幕間 お父さん、そんなの認めません
さて、ここで少しリリィが地球へと転移する直前の話に戻る。
舞台は異世界『ニルヴァーナ』。
ベリアーノ校の一室で数名の男女が会していた。
ソファの片側にはリリィの保護者であるレム家の大人たち。
右端に家長であるアンジェラ。
左端にはこの家で3人目の母親であるリゼット。
中央、リゼットの隣にリリィの父親であるナナシ。
同じく中央、アンジェラの隣にリリィの母親であるメイシーが座っていた。
そして反対側。
胸の前で腕を組みどかっと腰を下ろし鋭い視線を向けるのはモンティエロ・シャーリィ。
リリィが叩きのめしたユリウスの母親だ。
隣に座る男は夫のノーマンである。
この男はかつてミアガラッハの城が健在だった時に一度レム家の面々と会っている。
その時はアンブリス・ノーマンと名乗っており敵対していたがアンジェラに完膚なきまでに叩きのめされていた。
どうやらその後、紆余曲折を経てモンティエロ家に婿入りした様だ。
そして両陣営から離れて座っているのはこの場を取り仕切る同校の教頭だ。
「えーと、それでは今回はレム・リリアーナ生徒によるモンティエロ・ユリウス君への暴行事件についての話し合いを……」
「おい待て」
シャーリィの言葉に教頭がビクッと反応する。
「何で相手方が『生徒』という呼び方でウチの子が『君』なんだ?何か平等じゃねぇだろが。気に入らねぇな」
「ええと……」
教頭は禿げ頭を掻きながら狼狽している。
「教頭殿、どうやらあなたは我が家の『格』などを気にして話をされている様だがその様な配慮は無用です。むしろ不愉快とすら感じますな。申し訳ないがこちらで勝手に進めたいので黙っていていただきたい」
「は、はぁ……」
ノーマンの言葉に教頭が身を縮めた。
「さて……」
シャーリィが話を切り出す。
「今回、ウチの息子がそちらさんの娘に叩きのめされたって件だが、あんたらの考えを聞かせて欲しいもんだね。娘さんはそんなに凶暴な子なのか?噂によればよく姉で妹喧嘩をしているらしいが……」
相手方のレム家の家長であるアンジェラが答える。
「確かにリリィは長姉であるケイトとはよく姉妹喧嘩をしています。それこそ、掴み合いになる程の喧嘩を幼い頃から繰り広げていました。ただ、姉を嫌っているというわけではなくあの子なりの姉への愛情表現です。他の子や家族以外の人にそういった行動をすることはありませんでした」
リゼットがそれに続く。
「むしろリリィはキョウダイの中では特に内向的で人見知りだと思う。からかわれて泣きながら帰ってくることもよくあった。それに……昔学校で酷い目にあった経験から男の人が苦手だよ」
リリィは引っ込み思案な子であった。
そして父親と弟以外の男性には恐怖心を抱いている。
その原因について、彼女は多くを語らなかった。
もしかして……と思うことはあった。
だが母親に言いにくい相談をよく持ちかけて来ていたリゼットにさえ深く話そうとしないなら無理に追求は出来ない。
そういうわけでリリィは男性恐怖症だ。
身体に触れるだなんてもっての他。
だからこそ男の子を殴り倒したと聞いた時、皆が驚いた。
そして父親であるナナシも語る。
「親バカと思うかもしれないがリリィはウチの子の中では誰よりも優しくて家族思いの子だ。困っている人を放っておけない子だ」
最後はリリィの母親であるメイシーだ。
「そんな子ですから今回の暴行事件には理由があると思っています。暴力を肯定するわけではありませんがあの子があそこまでするにはそれ相応の理由があったと私達は思っています」
まあ、少し感情が高ぶった時に手が出る悪癖は母親譲りであるとは思う。
だがつい手が出る条件と言うのはメイシーもきちんと決まっている。
それは『家族に関わる事』。
かつてリゼットが精神的に追い詰められた時、メイシーは迷わず彼女を追い詰めた相手を殴りつけた。
だから、今回の件も何かしら『家族』が関わっているのではないかという気がした。
「失礼を承知で伺いますがお子さんとウチの子達。恐らくはリリィ以外の誰かとの間でトラブルはなかったでしょうか?」
アンジェラの問いにシャーリィが唸り、教頭が怯える。
「実はな……あったんだよ」
小さく息を吐きだした後、シャーリィは続けた。
「ウチのバカ息子がお宅のケイトリンをデートに誘ったらしい。ケイトリンがバカ息子に気がある事を知っていてな……別にそれ自体はブルースプだから好きにすればいいと思っている」
この国では青春を『ブルースプ』と表現することがある。
要するに『青い』『春』だ。
多分、異世界転生してきた誰かが冗談で広めた者が浸透したのだろう。
それにしてもかつて叩きのめした男の息子を自分の娘が恋い慕うとは皮肉なものだとアンジェラは苦笑した。
「だがバカ息子の奴、デートをすっぽかしてケイトリンを笑いものにしようと企んでやがったわけだ。それを聞いた妹がキレたわけだな……まあ、あんたらの見立て通りだ。非はウチにある」
「で、ですがやはり当校としましては暴行事件を放置しておくわけにはいきません。リリアーナ君には厳正な処分を……」
「おい、次に水を差したら鼻もぐぞ?」
「ひっ!?」
割り込もうとした教頭はシャーリィの物騒な脅しで沈黙した。
「あのバカがしたことは『人として』恥ずべき行為だ。そもそも、手前が貴族の血統であることの何が偉い?その血統の為にあいつが何か努力をしたのか?血統はあたしとノーマンがヤッた結果だ」
シャーリィの発言に一瞬、場の時間が停止した。
「…………アンジェラ、この人思いっきりぶっちゃけたよ!!?」
リゼットのツッコミで時間が動き出す。
シャーリィの夫であるノーマンも顔を少し赤くし額に手を当て唸っている。
「いやいやだってそうじゃね?あんたらの子だってヤった結果だろ?だからどこの家の生まれなんてそんなもんだ。大事なのはその子が何を成し遂げたかがその子にとっての功績ってやつだ」
事実ではあるがこの女性はどうもはっちゃけた所がある様子だ。
ただ、レム家の面々としてはこういう人物は嫌いな感じではない。
「というわけであのバカにはたっぷり仕置きをしておいた。だが……だ。親ってのは厄介なもんだ。やっぱり自分の子は可愛い。そこであんたらに提案したいことがある」
提案。
その言葉にアンジェは眉を潜めた。
「それはつまり今回の暴行に関しての着地地点を提示するわけですか?」
「そう考えてもらっていい。暴行があったのは事実だからな」
自分達の息子の非は認めつつこちらの弱点である暴行の事実についてはきっちり条件を突き付けてくる様だ。
面倒な事を、とアンジェラは心の中で毒づく。
メイシーを見ると真っすぐシャーリィを見ている。
シャーリィもその視線を好ましく感じている様子があり口の端をにやりと上げていた。
「ウチとあんたらの間に親戚の関係を築きたい。だから、ユリウスを婿に貰って欲しい」
「はい?今何て!?」
予想外の言葉にアンジェラは思わず聞き返してしまった。
ふと見るとノーマンも驚愕の表情で妻を見ている。
どうやらこの流れは想定外だった様だ。
「いや、だから将来あんたらの娘、リリアーナの婿にウチの息子を迎えて欲しいのさ。ウチは家の存続には興味がねぇ。だが女心を弄ぶような奴ってのは恥でしかない。だからそんな息子の首根っこを掴めるような女でないと心配でならないわけだ」
突拍子も無い提案にアンジェラは口をへの字に曲げ……
リゼットは慌てふためき夫の方を見て……
メイシーは完全に固まっており……
そして父親2人は……
「「お、お父さん、そんなの認めません!!」」
二人同時に叫んでいた。
尚、教頭はというと……部屋の端で心労により気絶していた。
そして時を同じくして、話の中心となっているリリィは地球へと転移していたのだった。