鋼鉄の処女
これだけの騒ぎだ。
隣の家までタップリ200mはあるが、流石に警察が来るだろう。
捕まれば、私達は間違いなく死刑だ。
そうはさせない。
先程まで、アジズ達に囲まれ、折られた足を踏まれ、悲鳴をあげていた、シンを見下ろした。
ジェーンに膝を蹴り折られたおかげで、M2重機関銃の弾幕から逃れられた訳だ。
いや、ジェーンの計画通りか。
怒りで餓狼の様な顔つきの隊員に囲まれていたシンが、電話を切った。
私の視線を浴び、シンは這いつくばったまま、後退る。
「アジズ、首尾は?」
「オーライです。警察も軍も来ません。パーティでふざけているだけだと、連絡させました。何せ、こいつが署長みたいなモンですからね」
私はシンから目を離さず、問うた。
「アジズ、電話はお前が掛けたんだな?」
本人にかけさせたら、どこにかけるかわかったものじゃない。
「もちろんです、15にかけてから、シンに渡しました。警察なり、仲間の軍隊なりが来た時点で、真っ先にお前を刻むぞ、と警告してあります」
パキスタンの15は、日本で言う、110番だ。
重機関銃に、フラッシュバン、まともに通報が行っていれば、相手が信じる訳がない。
要するに、関わりたくないのだろう。
シンの横暴さが、いい方に働いた一面だった。
2階から投降して来たのは2人、数時間前に、ジェーンと始末したハシム家の連中と、変わらない練度の低さだ。
シンの側にいた連中も含め、1階の奴らは、全員M2の掃射で死んだ。
家屋の照明も大半が落ち、酸鼻を極める状況が闇の中に沈んでいるのが有り難い。
散乱したガラスの破片が、僅かに残った照明を跳ね返し、第二次大戦のクリスタル・ナイトさながらになっている。
アジズから、借りた医療キットで、ハスマイラが私の左腕と脇腹に、応急手当をしてくれたが、痛み止めは打てないので、痛い。抗生物質だけでも飲んでおきたいが、半日以上何も口にしていないのを思い出し、やめた。胃がやられるだけだ。
無言の殺意に囲まれたシンは、掠れた声で言った。
「あのテクニカル……バロチスタン解放戦線か?」
私は取り合わなかった。時間がない。一刻も早く、この国から離脱するべきだ。
「少女たちをどこに隠した」
シンが一瞬、眼に動揺を浮かべたが、不思議そうに言った。
「屋敷で働いてる連中なら、今日は休ませた。襲撃があるかもしれんと思ったからな。何故だ?」
アジズが怒りに駆られ、折れた膝に鉄槌を叩きこもうとしたのを、ジェーンが止めた。あの変な仮面は捨て、今は中東の農夫のように、スカーフを巻き、目だけ出している。
ピンクの上下で。
アジズが渋々、拳を引っ込めた。
「仲間を助けてくれた、旦那がやめろって言うなら、我慢しますけど……」
次の瞬間、ジェーンが、シンの膝に鉄槌を叩き込み、止める間もなく、顔にパンチを叩き込んだ。
「自分がやりたかっただけかよ!?」
ジェーンはそういう奴だ。
私は、顔を出してチャドルを着ている、隣の部下に言った。
「ジェーン、交代だ……吐かせろ、ハスマイラ」
「押忍」
下のまつげ越しにシンを凝視していた、彼女が進み出た。
しゃがみ込み、恐怖を必死で押し殺すシンを見据えた。
ハスマイラが、地の底から這い出る様な声で言った。
「『ここで、突っ込める変態はいるか?……』」
自分が、さっき言ったセリフを繰り返され、シンの目に走る動揺。
次の瞬間、ハスマイラは、袖に縫い込んでいた、竹串を長くしたような鉄の針を、シンの右掌に突き立てた。
耳を覆いたくなる様な絶叫に、アジズが口許を、嗤いで歪める。
痛みに暴れるシンを、他の隊員達が、無表情に押さえつけた。
針を生やし、鮮血を吹き出させる右腕を、強化したハイヒールで踏んづけ、ハスマイラは淡々と続ける。
「『多いな……全員でヤれ』」
二本目。再び、右掌。
シンは絶叫の、合間に喚いた。
「許してくれ!部下の手前仕方無かった!ち、地下室、ダイニングの絨毯をめくれ!誰かこいつを止めろ!」
ハスマイラは、シンを跨ぎ、至近距離から顔を覗き込んだ。見開いた眼で。
シンは恐怖のあまり、言葉を飲み込んだ。
「『みせしめだ、俺は甘くねえ……ショーを眺めながら話を聞こうじゃねえか』」
シンの心が折れるのが分かった。
3本目の針は、右の耳を貫いて地面で火花を上げた。
シンの涙混じりの悲鳴をバックに、返り血を浴びたハスマイラは、呟いた。
「私も甘くねえ……ショーを眺めながら話を聞こうじゃねえか」