後編
「ようやくだ」
テントに仲間を集めての作戦会議。
目の前の作戦地図を眺めながら俺は呟いた。
「ええ、アルフォンス様」
安堵の表情で参謀のアスタが頷く。
彼女は王国の伯爵令嬢。
本来なら俺みたいな平民上がりは気安く話す事なんか出来ない。
ましてや俺の部下なんて考えられないだろう。
しかし彼女は進んで俺の参謀になった。
彼女も婚約者がいながら婚約を破棄して勇者と婚約をしてしまったのだ。
王命には逆らえなかったということか。
勇者の裏切りに彼女も汚名を着せられ軍を追われた。
婚約者の元に戻る事も出来ず(拒絶された)絶望から死のうとしている所、俺が国王からの命で勇者討伐隊を作っている事を知り参加を決めた。
因みに討伐隊員の選定は殆ど彼女が決めた。
[信用出来る人が基準]
それだけだった。
作戦地図の上は完全に我々が勇者を中心とした帝国軍を包囲している。
さすがの奴も今回は逃げられないだろう。
帝国は既に勇者へ援軍を派遣する事は諦めている。
当然だ、帝国は最初から奴を使い潰す気だったのだから。
最近は帝国内でも厭戦の空気が高まっていると聞く。
早く戦争を終わらせたいのは王国と同じなのだろう。
「よくやってくれた」
最後に労いの言葉を掛ける。
本当に隊員達はよくやってくれた。
俺みたいな平民上がりの指揮に従ってくれた。
心に酷い傷を負っているにもかかわらず。
「いいえ」
1人の女が微笑み掛ける。
彼女の名はカリーナ。
「本当なら奴に会いたくないだろう、王国の過ちに、お前達の人生は...」
「確かにそうです。
しかし私達は決着を着けねば。
アイツによって狂わされた人生を少しでも取り戻したいのです」
強い決意を秘めたカリーナの言葉。
彼女も王都を追われ、故郷に戻った。
幸いにも故郷の人達は彼女を受け入れてくれたが、婚約者だった男の心は戻らなかったそうだ。
悩み抜いた彼女は全てのケリを着ける為に参加した。
『もう自分は婚約者と戻れない。
せめて彼と自分の無念だけでも晴らす為』と。
「アルフォンス様こそ大丈夫ですか?」
「ん?」
「ハンナの事です」
カリーナを始めとした仲間達は一斉に俺を見た。
皆の視線が集まり、息が詰まる。
「...ハンナか」
久しぶりに呟く俺の婚約者だった女の名。
「あいつは、もういい」
「そうですか」
俺はハンナを呼ばなかった。
アスタも賛成してくれた。
それだけの事をアイツはしてしまったんだ。
後悔は無い。
「お前達もアイツに会いたくないだろ?」
「ええ...」
「...まあ確かに」
仲間達はうつむきながら呟いた。
それが答えなのだから。
「みんな明日に備えて早く休め』
「「「はい!!」」」
こうして作戦会議は終わった。
しかし俺はアイツの事が頭から離れないまま、一睡も出来ず翌日を迎えてしまった。
翌朝、戦いの始まりを告げる朝日が登る。
しかし敵の姿は見えない。
俺達は敵の陣地へと近づいた。
まさか逃げたのか?
敵前逃亡は帝国では死罪と決まっている。
事態が把握出来ないまま細心の注意を払いながら敵のテントをしらみ潰しに捜索した。
「アルフォンス様!!」
部下の1人が上げた叫び声に緊張が走る。
罠でも仕掛けられていたのか?
俺達は叫び声がしたテントに走った。
「...ここに居たのか」
テント内にはボロボロの格好をした1人の男が血だらけの姿でのたうちまわっていた。
「間違いありません」
「うむ」
確認する部下に頷く。
奴の顔は俺も知っている。
間違いない、糞野郎だ。
「嫌だ!来るな!止めろ!」
部下と一緒に奴を囲む。
奴は涙を流しながら折れた剣を振り回し叫んでいた。
「...無様だな」
その姿に思わず言葉が出る。
誰も居らず1人っきり。
粗末な衣服。
両足から流れる大量の血。
何故か下半身は剥き出し。
尻からも血が...
昨夜何があったのか想像したくない。
帝国は逃げる際の囮として奴を最後に...
「アルフォンス様、最後は私達に」
カリーナを始めとした女達は皆、怒りの視線を勇者に向けていた。
奴を生きて捕える事は命じられていない。
『女達の好きにさせよ』
国王から直々に言われた。
「止めてくれ!!」
コイツはまだ分からんのか。
今さら俺達が止めると思っているとでも?
「覚悟するんだな」
カリーナ達の凄まじい殺気がバカを包む。
後は任せるか。
「まさかお前達?」
「久し振り...になるんでしょうね」
バカはカリーナ達の顔に気づく。
今まで気づかなかったのは逆に凄いな。
「た、助けてくれ!
俺はこの世界を救う為に来たんだ!!
お前達を助ける為に!」
バカは必死でカリーナにしがみつく。
なんて見苦しい。
「黙れ!」
思わずケリ飛ばしてしまった。
異世界とか帝国なんか関係ない。
勇者の務めを果たさず、女を囲い、享楽のみに生きた男の見苦しさに堪えられなかった。
「...や、止めて」
バカは地面を転がり、動かなくなった。
気を失ったのだろう。
「....アルフォンス」
背後から聞き覚えのある声に、緊張が走った。
「...ハンナ」
「会いたかった...」
ハンナはカリーナ達を無視しながら俺に近づく。
目は虚ろで王国のローブは摩り切れボロボロ。
異様な佇まいに俺達は動けない。
「どうやって来た?」
目を合わさずハンナに聞く。
何故ここがわかったのか不思議だった。
「...ライネルに聞いた」
「まさかライネルが?」
カリーナの驚いた声。
ライネルって確かカリーナの婚約者だったな。
「申し訳ありません、アルフォンス様」
「まあ仕方ない」
カリーナとハンナは親友だったそうだし。
カリーナがライネルにハンナの事を話していたのは責められない。
今、カリーナは知っている。
勇者討伐隊に加わったカリーナに教えたのだハンナの真実を。
「...私、ちゃんと帰って来たんだよ...どうしてアルフォンスは居なかったの?」
ハンナは小首を傾げながら呟く。
コイツの昔からの癖。
今は....気持ちが悪い。
「行く宛が無かっただけでしょ」
カリーナが突き放す様にハンナを睨んだ。
彼女は恨んでいる。
ハンナを、そして乗ってしまった自分の行いに。
「カ、カリーナ...」
「アルフォンス様から聞いたよ。
貴女、国からの婚約金をアルフォンス様だけじゃなく親にも送って無かったそうね」
「...う」
カリーナの言葉に怯むハンナ。
王国は勇者と婚約した者に莫大な婚約金を支払った。
カリーナは故郷に残して来た婚約者に金を送ったそうだ。
[私を忘れて下さい]
そう書いた手紙と共に。
「それだけじゃないわ!
私達を勇者に差し出して自分だけアルフォンス様の元に帰ろうとしてた癖に!」
「そうよ!!
自分だけ逃げようなんて!!」
女達は口々にハンナを罵る。
俺も最初は信じられなかった。
しかし...事実だった。
隠そうとしたみたいだが、結局はバレたがな。
「嘘よ!アルフォンス信じて!!
お金は全て国に没収されたの!」
「無理だ」
悲しいが突き放すしかない。
ハンナが王都で贅沢三昧していたのは調べが着いていた。
勇者と逢瀬を愉しむ為に購入したベッドも。
「...アルフォンス」
ハンナはがっくりと項垂れる。
クズはハンナを使い女達を洗脳した。
『戦争が終わるまでの我慢よ。
全て終われば勇者との婚約は破棄出来る。
勇者とは何も無かった。
そう証言してあげる』と。
約束は果たされる事が無かった。
クズは帝国に寝返り、女達は見捨てられた。
そして真実を知られた女達数人が自ら命を絶った。
クズとハンナを恨みながらだ。
ハンナは自分の嘘を信じ込みたかったのか...
「おとなしく帰れ、おじさんや町の人達はそれでもお前を受け入れてるんだ」
「まさか...お父さんやギルドマスター達は」
「全て知っている」
「そんな!!」
ハンナの絶叫が響いた。
「ハ、ハンナか?
お前だけは俺を助けてくれるよな?
ハンナ、アルフォンスを殺せ!!」
ハンナの声に目覚めた勇者が、俺を指差し命じた。
「ハンナは俺の味方だ!
本当なら着いて来てくれる筈だったんだ!」
必死で叫ぶバカ。
「だ、黙れ!私は最初から戦争が終わればアルフォンスの元に帰るつもりだったんだ!」
ハンナも叫び返す。
もうどうでもいい。
「俺が女を増やしたからお前は嫉妬したんだろ?
もう俺はハンナだけだ」
「嘘よ!
コイツは苦し紛れにこんな事を!!」
ハンナがバカの胸ぐらを掴む。
あまりの茶番劇に呆れた空気が漂った。
「畜生!!」
「あ...」
バカの手から出た光の矢がハンナを貫く。
バカが唯一使える攻撃魔法。
但し相手に直接触れないと発動しないのだが。
「救えんな、全く貴様だけは」
バカの頭に剣を突き刺す。
最後だ。
「ギャー..アアァ」
バカの声が小さくなり剣を止めた。
「頼む」
剣から手を離し仲間に託す。
無言で剣に魔法を放つ女達。
こうする事でバカは消え失せる。
この世界だけではなく元の世界にも。
「....アル...フォンス...アハハハ..アルフ....」
ハンナは胸を押さえながら呻いていた。
致命傷かと思ったが。
「どうだ?」
傷を診た仲間に聞いた。
助からないなら俺の手で...
「命だけは...でも心は」
「そうか」
仲間の言葉に立ち上がる。
勇者は消え失せた。
これで俺達勇者討伐隊の任務は終わったのだ。
「帰ろう」
「「「はい!」」」
こうして俺達は王都に帰った。
1つのケジメを果たしたのだ。
「よくやったぞアルフォンス!」
「勿体なき言葉にございます」
国王に報告する。
興奮した表情の気持ちは分かる。
父親が犯した過ちは国全体を揺るがしていた。
内乱の動きすらあった位だったし。
「討伐隊員に」
「うむ、約束は果たそう」
「ありがとうございます」
国王に平伏し改めて謝意を述べる。
約束とは女達の名誉回復。
『勇者は女達を洗脳していた』
彼女達は正気では無かったと宣言する事。
事実はどうでも良い。
とにかく早く救いたかった。
そして国から改めて謝罪の言葉と慰謝料を支払う事。
金で全て解決は出来ない。
しかし今後の人生には必要となるだろうから。
「アルフォンス、これからも我が国の為に」
「畏まりました」
最後に言った国王の言葉は俺を縛りつける為だ。
帝国とは一時停戦を結んだが、またいつ再戦するか分からない。
その時の戦力として俺を手放す事はしない。
なんの事は無い。
つまり勇者の代わりだ。
俺はあんな馬鹿な真似しないがな。
それから4ヶ月が経った。
一軒の家で1人の女を見つめていた。
「アルフォンス...どうかな似合う?」
俺が目の前に居るにもかかわらずハンナはベッドの上で天井を見ながら笑っている。
「...ハンナ」
「...ハンナちゃん」
もうハンナは何も聞こえない。
何も見えない。
そして今が現実か夢かも分からない。
辛そうなハンナの両親。
しかし生きてるだけマシ...とは言えないな。
「ねえ、アルフォンス。
新しい剣はどう?私一杯頑張ったんだよ?」
「ありがとう、大事にするよ」
ハンナに呟いてみる。
その耳は何も聞こえてないと分かっているが。
「良かった....」
「え?」
まさか?今のは?
「偶然だよ」
「ええ、たまにあるの」
両親の言葉は間違いない、そう信じよう。
ハンナの実家を後にする。
もうここに戻る事はないだろう。
王都に戻れば結婚が待っている。
相手は誰だろう?
『楽しみにしとくが良い』
そう陛下は言ったが。
自由は無くなるのだけは間違いないな。
生まれ育った町、思い出の詰まった町を目に焼き付けながら歩く。
全ての想い出にハンナが居た。
『アルフォンス!おかえり!!』
俺の家の前でハンナの幻が見えた。
[アルフォンス・ハンナ治療院]
そう書かれた看板の下で笑うハンナの幻が。
「あばよ、ハンナ」
振り返らずに手を上げる。
頬に熱い物を感じた。
おしまい。




