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ドジ踏んじゃったっス






 死んではいなかったが、死んだ方がマシだろうという状態の守衛を、デカイ蟻の這いまわる地面で縛り上げる。ヘッドセットに、ハスマイラの「クリア」という押し殺した声が流れた。

 

「使えねえ上に、重いって最悪だよなっ……と」

 

 アジズ達が二人がかりでゴミだらけの詰所に、そいつを放り込み、入り口の防虫ネットを垂らして中が見えないようにした。


 その間、私を含む残りは、植え込みに身を隠し、M4アサルトライフルをハスマイラの行く先にポイントする。


 ほぼ屋内戦になるので、取り回しのいいサブマシンガンが欲しかったが、UZIの様な、弾をばら撒くだけの物しか調達出来そうになかった。


M4突撃銃、米軍の横流し品が手に入っただけでも、ラッキーだ。各自、好みのサイドアーム、そして、聴覚と視覚を麻痺させる、スタングレネードと、スモーク弾も携帯している。

 門番のカラシニコフは、手早く分解し、パーツを下水の溝にばら撒いた。


状態の分からない銃に命は預けられない。


 驚いたことに、門の内側は、完全な西洋スタイルだった。

 サッカーコート並みの広さがある前庭、刈り込まれた芝生を貫く歩道。そこが、フットライトに照らされているのがマズい。


 アジズが舌打ちした。

 

「丸見えですね。噴水くらいしか身を隠す場所がない」

 

 中央の噴水、その奥に見えるのは、近代的なガラス張りの2階建てだ。

 救いは、こちらから見える部屋はすべて照明が落ちている事だ。

 

 ハスマイラは、身一つで、当たり前のように奥へと向かう。

 遭遇する敵をひとりで斃し、ギリギリまで襲撃の露見を遅らせる。

 

 ハスマイラの、自殺行為に等しいやり方を、我々は、ピリピリしながら、見守った。


 彼女を、囮に使うのは、全員一致で反対だ。

 彼女以外の全員が。


 

 

道中のブリーフィング。

彼女の案、門番を誘き出す以外は、全員異を唱えた。

 だが、ハスマイラの呟きが、皆を黙らせた。


「襲撃の意図がバレた途端、囲われてるコたち、殺されないっスか? 証拠隠滅、口封じで」


 そうだ、襲撃の目的が、強盗の為であれ、軍幹部へのテロであれ、シンは、この館から逃げる際に、犯罪の証拠を残しはしないだろう。


ハスマイラは続けた。


「あたしたちが、ここに来たのは、子供ら助けて、クズ共バラすためっス。ガキども殺させるためじゃないっしょ?」


「そうだな。だが、部下を死なせる為でもない。敢えていうが、会った事もない他人より、部下の方が大事だ」


 ハスマイラは、私の切り返しにしばらく黙っていたが、あっさり言った。


「でも、それが仕事っス。ボス、実費、実費って言ってますけど、今回の仕事、儲からないのは会社であって、私達はきっちりお手当貰うんスから。なら、その分は働きますよ。Who Dares Wins(恐れぬ者に勝利あり)、ッスよね?」


 英国特殊部隊のモットーを持ち出され、私は口を噤んだ。彼女は女である前に兵士なのだ。



場違いに平和な、コオロギらしき虫の音の間を、ハスマイラが静かに進み続ける。


 

「よく来たな、虫ケラ?」


 

訛の強い英語が響き渡った。



 

 建物の内側から一斉に、人の気配が湧き、輝度の高いライトがハスマイラを照らした。


 私以上に焦ったアジズの悪態が真っ白になりかけた私の意識を戻した。


「ガッデム、待ち伏せかよ!……10人はいますよ!」


 ハスマイラに、下がれと叫ぼうとした時、突撃銃の連射が、彼女のすぐそばの地面を抉り、

 そのままこちらの植え込みを横切っていく。


 私達は慌てて身を伏せた。


「ハシムの長男と連絡が取れん。用心してみたらこれだ。オリガが惜しくてマフディが人を雇ったというところか?」


 あのインド人、思ったよりバカではなかったようだ。

 

 だが、私よりは賢くない。


 私は、ゼルと待機している護衛にインカムを繋いだ。


「アシュラーより、ガネーシャへ。アンブッシュに遭遇。プランC開始。復唱せよ」


 相手が繰り返すのを聞きながら、私は言った。


「ジェーン、状況は把握しているか?」


髪飾りの振動が1回。yesだ。


 シンの声が響き渡る。


「そこのお前、ゆっくりとチャドルを脱げ。自爆されたらかなわん。3秒待つ」


 僅かな躊躇の後、ハスマイラはチャドルを剥がして地面に捨て、ゆっくりと手を挙げた。


 高く結わえられたポニーテールと、引き締まった後ろ姿。

 真紅の下着とガーターベルトの扇情的な組合せに、どよめきが上がった。


「……回れ。ゆっくりとだ」


 シンの指示に従い、ハスマイラは身体を回転させた。


 恥辱の中でも、彼女の闘志を失わない眼差しに、私は心を打たれた。アイヌの血を引く褐色の肌は、中東の美女によく間違われる。確か22歳だったと思うが、十代にしか見えない。

それだけに、この状況は、脳が焼け切れるほど、腹立たしかった。


 アジズが、呪った。


「アイツラ、一人も生かしちゃおかねえ」


 下卑たヤジと嘲笑の中、彼女は真一文字に結んだ口許を緩め、私を見た。


 澄んだ笑顔、よく通る声で別れを口にした。


「ドジ踏んじゃったっス……もうダメだと思ったらボスがアタシを殺して」


少し躊躇った後、深呼吸した彼女は・・・


場違いにはにかんで言った。



「あんな奴らにアタシをくれてやるくらいなら、大好きなボスに頭を吹き飛ばして欲しいから」


私は、虚を突かれて、言葉に詰まったが・・・



色々な想いを脇にのけた。全ては、後回しだ。


 私は無理して、片眉を吊り上げ、言った。


「いいのか?おまえ抜きでシンを刻むぞ。今から、本気出すから、ちょっと待ってろ」


 


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