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ハスマイラはご機嫌100°




 私が、口を開こうとした時、素っ気ない着信音が鳴り響いた。

 アジズのiPhoneだ。


「失礼……よお、デイヴ、オヒサ。調子は……相変わらず最悪そうじゃねえか。結構」


 アジズが立ち上がってこちらに背を向けた。

そうだ、一つ忘れていた。


私は、どうしていいか、分からない顔をしている、ソフィアに向かって、言った。


「ミズ、妹さんの写真はあるか?後、出来るだけ新しい、彼女の情報があれば」


 意外な申し出に、彼女は眉を顰めた。


「私達は、あなたが思うより顔が広い。もしかしたら、妹さんの事で何か手助けが出来るかも知れない」


 彼女の眼が一瞬泳いだ。

私は続ける。


「会ったばかりの、得体のしれない私達に、肉親の情報を伝えていいものかどうか悩んで当たり前だ。無理強いするつもりはない」


「何故です?」


 そんなことしてもらう義理は、とは言わなかった。


 わかる。

 

 彼女は藁にも縋りたいのだ。

 

 同時に、万が一、妹が見つかる手掛かりを手に入れたときの見返りを心配しているのだろう。


「家訓だ。梁家は友達を見捨てない。貴方は本気でハスマイラの心配をしてくれた」


 アジズが携帯に、怒鳴り散らかしている以外は皆、無言。


 ソフィアは、俯いたまま、iPhoneを抜くと、弁解がましく言った。


「これは、業務用のセル(携帯電話)です。我々は業務中に私用を挟むほど、格式が低くありませんので……」


 語尾が小さくなっていくのに、私は笑いを堪えた。思い切り私用だもんな、これ。可愛いところがあるじゃないか。


 王がフォローを入れる。

 

「それを破るくらいには、妹を愛してるんだね……そこにも写真が?」

 

ソフィアは、救われたように、厳つい顔を緩める、王を見た。

ソフィアは饒舌だった。


「ええ、勿論よ。アンを迎えるために私は努力した。もう二度と惨めな思いなんかさせない。いま、どんな暮らしをしてるか、気にならなかった事なんてないわ」


 王は仕事のできる男だ。うんうんと、頷きながら、自分のスマホを操作していた。


「赤外線でいいかい?……来た……これは可愛らしい娘さんだ。何歳の頃の写真だい?」


「15歳。二人で、なけなしのお金を集めて、マレーシアに旅行した時の。あの時は……ごめんなさい、それより、2年前、アンから、両親の許に手紙が届いたの。その時の消印はロンドンで、ここで頑張るっていう手紙が来て、それっきり。きっと、気まずいのね……何がおかしいの!?」


 王と私が笑い、ハスマイラさえ、俯いたまま、一瞬肩を揺すった。アジズも、こっちを向いて、口許を吊り上げる。


 それを見たソフィアが気色ばんだのだ。


 王は、それに構わず、本当に嬉しそうに笑った。


「ミズ、ここにいる全員が、貴方はとても引きが強い……ラッキーだって思ったんだよ」


 意味が分からず、言葉を失うソフィアをおいて、アジズが喚いた。


「そうでもねえな。ダメだ、コイツとびきり機嫌が悪い。日を変えるか?」


 アジズのiPhoneから、それに呼応するかの様に、どなり声が小さく聞こえた。


 ハスマイラが、ダルそうに手を差し出した。


 アジズが言葉を飲み込んだ後、慎重に言った。


「マイラ、コイツ、お前に『貸し』を要求するぞ?俺は一つコイツに小さな『貸し』があるから、それで相殺できるけど……」


 私は素早く口を挟んだ。


「ケツは梁家が持つ。幾ら欲しいか聞け」


ソフィアが血相を変えて立ち上がった。


「それなら、結構です!そこまでしてもらうのは違う!」


「座って下さい、ビッグ・シスター(姐さん)


 脅し付けるわけでもない、平坦で、余りにもダウナーなハスマイラの声に、部屋が静まり帰る。


 ハスマイラは俯いたまま、差し出した手を揺すり、アジズに催促した。


 若干急いで、アジズはスマホをその手に載せると、慌てて身を引く。


 分かる。


 これだけ不機嫌なハスマイラを見たことはない。


 全員が凍りつく中、まだ喚いているスマホに、ハスマイラは言った。


「デイヴ、話長いっスね?」


 ピタリと静まり帰る、アジズのスマホ。


「だから、女にモテないんスよ。男は即断・即決、即実行。そしたら、アタシもビッグ・ベンまで飛んでいくのになあ……あ、アジズから聞いてますぅ?」


ハスマイラが、ソファに凭れ、初めて顔を上げた。天井に差し上げた左腕と頬にスマホを、挟み、光の無い目を斜め上に向ける。

 左手を怪我したとき以来のハスマイラの癖だが、その虚無に冒された瞳に全員が逃げ腰になる。

 

「アタシ、隊をクビになります。時間がたっぷりできそうなんスよ……でも、やる事出来そうでヨカッタ。ロンドン、メシ不味いっていうけど、テイクアウト最高ッスよね?んで」


 スマホを持ち直し、まるで、そこに、話し相手のMI5職員かいるかの様に身を乗り出す。


「ご褒美、何がイイっスか……やだなあ、あの時は、強引なデイヴが悪かったっしょ?所で、あの時助けたキンタマ、幾ら値段ついてるっスか?」


 瞳孔は虚ろなまま、薄ら笑いを浮かべるハスマイラに、全員が悪魔を見た。


 同時に、思う。

 

 こんな優秀な交渉人(ネゴシエーター)、どこにもいないよな。


「……え、そうッスか?なんか、悪いッスね。悪いついでに、いつ、結果もらえます?……

 2日?じゃ、アタシ、直にもらいに行きます……イヤ?じゃいつ?……具体的に。1時間?デキル子ッスね。愛してるっスよ。それと、バックレたら、アタシ、これからのなんにもない人生、アンタを見つけることに捧げるッスよ」


 


 



 


 

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