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中編

 王都から戻り1年が経とうとしていた。


 実家に居てもする事が無い私は、家を出て町外れで一軒の治療院を始めた。


「ありがとうございました、ハンナ様」


「どういたしまして、余り無理しないで下さいね」


 治療を終えた冒険者はお代を置き頭を下げる。

 軽く手を上げ、出ていく彼はまだ新米冒険者だろう。

 軽装な姿、腰に差している剣はおそらく初心者用の物。

 ギルドで最初に手に入れる事が出来る銅の剣。


「...アルフォンス」


 彼もそうだった。

 8歳の時に流行り病で両親を亡くしたアルフォンス。


『早く稼げる様になりたい』

 そう言って彼は12歳の時冒険者になった。

 そんな彼を支える為に私は教会で神官を目指した。


 一人前の神官になれば攻撃魔法や治癒魔法を使えるようになれる。

 そうなったらギルドに登録して冒険者になろう。

 アルフォンスと一緒にパーティーを作るんだ、そう考えた。


 でも私は勇者によって...


「ハンナ様」


「あ、ラスクおばちゃん、身体はどうですか?」


 扉が開き、慌てて涙を拭く。

 入って来たのはラスクさん。

 彼女は町長だった旦那さんを早くに亡くし、代わりに長くこの町の町長を務めた。

 今は町長を息子に譲り、悠々自適の生活をしている。


「ああ、腰はすっかり良くなったよ。

 さすがは王国が認定した魔法使い様だね」


「そんな」


 にっこりと笑うラスクさん。

 皺が刻まれた笑顔に癒される。


「でも私の事なんか呼び捨てで構わないんだよ、あんたは今やハンナ様なんだから」


「...ラスクおばちゃん」


 何気ない言葉が突き刺さる。


 私は偉くなんか無い。

 帝国と戦った元神官なんて言われてるが、実際は勇者の一従者だった。

 それに勇者が裏切った事で私の神官としての身分は剥奪されている。


 勇者の裏切りに気づかなかった愚か者と仲間達も烙印を押されて...


「ここもすっかり綺麗になったわね」


「ありがとう、おばちゃんのお陰です」


 ラスクさんは部屋の中を見渡す。

 治療院の建物は元々アルフォンスの実家。

 彼が出て行ってしまった後も彼女は建物をそのままにしていてくれた。


 いつかアルフォンスが帰って来たときの為にと。


「アルフォンスは?」


「ごめんよ、最近王位が変わったとかで混乱しててね、情報が入って来ないんだ」


「...そうですか」


 ラスクおばちゃんは申し訳なさそうに私を見る。

 顔の広い彼女でも掴めないアルフォンスの行方...か。


「まだ諦めきれないのかい?」


「うん」


 彼女は頷く私を見ながらため息を吐いた。


「そうかい、ハンナもまだ若いんだ、先を考えて誰か他の...」

「ごめんなさい」


 話を遮る。

 この先言う事は分かっていた。


「分かったよ」


 ラスクおばちゃんはゆっくり立ちあがり、玄関の扉を開けた。


「治療は?」


「今日は良いよ、顔を見に来ただけだから」


 そう言ってラスクさんは出ていった。

 私の様子を見に来てくれている、その気持ちは本当だろう。

 だがそれだけが目的では無い、見張る意味もある。

 私は町から完全に浮いているのだ。


 私がアルフォンスを裏切り勇者と婚約した事実はみんな知っている。

 しかも、その勇者は王国を裏切った反逆者。

 腫れ物扱いは仕方なかった。


「...行こう」


 王国からのローブを脱ぎ、一般的なローブに着替える。

 フードを深く被り治療院の裏口から出る。

 目指すは隣町にある冒険者ギルド。


 目的は1つ、アルフォンスの動向。

 気配を消す魔法を自分に掛け、気取られぬ様に町を離れた。


「こんにちは」


「お、ハンナ待ってたよ、さあ早く入ってくれ!」


「はい、早速始めますね」


 ギルドのドアを開けると関係者が私を迎えてくれた。

 フードを脱ぎ、ギルド奥の部屋に直行する。

 ここで私は数日に一度、無料で冒険者達の治療を行っている。

 対価は冒険者ギルドが持つ王国と帝国の情報。

 なによりアルフォンスの動向だ。


「...ふう」


 半日を掛け、ようやく全ての冒険者に治療する事が出来た。

 体力の消耗が激しい。

 強化した魔力でも大変な負担が掛かった。


「お疲れ様」


「ありがとうございます」


 ギルドマスターが暖かいお茶を運んでくれた。

 この人は信用出来る、アルフォンスの冒険者の師匠でもあった。

 二人っ切りの部屋。

 ギルドマスターは扉に鍵を掛けた。


「アルフォンスだが」


「はい」


 真剣な瞳、ギルドマスターからアルフォンスの事を切り出すのは初めて。

 何が新しい情報を掴んだのかもしれない。


「王国から正戦士の認定を受けたそうだよ」


「まさか?」


 アルフォンスが正戦士?

 正戦士といえば国が認定した戦士だ。

 冒険者が選ばれるなんて聞いた事は殆ど無い。

 ましてやアルフォンスは爵位を持たない平民なのに。

 それだけアルフォンスが強くなったの?


「本当だ、今の国王は身分では見ないお方だそうだ」


「そうなんですか」


 新しい国王。

 つまり前国王の息子だった王太子か。

 何度か見た事がある。

 彼は勇者召喚に反対し、勇者の要求も最後まで反対していた。

 国中から集められた私達神官に向けた哀れみの目は今も忘れられない。


「新国王も必死なんだろう

 父である前国王が勇者の希望を聞いた事で国内に居る被害者達の怨嗟は凄まじいからな」


「...そうでしょうね」


 私もその1人だ。

 勇者によってアルフォンスと離ればなれ。

 更に勇者の元婚約者と未だに蔑まれている。

 元勇者の婚約者だった仲間の中には絶望から自ら命を絶った人もいた。


「勇者は今どうしてますか?」


 勇者と言うのも穢らわしい。

 しかし奴が王国を裏切って帝国に着いてからの動向も気になる。

 悔しいがアイツの力は強大だ。

 未だに戦争状態の王国にとって脅威なのは間違いない。


「あのバカか、アイツは帝国から一軍を任され各地を転戦しているらしいな」


「え?」


 意外だ。

 奴は少し戦うと

『疲れた、後は任した』

 そう言って直ぐに戦場を離れていた。

 そのくせ、戦場を離れると私達を飽きる事なく抱き続けて...


「大丈夫か?」


「...はい」


 悪夢が甦る。

 目眩と吐き気に気を失いそうだ。


「帝国もバカじゃない、あっさり王国を裏切ったアイツを信用してないって事だな。

 それに奴の軍には1人の女も居ない、常に見張られているそうだ」


「成る程」


 逃げたくとも逃げられない。

 王国の失敗を帝国は歩まない訳か。


「今分かってるのはここまでだ」


「ありがとうございます」


 ギルドマスターに頭を下げる。

 アルフォンスの事を少しでも聞けただけで満足だ。


自棄(やけ)を起こすな」


「はい」


 外まで見送るギルドマスターの言葉に頷く。

 自棄は起こさない、でも早くアルフォンスに会いたい。


 私は帰り道を急いだ。

 早く帰らないと私の不在が町のみんなにバレてしまう。

 私が自殺しないか心配なんだろう。

 何度か捜索騒ぎを起こした事があった。


「ん?」


 治療院の近くに人が立っている。

 まさか町の人にバレたの?


「貴方は?」


 立って居たのは私の知らない人だ。

 見たところ冒険者とかでは無い。

 商人かな?


「私はライネルと言います。

 貴女がハンナさんですか?」


「はい、どうして私の名を?」


「カリーナを知っていますか?」


 ライネルと名乗った男性は私の質問に答えない。

 しかし次いで言った名前に激しい衝撃を受ける。

 カリーナは王都で私の神官仲間だった。

 歳の近いカリーナと私は親友同士。

 そして彼女も私の数ヶ月後に勇者の婚約者に選ばれていた。

 そして勇者の裏切りに彼女も王都を追い出された。


 田舎に帰ると言ってたが...


「ハンナさん?」


「はい、カリーナは存じ上げております」


 口が乾く。


「カリーナは王都に行く前、私の婚約者()()()


「...まさか」


 カリーナに勇者では無い婚約者が居たの?

 そんな話聞いた事無かった。


「カリーナは1年前、ボロボロになって戻って来ました。

 何が有ったかは聞きませんでした。

 聞きたく無かったのです」


「ライネルさん」


 彼も知っていた筈だ。

 アルフォンスと同じ様に。

 裏切って勇者と婚約してしまった事を。


「私はカリーナと再び暮らし始めました。

 最初は心を閉ざしていたカリーナでしたが、最近よく貴女の話をするようになりましてね。

 それでこの町に貴女が居ると」


「そうだったんですか」


 私の話を出来るまでに回復したんだ、良かった。

 私もアルフォンスと再会出来たなら...


「今カリーナはどうしてますか?」


 幸せになっていたら...大丈夫よね?


「1ヶ月前に出ていきました」


「は?」


「突然出ていったのです。

『アルフォンス様が率いる勇者の被害者が集う軍に参加します。

 全てにケリを着けるので待っていて欲しい』

 と書き置きして!」


 ライネルさんの叫びに近い声。


 私は頭を殴られた様な激しい衝撃受けた。


『どうして?

 何故アルフォンスはカリーナを?

 私だって被害者だよ?』

 目の前が真っ暗になった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 裏切った彼の家を勝手に使うとは。 同じ勇者の女でも違う扱いしてるの見ると真意は?
[一言] タネ明かしが楽しみです
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