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アルジャジーラ






『我ら、バロチスタン解放戦線は、腐敗した政府の犬、おぞましい悪魔の手先に、アラーの鉄槌を下した』


 勇壮な音楽と共に、英語のテロップが流れる。


 M2重機関銃が破壊したシンの邸宅、そして正視に耐えない死体の数々が、モザイクなしに画面を流れていく。


シンのバストアップの写真が大写しになる。

 

『この男はマンムー・シン、この地区の司令官だ』


『年端もいかぬ少女達を拐かし、己の欲望の為に監禁すると言う、非道を働く悪魔である……しかし』


 画面が変わり、隠れていた倉庫から、恐る恐る出てくる少女達が映る。顔にはモザイクがかけてある。


『アラーよ、ご照覧あれ!我ら、正しき僕が、死闘の末、少女達を開放した!』


 そして、バロチスタン解放戦線の歴史、イデオロギー、精一杯カッコよく映した訓練風景など、宣伝動画が続く。


 私は、感心して、スマホの動画から、目を離した。運転している、動画の作成者に声をかける。

 

「仕事が早いな、王」


スキンヘッドの偉丈夫⸺M2でシンの邸宅を廃虚にしたガネーシャ⸺は、照れたように笑った。


「元から何パターンか用意しておいた、素材にはめ込んだだけですからね」


 シンの邸宅を離脱して1時間。時々すれ違う大型トラックのライト以外は明かりのないチャマン・ロードを、北に向かう。


 

 シンがM2を積んだテクニカルを見たとき呟いた、


「バロチスタン解放戦線か?」


 は、実は半分当たっていた。


 あのテクニカルは、バロチスタン解放戦線から買い取ったものだ。この件が、うまく行った暁には、手柄をバロチスタン解放戦線のものにするという条件付きで。

 彼らは大喜びで、大量虐殺の身代わりを引き受けてくれたわけだ。


 私は、王が人数分用意してくれていた、パラタという薄焼きパンを、いい方の手で齧った。バロチスタンの料理はうまいと有名だが、この、チキンの練りこまれたパラタは私の大好物だ。

 牛脂の練りこまれた生地はほんのり甘く、食べていて飽きない。


さっきまで、ハスマイラが隣でずっと不貞腐れていたので、寝たふりをしてたから、食えなかったのだ。

話したくないなら、別の車に乗ればいいのに。

窓に持たれて目を閉じていると、顔を近づけてくる気配がしたので、見ずに顔をキャッチすると、湯気を立てて怒り出した。


「あのチビっ子には、チューさせといて……!ロリコン、もう知らねっす!止めろ、あっち移るッスよ!」


 もう一台に乗り換えてくれた。


 最後の一口を名残惜しんでいると、ツイッターにダイレクトメールが来た。


「全て予定通り。本社からの応援到着。LIVE 開始、土産は持ち帰る」


『お客』からの業務連絡だ。

 

「王、止めてくれ。最後の仕上げだ」




 

赤い帯に、BREAKING NEWSの白抜き文字。


 アラブ系のアナウンサーが、険しい顔で言った。


『パキスタン、バロチスタン州で、驚愕の事件です』


 中東、ドーハが本拠地のアルジャジーラ・ニュース。


 アラサー女性リポーターの、緊張した面持ちが映った。『お客』こと、アルジャジーラの白人記者、スーザン・ミラー。相変わらず美人だ。

 

「ここ、バロチスタン、リンド地区で、バロチスタン解放戦線を名乗る組織による、地区司令官、襲撃事件が有りました。現場からの中継です」


 画面が変わり、先程の、王が製作した動画が映る。


「きっかけは、アルジャジーラに送られてきた、この動画と犯行声明です。真偽を確認するため、私は現地へと飛びました。動画の内容が、あまりにもショッキングなものだったからです」


 先程の、倉庫から出てくる動画の後、ライブらしい、映像。画面のこちら側に背を向けた頼りない背中。

  「……はい、もう半年以上。他の子達は、ハシムという土地の有力者に攫われてきました。ウズベクと、トルコの出身の旅行者です。私は……クエッタから……買われて」

すすり泣き始める、クレアのふりをしたゼル。


 彼女の前で同情を込め、頷いている、スーザンと打ち合わせた内容を話しているはず。

 

これが、ゼルに依頼した仕事だ。

 

 クレアや、他の娘達では、これほどは上手く話せない。かと言って、スラスラ話すのも不自然だ。

 

『必要な情報を、自然に、かつ、視聴者に訴えかけるよう話せる人材』


 ゼルは今回もいい仕事をしてくれている。


「見えるか?オマエを野放しにした、軍にも恥をかいてもらう」


 すべての指を折られ、片方の目と睾丸は完全に潰されているシン。


 少女達のリンチは鬼気迫るものだった。

 人生を大きく、狂わされた彼女達には、これでも飽き足りないだろうが。


 道路から大きく外れた池の辺り。

 地面に転がったシンは、浅く早い呼吸を繰り返し、私がかざした、スマホを観ていたが、目を閉じた。


 徐々に、呼吸が遅くなり……


 完全に止まった。


 悪党にしては、静かな死に方だ。


 星空の下、私とジェーンがそれを看取った。


 他の隊員達は、車で待機している。もう興味が失せたのだろう。


 ジェーンが、スワヒリ語を呟いた。


クファ(完全無欠に死んだ)


 


 

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