ドナドナ
近づいて来るスタッフさん、そして、壁際で営業スマイルを浮かべるママと、硬い笑顔な僕達。
人で一杯だった会場も、負けてサッサと帰る人達もいて、かなり人は減ってきた。
さっきの会話聞かれてないとは思うけど……
とりあえず、いい話じゃないだろうな。
「えー、さっきの対戦相手、親御さんも含めて謝罪してらっしゃいました。スタッフの我々からもお詫びをさせて頂きます」
あんまりそう思って無さそうな顔で、スタッフさんが言った。
デスヨネー。
こっちも大概デシタヨネー。
ジャッジと横ピースは、いらんかったデスヨネー。
「いいえ、こちらこそ……それで?」
ナディアママが、スタッフさんが話を続けそうな気配に、先を促す。
「えー……ベル選手……のことなんですけど」
ドストライクで来た!
ヤバイ!
クリティカルを食らって、ヒットストップに固まる僕。
でも、スタッフさんのセリフは予想外のものだった。
「配信で触れる時……あの……女の子3人チームっって紹介すればいいですか?……その……ジェンダー的に」
頭が真っ白になったのは、僕だけじゃないと思う。
みんなも動きを止めてる気配。
ソノ、シンパイハ、シテナカッタナー
リトマのKOくらって宙に浮いてる気分な僕。
スタッフさんが辺りを見回して、声を潜めて言った。
「あの、こんな事言うの良くないんですけど、あなた達……勝ち進みそうでしょ?先の実況の事も考えないといけないので……そのウマ娘の衣装も、ホントは、企業コンプライアンス的に不味くて、どうしようかって事になったんですが……」
あ、そっかー。
ウマ娘のCygameと任天堂コラボしてないもんなあ。
そういや、昔、「うちら、任天堂の倒し方しってますけど?」って吠えてた会社、どうなったのかな。
さらに追い打ちをくらい、現実逃避している僕を置いて、スタッフさんが、腕時計を見た。
「もう時間が無いんです。以前、『NO GAME NO LIFE』っていうチームが勝ち進んだ時も、作品の事に触れないよう、実況と解説が気を使ってたんですが……」
それ知ってる。
『ノゲノラ……おっといけません、それでは、別の作品になってしまいます』とか言ってたよね、田口さん。僕らの実況も、あのひとだったらいいなあ……
そうかあ、去年の公式の配信見てたら、『スマブラ無敗』とか、『ゴリラ三兄弟』とか、罰ゲームで負けたのか、5ちゃんで安価(5番目のリプを採用するとかのアレ)でもやったのかなって名前ばかりだったけど、何の著作権にも引っかからないから、配信には優しかったのね……
「着替えて貰う時間もないんです。行きましょう、あなた達はBブロックだから、2戦目になります」
ウソ!?配信開始まで、後15分はあるよ?
そんなに準備時間いる!?
「ちょ、ちょっと待って!」
僕は、思わず素で喋ってしまった。
一瞬ヒヤッとしたけど、もう男ってバレてるしいいんだよな。
「僕、すぐに、着替えますから……」
スタッフさんが、険しい顔で、言葉を強めた。
「ですから、時間がないんです!さっきまでの試合と違って、配信の時間は延ばせません。どうしてもなら、控えの廊下でなんとかしてください!」
「わかりました、行きましょう。」
ナディアママの即答に、僕は思わずその顔を見る。
三つ編みのママは、僕に向かい、真剣な顔で小さく首を振って言った。
「これ以上はダメ。ホントに失格になるわよ」
マネジャーと、連れてきたらしいメイクの人が、少し離れたところで、目を見開いている。
話聞いてたみたいだ。
リーファが、処刑場に向かうような足取りで行った。
「私、廊下で着替えなんてムリ……メグじゃないもん……いいよ。凛、付き合うよ。これで、私も立派なヲタか……」
死にそうな顔で、ナディアも通り過ぎる。
「一蓮托生じゃ、林堂……バレたら佐竹らに、人参、ランドセルに突っ込まれる未来しか見えん……ママ、ドーラン、ちゃんと、地肌隠しちょるか?」
……何、この、ドナドナ?
何を言っていいか分からず震える僕。
マネジャーに向かって、バツサインを出してたメグが、僕を振り返って、空気を読まず、可愛らしいポーズを決めた。
「大丈夫、これも運命ですっ!切り替えて女声の練習しないと。小さな声で、喉仏を使わないことを意識しながらー、ロリ声!真似してね、『お兄ちゃん』……イデェ、マジイダイ!今日イヂイダイ!ほっぺ、ほっぺ、広がっちゃうよ!」