第二章 四タテ少女(2)
二話、連続で投稿します!
机の上に置かれた、女子生徒のスマホから、アザーンが流れている。
礼拝の時間を呼びかける唄だ。
唄じゃないけど。
僕は黒ずくめの、イスラムクラスの女子に囲まれて、むくれながら、突っ立っていた。
年季の入った絨毯の上で、一人の女子が、こちらにお尻を向けて、平べったくなっている。
待つ事3分。
絨毯をくるくる畳み、そいつが言った。
「待たせたのう」
いつか見た、ピンクのフードマント姿が、のっそりと立ち上がって、振り向く。
僕より少しチビな女子が、まっすぐに立っている。
すこしまるっこさを感じる童顔は日本人にしか見えない。
強いて言えば、二重の大きな眼と、ほんのりと褐色がかかった肌の、組み合わせぐらいだろうか、異国的なのは。
「教室で、礼拝禁止だろ?それに男子の前だぞ」
ゆっくり椅子に向かって歩きながら、ナディアは言った。
「お祈り、おしゃべりで盛り上がって忘れちょった。給食、プリンじゃったけ」
「……ユルいな、考え方」
「慈悲深いから無問題じゃ。異性がおったら気が散るっていう理由はこの場合当てはまらんけ」
ナディアは、寄せて、島にした机の前に腰掛けると皆に椅子をススメながら言った。
「別にお前を男と思うちょらん」
「そりゃ、悪かったな。帰っていいか?」
僕が言い終わらないうちに、殺し屋の様な雰囲気を漂わせていた、4人が突然喚きはじめた。
「ナニそれ!?」
「なっつ、このチビヲタに告るんでは!?」
「おかしいオモタで!コイツ、全然お前の好きな、羽鳥アナに似てへんもんな!」
「鬼滅、偽ゲー復活したで!」
「気安く、羽鳥神の名前出さんといて。後、騙してゴメン」
なんやふざけんなチビ、とか言って、皆でナディアを突っつき回すのを、僕は呆然と見てた。
やめえ、ゴメンて、ええって、とか言って、身をよじらせ、頭をかばっている、コイツ…
イイヤツなのか?
帰ろ帰ろ、とか言って帰り支度をはじめる4人。
サッサとチャドルを脱ぐと、みんな日本人だった。
「あれ?お前、同クラの佐竹! 何で? イスラムクラスに転入?」
ポニテのフツーな同級生は、呆れたように言った。
「は?んなわけないでしょ?友達が告るっていうから来ただけだし……ナディア、ピーチティーおごりな」
「よ、4人は無理じゃ!せめて、パピコ2つを4人で! 貯めちょった、ミルメークも付けるけん……」
取り合わず、サッサと手を振ってみんな出ていってしまった。
さっきまでコソコソと出ていってた、男子生徒たちも、もういない。
見慣れないアラビア文字や、装飾の施された、教室にナディアと二人。
ナディアは突然立ち上がると、なんか、レスリングっぽい構えでじりじりと僕から距離を取る。
「貴様、二人きりになったから言うて、なんぞ、エロいことを……自撮りとか」
エロいか、それ?
「いいから、座れボケ」
ナディアはこめかみに、四つ辻を作るぼくから目を離さずに、座り直した。
キサマのせいでお小遣いが……とかグチグチ呟く顔面に、ファルコンパンチを叩き込みたい、衝動をこらえながら、僕は言った。
「んで、何の用? 最初から想像付かなかったから、なんも驚かない。ジェイク達の事じゃないでしょ?」
ナディアはふいと横を向くと、つぶやいた。
「勿論違う……お前、まだ」
「ジェイク達と、今夜もフォトナするから忙しい。で?」
ナディアは肩を落とすと、チラシを突き出した。
さっきまで僕が見てたのとおなじ、カラーのチラシだった。
「スマブラ団体戦じゃん。これがどうしたの?」
「探しとるんじゃろ、仲間。一緒にでてもええぞ」
「えっ? ナディア、スマブラできるの!?」
僕は素っ頓狂な声を上げてしまった。
「まあの」
どこか得意げにフフンと鼻を鳴らした。
「ネット対戦の、環境が構築されたけん、腕も爆あがりじゃ」
「へえ?」
オフ勢だったのかな?そっちのが都合いいけど。
「キャラは?」
「ファルコンじゃ。復帰以外は最強やけん」
「分かりみだな!切り札強いし、いいよ、いいよ!」
「……スマン、タイマンしかでけん」
「それは、なんとかなるだろ、まだ、時間はあるし…」
何言ってるか、分かんないよね?
もし、分かるなら、自分を見つめ直した方がいい。
ファルコンってのは、キャプテン・ファルコン、大昔のゲームから、スマブラに参戦した、オッサンキャラだ。
スマブラシリーズでは、歴史の長い、由緒あるキャラで、強いけど、使いにくい。
スマブラの試合には、大きく分けて、『アイテム・切り札あり』と、『1on1』がある。
アイテム・切り札ありだと、戦いの最中、ハンマーなんかの武器が落ちてきて、そいつを取った方が有利。
切り札ってのは、1試合に何回か使える必殺技で、キャラによって強さが違う。
ざっくりいうと、『アイテム・切り札あり』は、子供の大会、『1on1』は大人の大会向けだ。
僕は生つばを飲んで、咳払いした。
聞き辛いけど、聞かなきゃ。
「ナディア、戦闘力って、どれくらい?」
戦闘力とは、スマブラSPで、プレイヤーの強さを示す数値だ。
そこそこ詳しそうだけど、初心者だったら、組むのは無理だ。
「……なんじゃ、それ?」
………。
浮かれていた気分が急に冷め、頭がすーっと冷えていった。
僕はビビって、遠回りな聞き方を始めた。
「cpu9に、勝てる?」
「バカにするな。四タテじゃ」
「クッパどう思う?」
「トレモでのコンボ練習以外、使い途ないのう。上bだけで戦えと?」
目の前が真っ暗になった、僕の前のチラシの一点を、ナディアは細い指で指した。
「さっきから何をいっちょる。ここに、DXって書いとるじゃろ」
確かに書いてる。
欄外に。
レイトン・ミステリージャーニー大富豪の陰謀DX2って。
「ナディア……この漢字、読める?」
怪訝な顔をしていたナディアが、難しい顔をして、チラシに顔を寄せた。
「んー、うち、熟語はあんまし……ダイ……トミ……あとはわからん。まだ習ってない」
「DXって……俺らが生まれる前のゲームだろ?」
夜。
僕は自室でジェイク達とフォトナをしながら、棒読み配信をタブレットで流し、lineでジンと話すと言う、小学生なら、みんなが身につけているマルチムーブを、存分に味わっていた。
今日のストレスが洗い流されていく。お母さんの小言に生返事しながら、ジンにボヤいた。
「うん、今でもコアな人達がやってる。僕らスマブラーには、神ゲーだけど、今回の団体戦には関係ないからなあ……」
ジンがいうには、あの後誰もいない会議室でオスマンとイライラしながら待ってると、
「だましてゴメン!まあ、話聞いてよ!」
とナディアにピーチティー奢らす約束した4人がドヤドヤ入ってきたらしい。
ムッとしてたジンも、告って来たレイカのフォロー協力するって約束で、ニコニコしながら帰ったらしい。
「そうなん?で、ナディアは?」
「逆ギレして帰った…いつもの女子ムーブ」
「せ、折角助けちゃろおもたのに……!バカにすんな!先生に言うちゃるけんなっ!」
と涙目で喚いて教室を出ていった。
僕は疲れ果てて、何も言い返す気になれなかった。
画面でガクガク屈伸しながら回復薬を飲みつつ、僕は疑問を口にした。
「けど、僕がメンバー探してるってどこで聞いたのかな。ジン以外には言ってないのに」
「……わからんの? マジで?」
「何、その半笑い? ジンにも今日給食で話したばっかだしエスパーか、あいつ」
「……まあ、わからんなら、わからんでいいわ。で、他にメンバー集まりそうか?」
「今、フォトナやってるジェイクもスマブラ売ったし、リアルではいないなあ。ツイッターの、知り合いは遠すぎるから地元の奴らと出るし」
「ナディアじゃ駄目なん?DXってSPと違うのか?」
「別ゲーとまで行かなくても、操作性がなあ…」
DX、スピーディーでクセがあって、かなり操作が難しい。
でも、確かにSPにデラ勢はゴマンといるし、当て勘やばい。
もしかしたら……
「そうなん? でも、三ヶ月あればなんとかならんか? 折角協力するって言ってるんだし、出れないよりマシだろ」
「……なんか、推してない?」
「いやいやいやいや! そうじゃない、そうじゃない!
ただ、ホラ、お前の腕腐らすの勿体ないじゃん? 6年だし、最後だし。去年の大会観て、負ける気せんのにって悔しがってたしさ」
「……うーん。あ、くっそ、ゴメンジェイク、でも、ソイツ、激ロー……でもなかった、ゴメン」
僕はプッシュトークを放してため息をついた。
「……明日、もっかい話してみろよ、ナディアと」
……話してくれるかなあ
また、明日よろしくおねがいします!