カレー屋 リョーコ
「あんまりだっぺよ!」
子供のように、地団駄を踏みながら泣きわめく、セミヌードの20代。
ポニーテールは崩れ、せっかく拭いたのに、また涙と鼻水で顔がひどい事になってる。
大きな二重の瞳、高すぎない鼻、少しだけ濃い眉……
下手をすると高校生に見える幼い顔だちが、更にガキっぽく見える。
そのくせ、スタイルは抜群だから始末が悪い。
私は拳を振りまわして、約束を守るのが人間として如何に大事かを、力説するハスマイラをまじまじと見てしまう。
仲間内では、ボールスマッシャーだの、鉄の処女だのと、恐れられているのが信じられない。
じたばたしながら、ひどいっぺ、カレー屋子供に継がすまでけっぱる言うたでねえか ―言ってない― 等と涙目で喚く姿は……
戦闘時に、色香で釣っては、容赦なく男の急所を破壊してきた狂戦士とは思えない。
気さくで、体育会系なので、隊員からも人気があるが、浮いた話は聞いたことがない。
私の秘書を自認し、娘への程良い頻繁さの連絡を奨励し、lineの打ち方もアドバイスをくれた。
私のスケジュール、交遊関係に気を配り、外出する際には、護衛すると言って聞かず、そのせいか、他の部下たちが、歓楽街に出掛けるときに、誘われなくなったが、娘がいる以上、不潔な事は慎むッスと言う説教は理解できた。
そして、娘の事を考えれば適当な時に、黒髪褐色の若くて可憐な女性と再婚するべきだと力説していた。
その狭い範囲へのこだわりの理由は、今もわからない。私の周りに可憐な女性などいないからだ。
娘の話を、マトモに聞いてくれる、貴重な存在ではあるが ―他の連中は、何故か途中でいなくなる― 常に一歩引いた、クールな感じだったのに。
今回のようなキャラの崩れ方は驚天動地の出来事だ。隊員達も驚いた事だろう。
しかし、ついさっき……
私が、こんな小娘に心が動いたのは何故だろう。
……いや、後だ
まだ、任務は終わってない。
ここまで来て、また、ハスマイラを含め、誰かを失う事になるのは御免だ。
「安心しろ、話は後で聞く。私からも言いたい事があるからな」
私の醒めた声音に、押し殺した怒りを感じたハスマイラは、ハッとして、顔色を変えた。ガタガタと震え始める。
「……えっと」
視線を泳がせ、小さくなる。
彼女は我が社に在籍してまだ半年だ。
事件以来、引き篭もっていた、北海道の実家を飛び出し、この世界に転がり込んだ。
実家との連絡は途絶えていたはず。
この部隊を叩き出されたら行くところがないのだ。
私は、彼女に対する、この怒りの根源について、改めて考えた。
どさくさ紛れに無茶な要求を、して来たことは……少しは分かる。死ぬ前に、自分の気持ちを伝えたかったのだろう。
……そうか、彼女が死のうとした事に、腹が立って仕方ないのだ。
だが、あの状況で、死を選ぼうとした彼女を、誰が責められる?
冷静に考えれば、彼女の取った行動は殆どが理解できるものだ。
責められるべきは、ボスである私の用心の足りなさだ。今回の事も、私が始めた事なのだから。
私は思った。
色々腹が立つのは、きっと……彼女が大事だからだ。
「ハスマイラ、まずは、よくやった」
ハスマイラが、言葉の意味を理解するのに数秒かかった。驚いて顔を上げる。
「危険な目に会わせた、済まない。それだけに、もう、あんな思いはさせたくないし、したくない………いいか」
呆然と見上げる、ハスマイラの眼を見つめて言った。
「俺は融通の聞かない、ダメなオッサンだ。だけどな……」
私は、彼女の肩に手を置いた。
「仲間に言う事は100%本気だ。さっき言った事、取り消すつもりは無い」
ハスマイラの表情が、花が咲くように明るくなっていき……
子供のようにジャンプした。
「ヤッター、燎子、大優勝だべ!ヤッター!」
抱きついたりはせず、ひたすら、ピョンピョン跳ねる。
私は、それをしばらく眺めてから言った。
「行くぞ、子供達を救おう。君にとって最高の報酬の筈だ」
ハスマイラは、ハッとし、表情を引き締め頷いた。
乱暴に顔を拭うと、ゴムを咥え、ポニーテールをキリリと結び直す。
あっという間に、見慣れた戦士の顔に戻ると、
頼もしい部下は、精悍な表情で言った。
「了解ッス、ボス」