第25話 あの日……
◇リリィ視点◇
「リリちゃん、お味噌汁お願いね」
「はい、お祖母様!」
お祖母様から受け取った味噌汁をそれぞれの前に置く。
「はい、熱いから気を付けてね」
そしてタツルの前に一言添えてから置くとミカが目を剥く。
「ウソ、リリちゃんがタツ兄に優しい言葉!?」
「こいつはたまげたな……雨が降るかもしれないぞ」
「リリちゃん、いったいどうしたの?何か悪いものでも拾って食べた?」
「……失礼な。ミアガラッハの後継者たるもの、拾い食いなんてしないわよ。別に彼が悪い人じゃないって理解しただけ」
その言葉にタツルはうんうんと頷き……
「ほら見たか。俺の熱い人柄に凍り付いた心が解かされたって奴だな」
「凍り付いた心って何よ。失礼な……」
まあ、『シトリーの天秤』によるデメリットはある意味『凍り付いた心』と評されるものかもしれないけど……ついでにこいつが熱いというのはまあ、理解できる。
「言っとくけど、それでもあんまり馴れ馴れしくするのは止めて。やっぱり男の人は……まだ怖いから」
「あ、ああ。そうだったな」
デメリットの克服で幼い頃のようにある程度広い視野で物事が見られるようになった。
それでもやはり男の人への恐怖自体は私の中に残っていた。
あの出来事自体は能力のデメリットは関係していないものだし仕方が無い。
「それでも何か、リリちゃんとタツ兄いい感じじゃん。リリちゃんもあたしらと一緒に食べられるようになったし……こ、これはもしかしてリリちゃんあたしの妹になったりとか?」
「ふふっ、私の孫に手を出したらただじゃおかないからね、タツ君」
間にご飯のお椀を持ってきたお祖母様が入る。
「だから大丈夫ですって…………多分」
だからそこはしっかり否定しなさいって。
「美香ちゃんも、お兄さんが変な気を起こさない様にしっかり見張っていてね?長年住んでいたお家から引っ越しとか……したくないでしょ?」
「や、弥生さん、目が笑ってないし……てかプチ脅迫だし。わかったってタツ兄が悪さしない様に見張っておくから!!」
要するに万が一タツルと私の間に間違いが怒るような事があれば責任を取ってシノノメの人達には出ていってもらうことになるかもしれないよね、と暗に脅しているわけだ。
「大丈夫、私が好きになるとしたら父様みたいな人だから」
「リリちゃん、ファザコンだぁ」
まあ、タツルって父様に似ている所があるにはあるけど……
私とお祖母様の関係はすんなり皆に受け入れられた。
やはり皆、どこかでそんな気がしていたらしい。
それにしても気になるのはお祖母様がやたら『タツ君はダメよ』とクギを刺してくることだ。
正直心配しすぎな気がする。
ケイトや同年代の女の子達は恋愛の話題でよく盛り上がっていたが私にとっては興味ない事だった。
そもそも母様が父様と出会い恋に落ちたのは確か21歳くらいの時だ。
そう考えるとそれくらいの年齢まで自分自身を磨き立派な淑女になって夫となる男を探した方が効率もいいだろう。
タツルは今まで出会った男の中では良い人だとは思うが歳も離れている。
恋愛対象としてみるのは難しいだろう。
今は今ですべきことがあるのだ。
□
「さあリリちゃん、隣に座って」
お祖母様に促され私はソファに腰掛ける。
横にお祖母様が腰を下ろすと私達の正面に小さな箱状の物体を持ったミカが立つ。
「あの、お祖母様。一体何を……」
「写真よ。写真撮影するの。せっかく孫娘が傍に居るんですもの」
お祖母様は何だかウキウキした表情だ。
写真……
風景を紙に焼き付ける技術。
え、普通にやばくない?
「あ、あの……その写真撮影って怖い事とかない?」
「大丈夫よ、昔の人は『魂を抜かれる』って怖がっていたけど」
そうそれ。私が心配しているのは正にそれ。
撮影することで魂の一部を紙に封印されやしないだろうかと心配している。
「そういう機能があったら芸能人とか有名な人は今頃みんな早死にしているわね」
まあ、そうか……
芸能人が何であるかはイマイチわからないが舞台俳優みたいなものだろう。
「はいはい、二人とも撮るよ~。笑って、はいチーズ」
今何と!?『【ハイチーズ】?』
高位のチーズという事?何それ?チーズに位があるの?
ハイ・ポーションとかと同じものなの?
そんな事を考察していると何やら何度かパシャッと音がし。
「はい、撮れたよ」
え、もう?
「それじゃあこれ、プリントアウトしとくね~」
ミカがよくわからない言葉を放ち自分の部屋へ戻っていく。
私とお祖母様はリビングにふたり残された。
「あ、あのお祖母様……聞きたいことがあるんですが、その……」
ずっと気になっていた事があった。
だから祖母と孫という関係を伝えられた今、聞くべきだと思った。
幸いにも二人きり。これは聞くチャンスである。
「あの、お祖母様は昔、父様を手放したって言っていたけど……その……」
「そうね……手放したっていうのはまだ聞こえがいいかもしれないわね。実際の所、私はあなたの父親、つまり息子を捨てたの」
お祖母様はゆっくりと語り始めた。
15歳の時に年上の男性と恋に落ち若さの紀雄のまま突っ走り妊娠。
16歳で息子を出産し結婚したがしばらくして夫が傷害致死事件を起こし服役することになったらしい。
「私がタツ君とあなたの事を心配したのはそこなの。私もリリちゃんくらいの歳だったし、タツ君はどこかその男性と似ている所があるから……」
なるほど、警戒していたのはおそらく私の方。
私が彼に恋をして突っ走る事をお祖母様は恐れた。
何せ、孫だから……
「私は彼と離婚して、1人で息子を育てようと頑張ったわ。でも本当に色々な事が上手くいかなかった。世間は私達を犯罪者の家族と蔑み許さなかった……この国はね、一度沈むと這い上がるのは難しいの」
最後の言葉からは諦めの感情も読み取れた。
「そんな事が続いて、限界が来て……それで…………」
言葉が詰まる。
その先を、私は母様から聞いていた。
本当は子ども達に内緒にしようと皆で決めていたらしい。
ただ、母様は私だけにその事実を教えていた。
「首を絞めて、終わらせようとした……」
私が続けた言葉にお祖母様が固まる。
「ええ……聞いていたのね。もうダメだって思って、それならいっそここで終わってしまえばと私は息子の首に手をかけたわ……」
「でも、出来なかったのよね?」
「ええ……身勝手な考えだとは思う。でも、首を絞めた時、あの子はただそれを受け入れる様にしてゆっくりとほほ笑んだの。そこで私は自分がしようとした事の重大さに気づいて手を離したの。このままじゃまたこの子を傷つけてしまう。一晩泣き続けた私は、知り合いの人が経営している児童施設にあの子を預け、姿を消したの」
母様は何故私にだけ教えたのだろうか?
聞いた話では『全てを捨て、新しい場所でやり直したい』というのが離れた理由であった。
だけど実際は違った。
そう、母様は言った。『何が真実なのかはあなた自身が考えなさい』と。
「父様は……お祖母様を恨んではいないよ」
私はこの事に対し多くの言葉を紡ぐことは出来ない。
だけど恐らく伝えるべきことはおそらく、この短い言葉……
それだけで、充分だった。
「ありがとう……リリちゃん」
母様は言っていた。
私が一番父様に似たところがある、と。
だとすれば父様に代わってお祖母様を苦しめ続けていた呪縛を解けるのはきっと私なのだ、と……




