、あの動物たちって……」
「だとしたら、もう一度進化の過程を経て、辿りつく未来は彼女の夢見た世界になるのかしらね」
「彼女自身はどうなったのかな?」
「さぁ?」
「でも、今度は上手くいくといいね。みんなで」
「優しいのね、ミンちゃん」
「今回は何となくね……」
「そっか。そうね」