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第33話 私の選択

 あっちの世界に戻るのは明日。

 イシダと合流してからとの事で私達レム家は東雲堂とその上にある住居スペースに分割して寝泊まりすることになった。


 お祖母様は母様達と何か打ち解けており談笑していた。

 急に息子と再会して、しかも3人も奥さんが居て、孫も6人。

 話したいことも山ほどあるのだろう。


 父様は龍之介さんと酒を飲みながら話している。

 家ではあんまり見られない光景ね。

 でも、叔父さんとは時々飲みに行ってたっけ。


 私は屋上に出て外を眺めていた。

 明日でこの世界ともお別れか……


「やぁ、リリィ君」


「ユリウス……あんた何でここに来たのよ」


 いつの間にかユリウスが屋上に出て来ていた。


「いや、そのなんだ……ちょっと居づらい空気だったからね。外の空気でもと……」


 まあ、そうか。

 周りは東雲の人やレム家の面々。

 その中でひとりだけ場違いだものね、こいつ。


「だが済まない。やっぱり中へ戻るよ」


「……別にいいよ。ちょと聞きたいこともあったし」


「そうか。ありがとう」


「でも、あんまり近づかないでね」


「あ、ああ……」


 ユリウスは私から少し離れたところに立ち位置を決めた。


「ねぇ、ユリウス。なんであんた、わざわざこっちの世界に来たの?」


「それは勿論君のピンチと聞いたからさ」


「私はあんたにドラゴンスープレックスして大けがさせた女だけど?」


「あの一撃は凄かった……あんな経験は初めてだったよ」


 え、もしかしてこいつあれで何かに目覚めた。

 その、特殊な性癖的な何かに……

 やだ、ちょっと怖いんですけど……


「僕は思いあがっていた。名家に生まれ、家は金持ちだった。容姿端麗、それにスポーツも出来る」


「自分で言わない方がいいよ……何か痛々しい」


「ま、まあ……ね。そんなわけでボクは選ばれしものだと思い込んでいた。人の上に立つべき、そういう存在なのだと驕り高ぶっていたわけだ。だから君のお姉さんにあんなことをしようとした……最低な男だ」


「ええ、控えめに言って……最低ね」


 口では言っているが実際、今の私はそこまでこいつに悪い感情は持っていない。

 自分を客観視出来ていなかっただけだ。

 もっと『最低』な男を私は知っているし……


「だけど僕は君の体技で目が覚めた。月並みなセリフだとは思う。でも家族の為に怒った君のその精神に僕は感銘を受けたんだ。だから、君の危機を知り気づけばボクもこっちについて来ていた。まあ、何も役に立たなかったけどね」


 まあ、アリスが残りの連中もまとめて戦意喪失まで追い込んだからね。


「後先考えないでとか……あんた意外とバカなのね」


 本当にバカだ。

 だけど……


「まあ、嫌いじゃないわ。そういうの。だからお礼は言っておく。わざわざ異世界までありがとうね」


「ふふっ、君の為なら当然だ。それではどうだろう。あっちの世界に戻ったら早速親交を深めようじゃないか」


「調子に乗るな。あんたの事は見直したけど私は男が苦手だって言っているでしょ!」


 そうか、とユリウスは夜空を見上げ……


「ならば君に振り向いてもらえる様、君に相応しい男になれる様自分を磨くまでさ」


「あんたって……何を聞いていたのよ……」


「そうと決まれば英気を養わなくてはな。失礼するよ、また明日会おう。はっははは」


 笑いながらユリウスは中へと戻っていった。


「…………バカな人ね」


□□


 それからしばらくして……


「姿が見えないと思ったらこんな所に居たのか」


「タツル……」


 龍琉が上がってきていた。

 龍琉は私から少し離れた手すりに身を預ける。


「お前の家族ってすごいよな。全員でこっちに来ちゃうなんて」


「ええ。本当に。ここ一番での行動力は世界一だと思う」


「でもあのアンジェラさんって人は怖かったな。ラスボスが出て来たかと思った」


「あながち間違ってはいないかもね」


 多分、アンママは父様と同等かそれ以上の実力者だ。

 父様と出会った結果何か色々とリミッターが外れたらしい。

 あれが最後のボスとして立ちはだかったのならばそれは詰み状態だと思う。


「でも、いいよな。家族って……何もかも置いて娘の為に飛んでくるって、凄く愛されてるんだなお前」


「心配ばかりかけて来たからね」


 そう言って、気づく。

 このまま行くと昼間アリスが怒っていた『あの話題』に触れることになるかもしれない。

 …………ダメだ、それは困る。


「それにしても、あんたとの関係を家族に伝えるのは骨が折れたわ」


「時々、弥生さんが『ダメよ、それは認めない』とか割って入ってくるから話がこんがらがってたよな」


 良かった、何とか話は逸れてくれた。


「まあ、でも。あんたのおかげで私は呪いを克服できたのよね。本当、感謝してる」


「俺はおせっかいで面倒な男だからな」


 確かに、と私は笑う。

 

「あっちの世界に……帰るんだな……」


「……そうね。ミアガラッハを継がないといけないわ。学校の勉強も遅れちゃったし、大変だわ」


「お前なら大丈夫だろ。日本語、大分上手になったじゃないか。凄いぞ?最初会った時はウチの名字も読めなかったのにさ」


「あれは……シノノメって読み方が難解だから……!!」


「最初の挨拶は『恥ずかしめまして』だしな。変な奴が来たなーって思ったよ」


「っ!!!ひ、人の失敗をネタにして!!!」


 あれは本気で恥ずかしかった。

 後で意味を聞き顔から火が出そうになったくらいだ。


「お前は凄い奴だ。だからきっと、立派な当主様になれるよ」


「ん。ありがとう」


 何だろう。

 胸がちょっとチクチクする。


「それじゃあ、俺は戻るわ。ありがとうな、リリィ。お前と一緒に戦ったりしたこの1か月、結構楽しかったぞ」


「ん。こっちこそ、ありがとう」


 私に背を向けた状態で手をひらひらさせながら、彼は戻っていった。


「…………」


 私は唇を強く噛んだ。

 『あの事』については言及されなかった。

 それで、良かったと思う反面また目を背けたという想いもあった。


「……ダメね、私は……」


□□□


「リリィ姉、やっほー。こんな所があったんだね」


「アリス……何かあんた達ってここに来る順番とか下で待ってたりしない?」


「うーん、どうかな」


 アリスが私の隣に来る。


「あのね、リリィ姉。昼間の事だけど……その、ごめん」


 昼間の事……

 敵相手にアリスがキレた時の事ね。

 

「謝る事なんかしてないじゃない」


「でも、リリィ姉が思い出したくない事をボクが口走っちゃって……」


「大丈夫。意外とみんな気づかないものよ」


 せいぜい、私が学校でいじめられていたとかそう言った程度の認識に留まってくれると思う。

 少なくともメールは気づいていないし、タツルも多分大丈夫。

 他の人達の中には何かひっかかるものがあったかもしれないがそれでも……


「……真っすぐで強いメールの戦いを見て思ってしまったの。『あの時』もっと力があればってね」


「…………」


「あんた達が傍に居て一緒に秘密を抱えてくれたから私はまた外に出られるようになった。母様からの教えがあったから私はそれを拠り所にして挫けそうになる自分を誤魔化していられた。そうすることで自分を保てたの。それでも時々聞こえてくるあの幻聴だけはどうしても……」


 あの日の幻聴、そしてフラッシュバックにはだけは抗えない。

 その時だけは私の中にある強さが崩れてしまう。


「あんたの想いは伝わっているよ。ありがとう。それと、ごめんね。重いものを背負わせちゃって」


「そんな事……大丈夫、ボク達は姉妹だからさ。いつでも何処へでも助けに駆けつけるからね」


「ん。ありがとう……」



□□□□


 そしてアリスが中に戻りしばらくして……


「リリィ、ここに居たんですね」


 いつの間にか母様が出て来ていた。

 ケイト辺りが来ると思っていたけど違ったか。


「母様。お祖母様との話はいいの?」


「今はリゼットと話し込んでいますよ。秘伝の手料理について教えてもらっているみたいです。アンジェラも聞き入っていますが多分再現は出来ないでしょう。まあ、リゼットが聞いていたら問題はありません」


「アンママの料理スキルは凄惨そのものだからね……」


「本当に。何度教えても不思議な料理が出来るのですから……」


 母様が苦笑する。


「それにしても……やっぱりあなたはあの人の娘ですね。こっちの世界に来ても誰かの為に手を伸ばす為戦うなんて」


「母様の娘でもあるよ。『力を持った人間』の責務だから」


 小さい頃に母様から聞いたあの言葉は私の中にしっかりと根付いていた。

 それが私の拠り所でもあったし……


「ふふっ、あなたは自慢の娘ですね。でも、本当に無事でよかった」


「うん。ごめんね、母様。明日からは、また一緒。ミアガラッハを継ぐためにも頑張らないとね」


 ええ、と頷きながら母様は少し沈黙する。

 そしてゆっくりと話し始めた。


「リリィ、私はこれまで人生で大きな選択を3回してきました」


「え?」


「一度目はお父様に初めて出会った時。ミアガラッハの城が崩れ、私にはあの城と共に運命を共にするという選択もありました。生まれ育った場所ですからね。でも、私はあそこを離れることを選択してアンジェラやリゼット、そしてお父様と暮らすことになりました」


 そっちを選択してくれて良かった。

 そうで無ければ私は生まれていない。


「二度目はお父様とアンジェラが行方不明になった時です。彼らの事を忘れリゼットとも別れ、何処かへ行くという選択肢もあった。でも私が選んだのはリゼットの首根っこを捕まえて何が何でも二人を探し出す、でした」


 父様達の思い出話で度々出てくるいわゆる『オーガス事件』だ。

 4人を語る上で外すことの出来ないエピソード。

 母様はリズママと共に4年間、二人を探して旅をつづけたという。

 本当にすごい事だと思う。


「そして最後の選択は家族になるかどうか、というものでした。再会した時、お父様とアンジェラはすでに結婚していました」


 確かその時って再び記憶を失くしていたけど母様達との再会で元に戻ったんだっけ。


「私もほのかではあったけどあの人に想いを寄せていました。でも無理やりそこへ入り込もうとは思わなかった。二人の無事が確認できたので姿を消そうと思っていました。でもアンジェラが私やリゼットとずっと一緒に居たいと言ってくれて、私は決意しました。そしてケイトやアリス、そしてあなたが生まれ今の私があります」


 ちなみにその時のプロポーズエピソードは伝説となっており今でも時々女性誌の取材がウチに来たりしている。


「あの、母様……何で急にそんな話を……」


「多分、私にとって今が4回目の選択です。あなたにこの話をするかどうか。その事で葛藤しかなり迷ったけど…………こうやって話をすることにしました。心して聞きなさい。リリィ、あなたはこのままあっちの世界に帰るという『選択』でいいですか?」


 意外な言葉に私は戸惑う。

 そういうものばかりと考えていた。


「正直に言います。私は勿論あなたを首に縄を結んででも連れて帰りたい。大事な娘ですからね。でも、あなたの中にはもうひとつ、『別の選択肢』も生まれてきているのではないかと考えて押し付けるわけにはいかないと思いました」


「私に……『別の選択肢』……それは……」


「あなたは男の人が怖くてたまらない。お父様にすら触れられたくない程ひどい時がありましたよね?」


「うん……ごめんね、心配かけて……」


 本当はもうひとつ『ごめん』がある。

 母様にはあの時起きた『本当の事』は話していない。

 あくまで男子トイレに閉じ込められて水をかけられて何時間も過ごした、という事に留めている。

 でも、もしかしたら本当は気づいていたりするのかも……


「私もお父様も、あなたがもう男性と良好な関係を築くことは出来ないと思っていました。だから、それならそれで一生守り続けようって決めていました。そんな子が今日は異世界の男性と親し気に軽口を言い合っていた」


 それは、タツルの事だろう。


「あいつはおせっかいで面倒くさい男だから」


「そんな感じですね。でも、あなたは少し変わったと思います。自分から踏み出そうとはしなかい子だったから……」


 確かに私は前を向いているつもりでいたけど本当の所はずっと後ろを見てばかりいた。


「イシダ・シラベから聞きました。あなたも『悪魔の呪い憑き』になっていたと。そのデメリットに飲まれかけていたのを救ったのは彼だと」


「あいつのバカっぽい発言聞いていたら大切な事に気づけたから。そしたらあっという間に克服しちゃった」


 意外とチョロいのよね、悪魔の呪いって。


「リリィ、彼について深くは聞きません。大切なのはあなたが今思う気持ち、あなたの『選択』です」


 私の選択……

 私がどうしたいのか……

 そう、私の心にはひとつのある感情が芽生えている。

 それはもしかしたら……


「考えなさい。私やお父様はあなたの『選択』を尊重します」


「ん。ありがとう、母様……」


 母様は微笑むと私の頭に手を置きくしゃくしゃと撫でた。


「さて、私はおつまみでも呼ばれに戻るとしましょうか」


「……あんまり食べ過ぎたら太るよ」


「大丈夫です、私は太らない体質ですから」


 そう言って母様は下へと戻っていく。

 母様、この前体重計に乗って何か唸っていたよね?

 

 それにしても……『私の選択』か。


□□□□


 翌日、私達はある場所に来ていた。

 かつて父様が働いていたという老人ホームが建っていた跡地。

 イシダが焼き払い、ここで父様は命を落としあっちの世界に転生した。


「やっほー、久々のこっちはどうだった。七枝?私は娘とラーメン食べたよ」


 イシダの隣に居たのは、彼女が身体を乗っ取っていた女性だった。

 まさか親子だったとは……

 ということはイシダが言っていた野暮用って……


「娘か……お前は本当に毎回驚かせてくれるな」


「ていうかへし折った腕がもう治ってるんだけど……あいつって殺しても死ななさそう」


 アンママが呆れている。

 言っていることが物騒だけどあいつ相手には確かにあれくらいでいいかも。


「ふふっ、それじゃああっちの世界に戻りましょうか。お土産は持った?忘れ物はない?」


 遠足か!

 見送りに来ていた東雲家の面々の中でタツルが声をかけて来た


「リリィ……その、体に気をつけてな」


 あんたは母親か。


「ん。ありがとう」


 さあ、帰ろう。

 あっちの世界に。

 あっちの……


「…………」


 本当に、これでいいのだろうか?

 昨日、母様が言った言葉がよみがえる。

 

『考えなさい。私やお父様はあなたの『選択』を尊重します』


 私の選択。

 私は……

 私の選んだ道は……


ここからはマルチエンディングになります。

「地球に残る」→最終話A「出来る事から一歩ずつ」

「あっちの世界に戻る」→最終話B「あがらない雨はない」

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