もう二人のすもも
「凛……ホンマにごめん……すももが巻き込まんかったら……」
顔を拭いながら、聞き取りにくい声で呻くすももくんに、私は怒鳴る。
「いい加減にしろ! いいか、この際ハッキリ言っといてやる。二人とも、自首したところで、ムダだ……事件の痕跡は残ってないし、誰もヤツラの失踪届を出したりしない。身許を調べてみたら、死んだ事を、泣いて喜びそうな身内しかいねえ。さもありなん、だ」
涙で濡れた顔をスマホから上げ、呆然とこっちを見るすもも。
全員がこちらに注目しているのを、確認してから続ける。
「死体を隠蔽したのは、ヤツラの親にあたる組……何故だか分かるか? 手下連中に『女子中学生を襲わせたら、小学生から返り討ちに遭いました』なんて口が裂けても言えねえ。カタギに手を出した事がバレても、組は終わり…… 死に損なんだよ、クズらしい、お似合いの末路だ。それでも騒ぎ立てるのなら、ヤツラが口封じに来るぞ? 互いを危険な目に遭わせたいなら、勝手にしろ」
ウソも混じっているが、説得力は充分にあるはず。
リーファ達のためだ、幾らでもウソつきになってやる。
ボロボロと涙を流すすもも。
辛かったろうな、自分のせいで、林堂くんに殺しの罪を負わせたこと。
だが……それは違う。
大いなる間違いだ。
「いいか? 君たちは誰も殺していないし、止めを刺したのは、ウチの社員だ……その時の状況は、すももくんから聞いた。君たちは望まぬ暴力から、身を守っただけ、正当防衛なんだよ。『やりすぎた』とか、クソ左翼みたいなことを言ったら殴るぞ? 他に方法があったのか? それとも、互いに、なんにもしなけりゃ良かったのか? 答えろ!」
か細い声で、はい……とだけ答えるだけの、すもも。画面の向こうの林堂くんは無言。
私は静かに言った。
「断言しよう。時間を巻き戻しても、君は、寸分違わず同じ事をする……また、のたうち回る事が分かっていても、だ。ここにいる全員、そう言うだろう」
啜り泣く少女達が、何度も頷く。
保護者達もだ。
細い指で涙を拭いながら、微笑むメグ君・母と、ローズ。
ブレザーとセーラー服なのが、返す返すも残念だ。
「……私達も、覚悟を決めなきゃねローズ」
「勿論よ、姉さま」
いや、何もするな頼むから。
私は、ニセJK達を視界に入れないよう、努めて言った。
「君の両親を、『許せ』などと、私には言えない…… だが、私も含めてここにいる全員、そんな君に助けられたことを、忘れないでくれ」
一気にここまで、言い切る。
……そうだ。今まで、彼に一度も礼を言ったことがなかった。
只泣くことしか出来なかった娘と、頭を掻きむしることしか出来なかった私。
その時だけじゃない、コイツら親子には、今も助けられている。
どんなことをしてでも、それに報いなければならない。
今、私がしなければいけないのは、林堂くんを学園に向かわせないことだ。
リーファが潤んだ目で、「……やっぱりパパって、最高」と言ってくれたのは、近年最高の喜びだった。
だが、すももが直角まで頭を下げ、他の少女のみならず、ハスマイラさえ、それに倣ったのには、狼狽えそうになった。
「よせ」と吐き捨てるのが精一杯だ。
『リーファ、知らなかったのか? だから塩対応やめろって言ったんだよ』
「やめれ…… 反省してんだから」
二人の軽口に、小さな笑いが起こる。
それも次の瞬間までだった。
『橘さん、すももを助けてくれて、ありがとうございます…… それと金は僕が殺ります』
真っ白になる会議室。
……なんだと?
巻き起こる怒号。
「調子に乗るんじゃねえ!」
『考えに、考え抜いた結果です…… まだ、二人……すももと同じ境遇のヤツラがいますから』
しびれる頭で考える。
そうか。ロイヤルファミリーの血を引く子供達が、後二人いた。
やっと、分かった。
林堂くんが学園に向かう、本当の理由。
一瞬だけ詰まって、前よりも大きな怒号が渦巻く。
「エエ加減にして! そんなつもりで、サチ、言うたんちゃう!」
「凛、リーのパパの言う通りじゃ! うぬぼれるんも大概にしんさい!」
「それ、凛の背負う事じゃないだろ!?」
「そうです、大人の仕事でしょ!」
『……じゃあ、どの大人?』
言葉に詰まる、私達。
『いないよ。橘さんが、すももを助けてくれるまでを、思い出せば分かるだろ?』
ハスマイラが、険しい顔で口を挟む。
「林堂くん、マジ、いい加減にするッスよ? まだ足りないって言うんスか?」
『……ハスマイラさんからは、聞きたくなかったな、その言葉』
細められた、黒い瞳。
バカが。口論でハスマイラに勝てるわけがない。
ちょうど良い薬だ。コテンパンにやられてしまえ。
「ほう。続けるッスよ?」
『……僕は、脱がされ、押さえつけられたすももに、クズ共が群がっているのを見た』
少女達が見開いた眼で、うつむくすももを、フォーカスする。
『全員、轢いて、スルメにしてやったけど…… 今でも、夢に見る』
地獄の色を纏った言葉に、誰もが言葉を失う。
顔色を無くした、ハスマイラ。
これは、口論にもならない。
彼女自身、同じ目に遭っているのだから。
だが、なんでだ?
彼女の過去を何故、彼が知っている?
答えは彼がくれた。
『<アタシの目の前で、女の子を傷つけたこと、後悔するッスよ>……米沢にリーファがチカンされた時、ハスマイラさん言ったじゃないですか』
「……そう……ッス……けど」
鉄の処女の、か細い声。
勝敗は言うまでもない。
『あの時のすももが、まだ二人いるんです…… なのに、山田さんも、誰も彼も、あのコ達を、助けてあげようとしない』
リーファの絞り出すような声。
「だよね……アンタはそう言うヤツだよ、相棒」
あきらめに似た何かが、心を支配する。
そうだ、さっき言ったばかりじゃないか。
『ホントはなにもかも、忘れて、ジン達と遊んでいたい。でも……どうしても出来ない。あの時見た光景がチラついて』
……彼はそう言うヤツなんだ。
林堂君は、泣いていた。
『僕は、父ちゃんと母さんを恨みます……銃なんか、撃てなきゃ良かった』