前編
「着きましたよ」
馭者が声を掛ける。
王都から馬車で1ヶ月、私はようやく帰って来た。
生まれ育った懐かしい村に。
馬車の扉が開く。
差し出された馭者の手を断り1人降り立つ。
視界の先に広がるの3年前と変わらぬ町の景色だった。
「それでは」
「ありがとうございました」
馭者は私の荷物を下ろし去っていく。
馬車を見送る。
足元にはたった一つだけの荷物、私の鞄が置かれていた。
「おかえりハンナ」
「よく帰ってきてくれた」
「...ただいま」
振り返ると私の両親が立っていた。
王国が予め連絡をしていたのだろうか。
「さあ行こう」
お父さんは私の鞄を手に歩き出した。
「アルフォンスは?」
一番先に聞きたかった事。
私の幼馴染みで恋人だったアルフォンス...
「ねえアルフォンスは?」
何も答えないお母さん。
うつむいて首を振るばかり。
「...諦めなさい」
先を歩くお父さんは振り返らず呟いた。
「お父さんどういう事?
彼は今何処にいるの?」
「あいつは...」
「町を出ていったの、貴女の婚約を聞いた次の日に」
両親の言葉に頭が真っ白になる。
私の婚約って何故お父さん達が知ってるの?
そんな事、私は手紙に一言も書いて無かったのに!
「どういう事...」
足が止まる。
力が入らない、崩れ落ちそうになる。
「あれは1年前だ。
王宮からお前と勇者の婚約を知らせる使いが来て...」
「嘘...」
「仕方ないんだ、アルフォンスも分かってくれたよ」
「...ええ」
どうして?
なんで国はそんな事を勝手に知らせたの?
「私の婚約を知ったのなら、どうして手紙をくれなかったの?
アルフォンスに知られたく無かったのに!」
「手紙なら書いたさ」
「ええ、アルフォンスが出ていった事もね」
「そんな手紙受け取ってない!」
お父さん達が嘘を言ってる様に見えない。
王国は手紙を私に見せなかったのか。
「でも本当に勇者と婚約していたんだろ?」
「ち、違...」
違うと叫びたい。
たが言葉が続かない。
私は確かに婚約していた。
アルフォンスを裏切って勇者と婚約を...
「まあ、そう言う事だ...諦めるんだ。
まだお前は19歳なんだから」
「国が認めた神官なんだから、次の相手もきっと」
私を元気付けようとしているの?
無神経にしか受け取れないよ!
「本当にそう思ってるの?」
「...ハンナ」
「そんな事あるわけないじゃない!
勇者は裏切ったのよ?
帝国との戦いの最中に、私達を盾にして向こうに逃げたんだよ?
私みたいに勇者の婚約者もいたのに、あいつは...」
言葉が止まらない。
みんな必死だった。
もちろん私も。
戦争が終われば勇者との婚約を破棄してアルフォンスの元に帰るつもりだったのに!
「...行くぞ」
「ええ、ハンナ行きましょう」
お父さん達はもう何も言わなかった。
私は涙を堪えながら後に続く。
『こんな筈じゃなかったのに!』
心で何度も叫んだ。
「着いたぞ」
「懐かしいでしょ?
ハンナの部屋はそのままにしてあるからね」
「ありがとう」
3年前と何一つ変わってない私の部屋。
お父さんは鞄を置き部屋を出る。
お母さんは何が言いたそうだったが、私の顔を見ると寂しそうに出ていった。
「ふう」
ベッドに背中から倒れる。
板の上に固いクッションを置いただけの物。
王都で使っていたベッドと全く違う。
...勇者に抱かれていたあのベッドと
「ウグ」
込み上げる嘔吐を堪える。
あれは悪夢、あんな奴に抱かれた記憶なんか忘れてしまわなければ。
床に置かれていた鞄を開ける。
中に入っているのは王都で私が使っていた品。
魔力増強の指輪と愛用していたローブ。
指輪を王国に返す必要は無かった。
当然だ、魔力増強のアイテムは登録した人にしか効果を表さない。
敵に使われ無いために。
そしてローブ。
王国の紋章が縫い付けられている。
国が認めた魔法使いであるとの印。
「こんな物で厄介払いか」
たったこれだけ、3年間の対価がこの2つの品。
こんな物の為に私はアルフォンスを失ったのか!
「せめて手紙だけでも残っていれば...」
アルフォンスから届いていた手紙は一枚も残っていない。
婚約が決まると全て勇者に没収された。
『未練が残るといけないからな』
勇者の言葉に逆らえず、アルフォンスからの手紙が燃えるのを黙って見るしか無かった。
「...勇者なんか王国が召喚しなければ」
4年前、王国は帝国と戦争になった。
強大な帝国に対し、劣勢な王国は勇者を異世界から召喚した。
現れた勇者は王国に対して言った。
『俺だけでは自信が無い。
仲間が欲しい、魔法に優れた女が良い』
王国は勇者の要請に応じた。
国中から魔法の使える女が集められた。
王国からの呼び出し、それは強制だった。
私もその1人。
3年前、王国から突然の呼び出し。
この町で神官見習いだった私は恋人だったアルフォンスと無理矢理離された。
『死ぬなよハンナ』
『大丈夫、必ず帰ってくるからね』
『ああ、待ってるぞ』
町を出る私に言ったアルフォンスの言葉。
「どうしてなの?
私はちゃんと帰って来たんだよ?」
私の呟きに返って来る言葉は無い。
もう遅いの?
婚約は私の本意じゃなかった...
もうアルフォンスに会えないの?
彼の両親は既に亡く、天涯孤独なのに。
「会いたいよアルフォンス...」
私はただ泣きじゃくるしか無かった。