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「おばあさん、それをナディア達に伝えたんですか?その……ここにいて欲しい理由、結婚させようとした理由」


頭領は、断固とした様子で首を振った。


「何があっても言えない。アリにも、ライラ達にも。お前たちが心配で、夜も眠れないなんてね。

いいかい?

親が子どもたちに『学校でなにがあった?』って聞くのはね、ホントは子どもたちのためじゃない、親が安心したいだけなのさ。

だから、いつの間にか、親は眼でこう言ってるんだ。


『私を心配させないでくれ。何もなかったといってくれ』ってね。


それに気づいたら、子供は『楽しかったよ』って嘘を吐くようになる」


林堂君は絶句した。


この人凄い、と呟いてから。


私もこう言わざるを得なかった。


「よくわかる。あなたは立派だ」


頭領は何も言わず背を向け、壁の写真を眺めた。


暫くの沈黙。


話す気が無くなったらしい、頭領の後を引き取った、オスマンが口を開いた。


「結論から言えば、ここは、若者が住むには退屈過ぎたんだ。車でも運転出来ればまた、違うだろうが…この家に住んでるのも頭領とオリガだけだ。警備に交代で何人かが詰めてはいるが、皆、街に住んでいる。ここに来るまでに通ったろう」


私が肩を竦めるとオスマンは微かに笑った。


「そう、とても街とは言えない規模だ。オリガはやることがないから、一日中、ネットで何か喋っているよ。よく、我慢している。アリと頭領は、顔を会わせた日から、ずっとやり合っていた。そして、ある日を境に、オリガとライラ達が一緒に遊ばなくなった。

私は思った。ああ、芝居を始めると言う事は逃げるつもりだなと。オリガもナディアも、食卓では目を合わせないまま、嫌いな食べ物を交換し合ってた。私は笑いを堪えるのに必死だったよ」


その時を思い出したのか、オスマンは苦笑した。

目尻に刻まれた皺。

こうやって素直に笑う事が出来ていたら、状況も変わっただろうに。


私は嘆息した。

何が邪魔を?


立場だ。


マフディ家を守らなければならない。

頭領を庇わなければならない。


「そして、彼女達はある晩逃げた。姉さんは気づかないふりをした。私もだ。だが、この辺は物騒だ。距離をとって、こっそり護衛に後をつけさせたよ」


目に涙を溜めた林堂君に向け、おどけて肩を竦めるオスマン。


私は言った。


「この間日本に来た件は?」


オスマンは溜息をついた。


「今回の事に関係していた。ハシム家の連中が、マフディに跡取りがいない事を侮辱して回るようになり、うちの血気盛んな連中と小競り合いを始めるようになった。

双方から、怪我人が出た。私と姉のせいだよ、そうなったのはね。

なんとかしたいと思った。

私はアリに会うため、日本に渡った。どこに住んでいるのかは、わかっていたからね。

アリはあんなんだが、マフディ家を愛している。何か急場だけでもしのぐ策が見つけられたらと思ったんだ」


オスマンは天井を見つめた。


「だがアリはいなかった。彼はここを訪ねて来てたんだ。こんな偶然があるとは……だが、偶然なんかじゃ無かった」


オスマンは、言葉を絞り出した。


「姉は嬉しかったろう。突然息子が訪ねて来たんだ。喧嘩別れしてたとしてもだ。

あなたも親ならわかるだろう?

だが…アリーは着くなりこう言ったらしい。


『我々を監視するのはやめろ。香咲家を解放してくれ』と……。


参ったよ」


オスマンの声は震えていた。


息子の帰郷。

自爆ベストを着て。

口に出すのも憚られる。


「姉さんはその事についてあまり語らない。だが、それをオリガも、マフディの仲間も見ていた……姉さんは言った。


『そのボタン、押すんなら、私の部屋に来な。マフディの長男、ガッツのある所をみせてみろ。喜んで一緒に死んでやる』とね。そんな事が言いたかったんじゃなかったろうに……」


林堂君は、スマホを握りしめたまま泣いた。


「私は、後でそれを知った時、アリがなにを言ってるのか分からなかった。

暫くして気づいたよ……

これらの写真だ。通訳にこっそり集めさせてたんだが、アリにはバレてたんだな。そして、私が日本に渡ったのをどうやってか知って、勘違いしたんだ。攫いに来たとね。

参ったよ……

写真だ。せめて、ライラ達の写真が欲しかっただけなのにな」


声をあげて泣く林堂君。


私は目を伏せた。


目を覆い、涙を流すオスマンを見ていられなかった。


「私は日本で、ナディアと、この少年達が、学校の教室でテレビゲームをしているのを見た。廊下を通り過ぎるふりをして、窓からね。

楽しそうだった。生き生きしていた。

だから、私は悟った。


無理だ。


彼女達から父親を奪ってはいけない。通訳がいなければ、その場で帰っていたろう

……だが、私はマフディの人間だ。ここにいる連中は家族。何もしないで帰るわけには行かない」


私があとを引き取った。これ以上言わせたくない。


「だから、通訳の手前、ナディア君たちにあの態度をとった…ナディアの姉の方はもしかして、普通に事情を話したのか?」


オスマンはヤケクソのように手を開いて天井を仰いだ。


「そのとおりだ!

私はスマホをその子達に奪われてて、連絡がつかなかったからな!

ライラを迎えに行った奴らはこう言ったらしい。


『君の母さんはいるか?君の父親がバロチスタンまで来たんだ。どちらかに連絡がつくだろうか?』


彼女は、父親に所在を訪ねた。

返事は文章で来た。


『心配ない、帰ったら今度こそ平和に暮らそう。愛してる』


カオリには何回かけても繋がらなかったらしい。ライラは自分から、カオリの職場まで連れて行ってくれと言ったんだ」


ごめんなさい、ごめんなさい。ソーソーリー。


林堂君は何度も呟いた。


「後はあなたが、その少年から聞いたとおりだ。

私の願いは叶った。香咲家はマフディ家から離れたんだ」


その時、足音が聞こえたと同時にオリガが飛び込んできた。


ジーンズにブラウス。

身なりはきれいになっていたが、顔は恐怖に引きつっている。


「IED! ば、爆弾! シーザー! ミンナ、屋敷からニゲテ!」







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