第10話 リリィの壁
今話から第2章です。
――日本・双屋市何でも屋『東雲堂』――
何でも屋のテナントが入っている建物の1階奥にはキッチンがありそこで東雲家の人達とオーナーである立花弥生が食事を取る場所となっていた。
「リリちゃん、お味噌汁テーブルに運んでね」
「……わかった」
ここに現在一人の居候が加わっている。
東雲家の次男・龍琉が偶然拾って来た異世界の少女、リリィだ。
「どうぞ……」
「おお、ありがとな」
社長である龍之介の前に味噌汁を置くと次は龍琉の横に来て。
「ん」
不愛想に椀を置き立ち去る。
「……タツ、随分と嫌われているな。やっぱりお持ち帰りがまずかったんじゃないか?」
「勘違いなんだけどな……」
「風呂をに突撃したのもまずかったよな」
「それは不慮の事故なんだがな……」
彼女がこの家に来て数日。
龍琉は完全に嫌われていた。
それも仕方が無い事である。
不慮の事故とは言え入浴中のリリィの前で全裸で現れるという行為はセクハラそのものだ。
どうも彼女は男性に対して元々恐怖心を持っているらしかった。
そこに不慮の事故。
龍琉の評価は地に堕ち地中深く潜る程であった。
彼女には弥生相手には心を開いている。
だが東雲の人間にはそうで無かった。
いや、ひとりには若干心を開いているかもしれない。
「リリちゃん、おはよー!」
龍琉の妹で高校生の美花だ。
「おはよう、ミカ……髪、右側が撥ねてる」
「ええっ!うわ、ホントだありがとう!!」
「ん。いいよ……」
リリィが小さく微笑んだ。
要するに同性にはある程度心を開いている様だ。
一方で異性、特に龍琉。
彼に対しては目すら合わせようとしない。
それもあってかリリィは別室で弥生と一緒に食事を取る事にしている。
弥生に連れられリリィは部屋を後にした。
「タツ兄、今日もリリちゃんに嫌われてるね」
「お前からも何とか言ってくれないかな……俺は悪い奴じゃない」
「まあ、そうなんだけど難しいんじゃないかな。リリちゃん相当男の人が苦手っぽいし」
「あれだけ苦手って事は何か強いトラウマがあるんだろうなぁ」
龍之介が味噌汁を啜りながらつぶやく。
彼らが知る由もないがリリィの人生にとって男というのは恐怖の対象であった。
5歳の時、ヨアムという近所の悪ガキにスカートをめくられたことがある。
ベリアーノ校の1年生時代、チェイスという少年がほじった鼻くそを髪にくっつけて来て大泣きしたことがある。。
4年生時代、ルークという上級生にひどい事をされた。
この時はひとりでトイレに行けなくなり部屋に引きこもる程大きな心の傷を負っていた。
リリィにとって男は怖いものでしかない。
男の子に交じって遊んでいた妹のアリスが信じられないし、男の子に恋をする姉のケイトなどもっと信じられない。
ミアガラッハを存続させる為には将来婿を取る必要があるが出来るかは怪しかった。
現状、男を好きになるなんて考えることすら出来ないし、その延長線上にある愛の営みなど到底無理だ。
リリィにとって心を許せるのは父親と弟くらいなのだ。
そんな最中、家出の原因となったユリウスによる事件が起きたわけだ。
リリィの中で家族以外の男性、とりわけ若者に対する評価と言うのは現在最低レベルなのだ。
父親と年齢が近い龍之介にはまだ恐々しながらも最低限の接触が出来る。
だが努力して習得した日本語が上手く通じず、勘違いとはいえお持ち帰りの恐怖を味わせ、挙句の果てにはお風呂場に裸で入ってきた龍琉に対しては恐怖を通り越して拒否反応の様なものが出ているのだ。
「トラウマ……か。何とかしてやれないかな」
「うーん、タツ兄は下手に首を突っ込まない方がいいよ。余計トラウマ増やしそう」
「そうだな。絶対やめておけ」
家族からの言葉に龍琉は納得いかないといった感じで口をへの字に曲げた。
「そう言えばなんだけどさ……リリちゃん大分日本語上手になってるぽいよ」
「そうなのか?」
兄の質問に美花がこくりと頷く。
「言い間違いとかはまだまだあるけど読み書きの不自由が無くなってきたの。あたしの持ってる漫画や教科書とかウチのパンフレットとか熱心に読んでたよ」
「おいおい、教科書って高校の教科書だぞ?あの子、中学生くらいだろ?」
「理解しているみたいだよ?あの子、かなり頭いいと思う。多分あたしより」
「いや、大抵の子はお前より頭がいいと思うぞ?」
「何それ、ひっどいなぁ。そんな風にデリカシーが無いから彼女が出来ないんだよ」
むくれる妹をよそに龍琉は箸を進めた。
しばらくすると父親がおもむろに話しかけて来た。
「タツ。あの子、リリちゃんの事だが……河童を単独で、『アーマー』も使わず討伐したって事についてだがな」
「ああ、それか……」
この世界に現れ、超常的な能力で人々に害をなすモンスター。
それは妖怪であったりUMAと呼ばれたりしているがこれを倒すのは容易ではない。
異世界由来の技術で密かに作られた甲冑『アーマー』を装着して何とか対応できるというのが現実。
だがリリィは生身で妖怪と渡り合い撃破していた。
「彼女をスカウトしてみたいと思うんだが……」
「父さんさ、それってリリちゃんに妖怪と戦えってことだよね?あの子の事情もわかってないのに……」
「うむ……そこは心苦しいところがある。やはりお前でもその辺は探れないか?」
「うーん、順序ってのがあるからねぇ」
もっともな話だ。
東雲堂の面々はリリィがこの世界に来た経緯を知らない。
リリィも話す気はないし、何よりも割とクサビが投げっぱなしでこちらの世界に送ってしまった為、どうしていいかわからず困っているのが現状だ。
「だけど、力があるなら使うべきだと思う。そうすれば妖怪による犠牲者だって減るんだ。よし、俺が説得して……」
「だからさぁ、タツ兄が行ったら話が何杯もややこしくなるからやめなってば!!」
「お前の言う事はわかる。でも力を持っているならそれはむしろ義務だと思う」
「はぁ、ダメだこりゃ……」
彼は妖怪の事になると視野が狭くなる癖があった。
喧嘩する子ども達を見て父はため息をつく。
そして、気づく。
いつの間にか話の中心にある少女がこの空間に居ることを。
手には重ねられた食器。下膳に来たようだ。
「この世界、あんなモンスターが他にもいるの?」
「リリちゃん……」
「そうだ。妖怪といって人間を襲う危険な連中だ。だからお前の力を貸して欲しい」
「タツ兄!ド直球過ぎ!!」
リリィは小さなため息をつき目を伏せた。
「……私に貸せる力なんて無い。私はどんなに頑張っても………」
そう告げるとリリィは食器を流し台に置き、立ち去っていった。
「待ってく……」
追いかけようとする息子を父親が制す。
「タツ、仕事だ。『児啼』が出たそうだ」
読んでくださりありがとうございました。
龍琉がやや不憫ですね……




