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ダイスキ





 アジズが、呆然と呟く。


「シット……とうとう言いやがった」


 私は、その言葉の意味を考えないようにし、今からやるべき事のみに集中した。

 

 ハスマイラを救い、敵を殲滅する。


私は、努めて落ち着いた口調で言った。


「ハスマイラ、M2を設置したら、5分でガネーシャが来る。合図したら伏せろ。それまでは、何があっても我慢だ」


「了解ッス」


 今まで戦場では、見せたことの無い、その笑顔が語っていた。

 

 無理だと。


 学生の頃、レイプされかけた彼女は男性恐怖症を抱えている。下着姿も、過剰な反撃も、その反動だ。力業で克服出来ると信じ込んでいる。

何かされたらではなく、何かされる前に死ぬだろう。


 そんな危うい人間が、チームにいるべきでは無いと、本人すら分かっている。

 それだけに、結果を出そうと無茶をし、失敗したら、足を引っ張らずに死ぬ方法だけを考えているのだ。

 


「女、こっちへ歩いてこい」


 予想通りの、シンの呼びかけに、私は舌打ちした。


 シンはどこだ。建物のあちこちで、突撃銃を構えた民兵にしか見えない連中の中に、その姿はない。


 こんなことしか言えない自分の無力さに打ちのめされそうになりながらも、私は平静を装った。

 

「ハスマイラ、ゆっくり歩け。時間を稼げ」


「ボス、暴れてきます。動けなくなったら頼みますよ」


「ハスマイラ!」


 彼女は声に出さずに言った。


 ダイスキ


 微笑みを投げると、背中を向けて歩き出した。


 私は怒りでおかしくなりそうだった。

シン、地獄を見せてやる。


「ガネーシャ、まだか!ハスマイラが敵に向かって歩き始めた。1分以内に接触。ジェーン、ハスマイラは、着くと同時に暴れて死ぬ!行けるか!?」


 自分が我を失いかけてるのを自覚しながら、マイクに叫ぶ。

 抑えても、声に責める口調が、混じってしまう。


 ガネーシャの3分後に合流の通達と、ジェーンからの返答。隠密行動のため、声をたてられない、ジェーンのテキストによる返事が、合成音声となり、髪飾りから響く。


「時間を稼げ。3ミニッツ・アウト(3分後に到達)


 そうだ、私がボスだ。なんとかするのは私だ。


「アジズ、俺に聞こえるように、180秒数えろ。ハスマイラ、いいか、触られても1分でいい、耐えろ!」


「努力するッス」


 いつもの口調で叫びかえして来た。

 ダメか…… 


 なら……


私は銃を捨て、両手を上げ、立ち上がった。


「21,22……ボス!?」

 

「アジズ、カウントを続けろ!」


「ボス!?なして!?」


 連続した銃撃が、私の足許を抉り、一発が左腋を掠めて、よろめく。

 ハスマイラが悲鳴を上げた。


「来るな!ハスマイラ……シン、撃つな!金になる話だ」


私は、感覚をなくした、腋の下を無視し、デタラメを叫んだ。


玄関から、部屋着姿の男が出てきた。シンだ。


「……お前は、マフディの所にいた中国人か」


「マフディが、ハシムの長男を捕らえている。提案があるんだ」


「女、こっちへ来い。この女に、ここで突っ込める、変態はいるか?……多いな。全員でヤれ」


「シン!話を聞け」


「見せしめだ。俺は甘くない、ショーを眺めながら、話を聞こうじゃねえか」


「78,79 ……ボス、ハスマイラを噴水まで戻らせて下さい!一か八かだ」


最悪の展開だ。


「ボス、そっちに走って行ったら……どっちも殺されるッスよね」


「そうだ。お前は殺させない」


 walk!(歩け)の叫び声と共に、私と、30mは離れてしまった、ハスマイラの周囲に、銃弾が跳ねた。殺す気は無さそうだ。今は。


 ハスマイラが、寂しそうに笑った。


「あーあ、ツいてないべ。さすがにコレは無理。ひと暴れして、散るべさ」


「ハスマイラ、落ち着け。何とか2分稼ぐ……ガッ」


 跳弾が、ワークブーツを掠め、私は膝を付いた。

ハスマイラの悲鳴。

 よかった、私よりはハスマイラの方が、優先順位は高いようだ。

 

「女、中国人を先に殺すぞ。歩け」


「わかったから、やめて!サービスするからさ」


 処女だけど。


日本語で付け加え、ハスマイラは歩き出した。


 私は、無様に立ち上がりながら、叫んだ。


「ハスマイラ!待て、少しだけ耐えてくれ、命令だ!」


振り向かず、ハスマイラは初めて感情剥き出しで叫んだ。


「どっちも無理だべ!あんなヤツらにちょされる(触られる)のは、死んでもイヤ!」


「頼む!生きてたら、何でも言うことを聞いてやれるんだ!」


 ハスマイラが歩みを止めた。


「……マジ?」


「梁家に二言はねえ!」


 そうだ、生きていれば、何でも叶う!

 死んじまったら全ては闇だ。

 不幸な出来事と、雄々しく闘い続けた彼女は、もっと報われるべきだ。素晴らしい男もきっと現れる。無限の可能性が広がってるんだ。


 そして、もし私と彼女が生き残ったら……


絶対、傭兵なんて、辞めさせてやるぞ。


 ハスマイラはくるりと振り向き、

大きな瞳を輝かせ、途方もないことを叫んだ。


「ウチを奥さんにしてけろ!………marry me!」


「はァあ!?」


「128,129……ボス、YES一択だろ!?」


 アジズが必死で喚いた。他の隊員も、異口同音に私を責める。


 ハスマイラが、突然英語になった理由がそれで分かった。

 

 ……これ、全員巻き込むヤツだ。


 飛び交う銃弾の中、今はキラキラでなく、眼をギラギラさせながら、速射砲さながらのプレゼンを開始する。


「したっけ、こんなヤクザな稼業辞めて、夫婦でカレー屋やるべ!浮気も一回なら許す、タマは一個つぶすけんど。うち、道産子じゃし、尽くすっぺよ」


 えっ、許しててそれ?


 ピューンという、剣呑な風切音を聞きながらも口を開けて立ち尽くす私。


 期待に満ちた顔で、それを見ていたハスマイラは、急に、くしゃりと、表情を歪めた。


「でねえと……怖くてけっぱれねえべ……」


 顔を覆ってすすり泣き始めた。


 私は、反射的にYESと答えかけ、踏みとどまった。


 観察しているのだ。


 顔を覆った指の隙間から。


 私の様子を。


 嘘泣きしていた、オリガを思い出し、すんでの所で、理性にツイストを踊らす。


「いい加減にしろ!こんな脅迫じみた真似して、願いが叶っても……」


「全然、うれしいっぺよ!?」

 

 速攻のカウンターと、跳弾が左上腕に食い込み、私は倒れ………なかった。

 

もう少しだ。


一本道の真ん中に立った私は、シンの視界から、玄関を遮っているはず。倒れるわけには行かない。


ハスマイラは、両手を広げて叫んだ。


「I  go! 今行く! ボス、結婚してくれないなら死んでくるべ!」


「ま、待て!」


「165,ボス、アンタ金玉ついてんのかよ!?二言とか、アンタのこだわりなんかどうでもいい、ハスマイラが死ぬぞ!?」


 ハスマイラが歩きながら、聴覚に集中しているのがなぜだか、分かった。


 なんで、私が責められるんだ!?


 私はヤケになって喚いた。


「ああ、分かった!直ぐには無理だが、限りなく前向きに考える!」


 わらわらと、シンの護衛が、ハスマイラに向かって走り出した。


「だから死ぬな!俺にはお前が必要なんだ!」


「ヤッター!!」

 

 ハスマイラが小躍りして、ジャンプした。


「アタシ、大勝利ぃー!言質取ったっぺよ」


 こちらに涙と、笑顔を浮かべた顔を向けた、ハスマイラの腕が取られた。二人がかりでシンの方に引きずって行く。

 

 ズボンを脱いで待ち構えている奴らのところに。

 

「……ハスマイラ!」

 

 アジズが低い声で詫びた。


「179,180……ボス、すみません、撃ちます」


 その時だ。


 建物の陰から、人影が、軽快な足取りで現れた。


 素早く、とかそんなんじゃなく、ジョギングする様なペースで。


 異様なのは風体だ。


 ピンクのトラックスーツに、インドネシアかどこかの、長い舌を垂らした奇怪な仮面を着けているのだ。


 そいつが、スターバックスか何かのデカイ紙コップを、聖火の様に掲げて、シンの方に、飄々と走って来る。


 目撃した全員が、あまりの非日常さに、麻痺した。

誰かが、アクションを起こす前に、ソイツは固まっている、ハスマイラのそばまで到達。


紙コップを、兵士の一人に渡して、肩を叩く。差し入れでも、持ってきたかのように。


 そして、間延びした日本語で言った。


「光るし、うるさいぞ?」


ジェーンのセリフに我に帰った私は、日本語で叫んだ。



「ハスマイラ、目を閉じろ!……アジズ、スタングレネード!」


 




 

 

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