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お経を読むよ、ハスマイラ





「マイラ、コイツを掛けろ」


 アジズが放った手錠を、ハスマイラは顔を顰めてキャッチした。


「何スかこれ?物騒ッスね」


「違う。物騒なのはオマエだ。手錠を片方、王の手首に……」

 

「断固として拒否する」


 言い終わらないうちに被せてきた王に、舌打ちするアジズ。なら、俺が、と言わない所がアジズだ。

 

 ハスマイラが、心外そうに言った。


「アタシが、仲間に暴力をふるうとでも……」


「思ってる。いいか?ホテルの調度品、壊したらギャラから引くからな?」


「んで、私が勝ったら、隊、辞めなくていいんスね?」


「いい」


「おい、私に断りなく勝手に決めるな」

 

流石に我慢できずに口を挟むと、


「大丈夫です、ボス。これでマイラが我慢できたら、隊にいる資格があります。責任は私が首をかけます」


 アジズが真剣な顔で言った。


 アジズが、責任取って辞めたとこで問題の解決にはならんだろう?


 ……まあいい、内容の説明が無かったのは気に食わないが、アジズがそこまで言うのなら。


 いよいよになれば、私が全部なかったことにしてやる。


「マイラ、そこの椅子に座って、右手と左足に、手錠を掛けろ」


 ハスマイラが、椅子に片足を立てて座り、言うとおりにした。冷めきった表情で吐き捨てる。


備え付けのダイニングバーで、コーヒーを淹れている、自分より背の高い女に目を向けた。

 

「その女を、ボスにけしかけるんでしょ?芝居って分かってるのに、シラケるだけっスよ」


「言ったぞ、マイラ?⸺始めてくれ」


 湯気の立つコーヒーカップを1つだけ持って、悠然と立っていた女性。


ソファの肘掛けに座った、私の前まで来ると、艶やかに微笑んだ。

 

「はじめまして、Mr.リャン。当ホテル、スタッフのソフィアです。そこに一緒に座って頂けますか?」


 私は警戒したまま頷いた。


 ハスマイラは、片膝に顎を載せて、こっちを上目遣いに見ている。腕に隠れて、表情は窺えない。


 私がソファに腰掛けると、隣に座り、「失礼します」と断り、私の前にコーヒーを置いた。


 召し上がって下さい、と至近距離で微笑まれる。

ブルガリの香りがよく似合う笑顔だ。


 ソフィアは、iPhoneを取り出し、スワイプすると、写真を指差した。

 

「ここ、ご存知ですか?」


 私はコーヒーを置いて、彼女の手許を覗き込んだ。

 それは、サイケデリックな色彩のアパートメントの写真だった。

 

「台中の彩虹眷村だ。良くこんなの知ってるね」


 ソフィアはニッコリと微笑んだ。


「凄い色彩ですよね!ジャパンの友達が教えてくれたんです。こういう個性的な建物の写真展が、開催されてるらしくて」


「元々、軍人の為の集合住宅だったんだが、一人だけ残った爺さんが暇に任せて描いたんだ。私も行ったことがある」


「そうなんですね!」


ソフィアは口許で両手を合わせて、目を輝かせた。私も思わず口許が綻ぶ。


「しかし、改めて見ると、子供の落書きだよな」


「それが可愛いんですよ」


 私が、スマホを見ながら、直に見た感想を話していると、ハスマイラが、奇妙な声を発した。

 

 ソフィアが、いつの間にか手に取った私のコーヒーカップから口を離すと、戯けて舌を出した。


「あ、ごめんなさい、間違って飲んじゃった。淹れ直しますね」


「別に構わんが……」


 ふと見ると、ハスマイラが自分の膝に歯を立てて変な声を出している。


 無視した。


 アジズが、バカにしたような目でハスマイラを眺めていた。王は首を振って呟く。

 

「話にならんな」


 ソフィアは私の太腿に手を置いて立ち上がった。

 

「ペリエの方がよかったかしら……これ頂いていい?気にしないなら」


「どうぞ。バドワイザーを出してくれるか」


「イエッサー、ボス」


 変な唸り声をあげるハスマイラの前を悠々と横切り、ソフィアは、私の飲みかけのペリエを手にとって、冷蔵庫に向かう。


 私は、上品な色気に包まれた後ろ姿を見ながら、密かに満足していた。


 ゼルや、ハスマイラの様な子供ばかり相手にしていたプライドが、回復するのを感じる。


 そうだ、女性はこうあらねば。

本来、私は知性溢れる美女が好みなのだ。


 グラスにペリエを注ぐと、一気に飲み干すソフィア。軽く溜息を付くと、バドワイザーを取りだし、こちらへ歩いてきた。


 私の肩にそっと触れながら、腰掛け、グラスとバドワイザーの缶を手に持ったまま、こちらに後頭部を向けた。


「解いてくださらない?この髪型慣れてなくて」


 私が言うとおりにすると、ソフィアは、頭を振った。


 艷やかな黒髪と、その香りが、羽のように広がる。


 見返り美人の角度で振り返ったソフィアが上目遣いで訊ねてきた。


「この髪型はお嫌い?」


「いや。よく似合ってる」


 見つめ合う私達の間に、やたらドスの効いた般若心経が割り込んで来たが、忙しいので聞こえないふりをした。


開襟シャツを着ている私の胸元に、目を留めると、興味津々の顔になった。


「その傷……」

 

 グラスをテーブルに置く。


「イラクでだったかな」


 ソフィアは、艷やかな爪をもつ人差し指で、私のシャツを少し広げて傷痕を目で追っていたが、私の顔を見上げた。


「傭兵のリーダーだって聞きました……人を殺した事がお有りなの?」


 こういう時、真っ当な兵士ならこう言う。


「覚えてないね」


 ソフィアの笑みが深くなり、瞳がこう語っていた。


 その回答、100点よ、と。

 低く掠れた声で、彼女は言った。


「……お仕事忘れようかしら?」


「フンガー!」


 飛んできたヒールを、私は、ソフィアを見つめたままキャッチした。


アジズが、疲れたように一言。


「ハスマイラ……予想を裏切らなさ過ぎだろ」

 

 


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