エピローグ
大阪大会から3日後。
僕、林堂凛は、ユニバーサルシティ駅にいた。
みんなが知ってる、ディズニーランドと並ぶ、大型遊園地、USJに直結してる駅だ。
え? 並ばない? ごめん、知らないんだ。来たこと無かったし。
だってさ、アトラクションとか、1時間待ち、普通らしいぜ?
クラスのリーダーのジンも、平日じゃ無いとキツイってボヤいてた。
でも、高校生の兄弟がいるヤツが言ってたけど、市内の高校に通ってる連中には、ホントいい遊び場らしいよ。
放課後、僕らが公園に集まるノリで行くらしいし。
年間パスもってたら、入場タダらしいし。
乗り物もタダ?
マジ?
え、知らない?
僕も知らない。
全然興味ないもん。
そんなとこ行くぐらいなら、原神進めるわ。
じゃあなんで来てるのかっていうとさ……
僕は、イヤさを顔に出さない様にしながら、少し離れて立ってる人かげを、帽子のツバ越しに見上げた。
カッターシャツの襟を、高そうなスーツの外に出し、長めの髪を後ろで縛ったオジサン……リーファのパパが立っていた。
高そうな腕時計で、1分間に3回くらい、時間をチェックしてる。
元がハンサムだし……あ、今さら気づいた。餓狼伝説のギースにちょっと似てるわ……お金持ちだから、どれもこれも様になってるけど……
そうか。
僕は今まで探してた言葉に辿り着いた。
ズレてるんだ。
一緒に何日間もいて、リーファパパに感じてた違和感の答え。
今の姿だって、同年代の美女と、高級な所に行くとかなら、バッチリだけど。
切符売場の外に見える、アメリカ風の建物のせいか、通り過ぎる人達もウキウキしてる。
その人達の何人かが、リーファパパを振り返るんだけど、その視線が、どうもこう……通り過ぎるハンサムを、振り返るとかとは、違うんだよね。
そう、『なんで、この人ここにいるんだろう』って感じのヤツだ。
僕は、リーファパパに頼まれてって言うか、無理強いされてここにいる。
『バロチのボディーガード代だ。君の父さんからは、飛行機代しか受け取ってない。当たり前だ、君が払わなきゃ意味ないだろう。そんな訳で、USJ、君も待ち合わせ場所に来て、隠れててくれ。最悪……ホントに最悪だぞ、君も一緒に周るんだ。上手く行きそうなら帰っていい……と言うか帰ってくれ』
あまりの勝手さに、僕はキレそうになったけど、ホッとしたのも事実。
何せ、一番迷惑かけたから、無茶振りされる方が、気は楽だ。
それに、オリガのケアから、逃れられるってのもあった。
日本に帰ってから、一人でいるのが怖いらしく、ずっと僕にベッタリだ。
どう見てもメッチャ浮かれて見えるけど、それだけにほっとけない。
辛さを隠してるだけなんだろうから。
オリガ、さらわれかけたり、色々あったから仕方ないけど……
たまには、一人になりたいのが本音だ。
僕は、リーファパパと一週間近く一緒にいて、大分遠慮のない関係になった。
彼、頼りになるし、男らしくて、大人らしいけど、戦場以外はホントにマダオだ。
多分、仕事とか、社交も出来るだろうけど、一般常識みたいなのがなくて、ある部分が特化され過ぎてるだけのカンジ。
例えるなら、生活力のあるスマブラーだ。
好きな事以外は興味ないの典型。
リーファは、パパの話はしたがらない。
でも、バロチに行くとき、僕に言った。
『パパに、後払いで頼んだ。あの人、仕事だけは一流だから』
……リーファは、自分のお父さんを『あの人』って呼ぶ。
その理由はわからない。嫌いとかじゃなく、距離を置こうとしてるカンジだ。
いつか、僕にもわかる日が……あ、来た。
リーファが、改札から出てきた。
機械にかざしたスマホをしまいながら、辺りを見回してる。
ジーンズに、サンダル、ふわふわしたカンジのシャツ。それだけなのに、みんな振り向いてる。
目立つカッコじゃないのに目立ってる。
僕でもわかる、これがオシャレってヤツだろう。
パパはまだ気づいてない。
パパの姿を見た瞬間、不安そうだった、リーファの顔が、明らかに引きつった。
デスヨネー
自分のコトじゃないのに、いたたまれなくなった僕は、内股になっちゃった。
僕だって、なんとかしたかったよ?でも、現地集合じゃ無理やん。うん、あのカッコ見た時、何で誰も注意しないんだ、愛とかないの?とか腹さえ立ったんだホントなんだ。
「リーファ!」
何となく僕も心の距離が開いちゃったから、橘さんって呼ぼう。
よせばいいのに、橘さんが、ウキウキと手と大声を上げた。
リーファの歩みがメッチャ遅くなったのに反して、橘さんが、大股で近づいていくあたり、こうやって人の心って開いて行くんだなあって勉強になったよ。
「いやあ、梁 梨花今日は、とびきり可愛いな!パパ、嬉しいよ」
あかんやろ、このマダオ!?
台湾では、家族を呼ぶ時も、フルネームで呼ぶのが珍しくないらしいけど、ここは日本で、しかもパパって……
通りすがりのカップルが、足を止めて、不安そうに言った。
……あれ、パパ活?
ホラ、こうなった。
だって、この組み合わせ、はたから見たらホンそれだもん。
リーファにはそれが聞こえたらしく、真っ赤になって、橘さんを詰った。
俯き、スマホをいじってるふりをした僕にかろうじて届く声で。
「声、大きい!やめてって!」
「あ、すまん、ついホントの事だから嬉しくて」
……橘さん、死のうよ?
煽ってる?
僕でも、ダッシュで帰るよ?
……でも、今日のリーファは我慢強かった。
無理を言った手前があるんだろう。
「とにかく、行こ。みんな見てるから」
僕は胸が熱くなった。
リーファ、言うなれば、僕のために、我慢して、隠れて、自分の時間を売っているようなもんだ。
決めた。
僕もリーファの好きなとこ、一回、付き合おう。
でもね。
リーファは、やっぱり帰るか、橘さんの口にダクトテープでも貼っとくべきだったんだ。
橘さんは、見たことないくらい浮かれながら、とうとう言ったんだ。
バカだから。
「そうか、そうだな!パパ、今日のデート凄く楽しみにしてたんだ!」
僕とリーファの時が止まった。
Dio、使うなら『ザ・ワールド』じゃなくて、爪か牙で良かったのに。
さっくり殺ってくれりゃよかったんだ、橘さんを。
デート。
パパとデート。
そばで聞いているだけの、小6の僕が、シャツを下に引っ張りながら、青空に絶叫する程の恥ずかしさだ。
「あれ、どうした?」
橘さんはのんきに振り向いた。
どことなく、いい事言ったみたいなドヤ顔を見て、僕は1000歳くらい年を取った。
立ち止まり、真っ赤になって俯き、拳を震わせていたリーファは、涙を浮かべた顔を上げてはっきり言った。
「死ね、キモオヤジ」
憎々しげに、吐き捨て、真っ直ぐ改札に向かう。
何が起きたかわからないのか、橘さんは、リーファと僕を交互に見ていた。
いや、こっち見んといて。
大股で、改札機を通り抜けたリーファを見て、冗談とかじゃないのを悟った橘さんは、真っ直ぐ僕のところに来た。
リーファに大声をかけるよりはずっと正解だけど、その判断力、もっと別に使えってば。
ズカズカ歩いてくる橘さんに、僕も怒鳴ってやろうと待ち構えていたら、無言でスマホを渡され、出端を挫かれた。僕は、険しくしてた視線を
スマホにおとした。
動画が映ってる。
ゴーっていう低音に混じって、何か、甘ったるい声が聞こえたし。
こちらに横顔を見せた金髪が、前かがみになる度、チュッチュッて聞こえた。
盗撮動画?
『……カワイカッタンダ…Я тебя люблю(愛してるよ)』
5秒かかって、思い当たり。
10秒後、僕は悲鳴を上げた。
オリガと……ぼくじゃん!?
何コレ!?
慌てて消そうとする僕に、橘さんは吐き捨てた。
「何とかしろ。そしたら、他のも消してやる」
投げつけたiPhoneを、難なく受け止めたマダオに、僕はガチギレした。
「アンタ、ホントに大人かよ!?」
「急ごう、追いつけなくなるぞ?リーファ、何で怒ったのか全く分からん……我が娘ながら気まぐれすぎる」
「ふざけんな、マダオ、そんなんだから駄目なんだよ!誰が行くか!」
「リーファ!林堂君だ!ここにいる!……スゴイ、振り向いたぞ。彼といっしょに回る予定だったんだ、サプライズだよ!……マジか、戻ってきた」
コイツ、なんて頭の回る奴だ、マダオのくせに!
笑顔で手を振りながら、マダオは、低い声で言った。
「最低だろ?わかってる、私も必死なんだ、憎みたきゃ憎め……動画は消すし、バロチの貸しもなしだ。
梁家に二言はねえ、協力してくれたらな……
頼む、助けてくれ、何が駄目だったのかサッパリわからんのだよ」
僕は悔し涙を浮かべながら、笑顔でリーファに手を振った。
速歩で戻ってきたリーファが、少し笑顔になったのが救いだ。
僕はこんなヤツに借りを作った自分を呪いながら、笑顔で言った。
「僕にも分かんないけど、パパとデートは、リーファ、かなりグッと来てるはず。もう一度言ってみましょう」
………そうだ。肝心な事、言うの忘れてた。
大阪大会なんだけどさ。
僕、間に合わなかったんだ。
まあ、殲滅してやったけど。
何言ってるかわかんない?
ゴメン、説明する。
それはね……
【大阪大会編に続く】