そういうのイイッスよ
救出……された少女は6人だった。
暗く、黴臭いガラクタだらけの倉庫を、アジズ達が覗き込んだ時は全員が悲鳴をあげた。
恐る恐る、梯子を登ってきた彼女達は、閉じ込められていた場所からは想像出来ないくらい、綺麗な身なりをしていた。
最新式の韓国製家電が並ぶ、広々としたダイニングで、心細げに並ぶ彼女達を、LEDライトが照らす。ハスマイラが、全員をボディチェックする。
年齢は、10代前半から半ばまで、人種は、中東系が4人、白い肌の少女が2人いた。
最も年長らしい、ショートヘアーで背の高い少女が、開口一番、ウルドゥー語で言った。
「あなた方は誰です?ご主人様は?」
血色もよく、派手で、露出が多いとはいえ、身なりも整っている。奴隷の様な、と言う形容は当てはまらない。
私も含め、隊員達、全員、スカーフで顔を隠している。
理由は簡単だ。
彼女達は、私達を売る可能性が高い。
私が通訳すると、チャドルで顔を隠した、ハスマイラが日本語混じりの英語で答えた。
語尾のッスのみ日本語だ。
「ご主人様?君たちを攫ったゴミの事っスか?ホラ」
ジェーンとアジズは、引き摺って来た、虫の息のシンを、磨き込まれた大理石の床に放り出した。
少女達が悲鳴を上げる。
年長の少女がシンに駆け寄って、意識の朦朧とした、主人の名を叫ぶ。
ハスマイラが、その少女の腕をひっつかむと、
「そういうのイイッスよ」
手荒く引き剥がして立ち塞がった。
現地語で罵声を上げる、少女の目を覗き込むハスマイラ。
「私達は、悪党に天罰を下してまわる正義の味方ッス。君達を助けに来ました」
「私達は、ここで幸せに暮らしてます!おかしな事を言わないでください!」
やはりな。
誰も驚かなかった。
完全に洗脳されている。
というか、そうでなければ精神が持たなかったろう。
誘拐犯に同調し、好きになろうとする事をストックホルム症候群と言う。
いじめられっ子が、イジメっ子を好きになろうとするのと同じで、事なかれ主義の拡大版だ。
シンが、哀れっぽく、ガラガラ声でいった。
「そのクレアは、去年、クエッタのスラムから私が連れてきたんだ……親が売り飛ばしたんだよ」
「そうです、私はご主人様に出会えた事を、神様に感謝してます。体を売るしかなかった私に、こんなに良くして頂いてるんですから!」
ご主人様……
少女の一人が呟く。
ハスマイラは、無表情に言った。
「それはそれは。遠慮はいらなさそうッスね……んで、クレアさん」
ハスマイラは、彼女の肩に手を置いて言った。
「突っ込まれたのは、いつッスか?」
少女が凍りついた。
「それ、体売る相手がこのデヴに、固定されただけですやん。声優が、仕事貰うために、ディレクターと交際するって言うのとおんなじッスよ」
そこから、ハスマイラの声が低くなり、少女と、そしてシンが、横っ面を叩かれたような顔になった。
「まァ、クレアさんが、それで良かったらどうぞ。んで、ここにいる女の子全員、親から買ったんスか?……オマエに聞いてんだよ、デヴ」
「いや……それは」
「未成年に突っ込んどいて、何、聖人ヅラしてんだ、ボケェ!」
ハスマイラの怒声を受け、アジズが、嬉々として、シンの横腹にブーツを叩き込む。
シンが、胃液を吐いた。
少女達の悲鳴。
「んで、皆さん、この屋敷は無くなるし、このクズは遠くへ旅に出るっス。外にこいつの仲間の死体が沢山あるので、ゆっくり見てってね!」
少女達が、目を見開いた。
そうだ、長期間、囚われた人間は、自由を与えられてもどうしていいか分からない。
だが。
彼女達は、自分の意志で、告発する必要がある。
でなければ、我々が去ったあとで、この事件は国家によって、無かったことにされ、次のシンが現れるだけだ。
ハスマイラは、チャドルの頭部を外し、素顔を晒した。
さっきの情けない姿など微塵もない。
大きな不幸を乗り越えた者だけが持つ、何かが突き抜けた、透明感を纏っていた。
少女達を見回し、ゆっくりと語りかける。
「私は、昔、レイプされかけた事があります。ついさっきも、こいつの部下達全員にマワされるところでした……
みんなの見てる前でね。
以前、襲われたかけたあと、私は家に引きこもりました。
そしてわかったのは、自分を助けてくれる人がいても、自分が拒絶したら、ずっとそのまま苦しみ続けると言う事です」
ここで、ハスマイラは言葉を切って、少女達の顔を見回した。
みんな整った顔をしているが、明らかに目つきがおかしい。
ストレスで、目が据わってしまっているのだ。
敵意のあった少女達の心にヒビが入るのが分かった。
ハスマイラは続ける。
「……辛かったね。私にはあなた達の気持が、全て分かるとは言えないけど、ここに分かる人を連れてきました-ゼル、入って」
ややあって。
確かな足取りで、都会的な模様のチャドルを着けた少女が、扉を開けて入ってきた。
おしゃれなサンダルと、ジーンズが裾から覗いているのを、左手に比較的新しい、iphoneを握っているのを、少女達がガン見する。
女の子はおしゃれに弱い。
今、彼女達が着せられている服は、露出の多い、シン達の趣味だ。
少女達が着たがるようなものではない。
これで、里心が付けば、やりやすくなる。
アジズが見つけてきた、女優の卵は、毅然とした様子を作って言った。
「私はゼル。クエッタで、あなた達と同じ境遇でした」