父親として
「言ってる意味が分からないね」
頭領が、険しい顔で吐き捨てた。
「アンタには大きな借りが出来た。だからといって、つまらない事を言っていいもんじゃないよ」
後を引取ってオスマンが言った。こちらは穏やかだ。
「そもそも、なにを根拠にそんな事を?」
「ここに来るまで、たっぷり時間があった。林堂君から、今まであった事を全部聞いたよ。何もかもが不自然だ。軟禁するまでは、分かった。だが、この一軒家から逃げるには、誰にも見つからず、何時間もかけてクエッタの空港までたどり着かなきゃならない。誰かが逃げたことに気づけばアウトだ。クエッタの息のかかった奴らに連絡して、空港を見張らせればいいんだから」
徐々に静まる部屋。
皆……なんというか、神妙な顔をしている。
目配せし合う奴らもいた。
頭領が、人払いを命じた。
気遣わしげに去る男たち。
残ったのは、私と林堂君、頭領とオスマンだけになった。
それを見て確信する。推測は当たってるのだ。
私は、暗くなった窓から目を戻して続けた。
「そして、今回の件。オスマンさん、娘があんたを撃った理由も聞いたよ。林堂君が怒った理由もだ。香咲家の気性を知ってるなら、上から出れば出るほど反抗するのは分かっているはずだ。何故嫌われようとした?ナディア君の姉の件もだ。パスポートも持たない状態で、どうやってパキスタンまで連れて行くつもりだった?」
二人共、無言。硬い顔で私達を見ている。
林堂君は、目を見開いて、忙しなく私達を見比べている。
私は身を乗り出した。
ここからは……ただの父親だ。
年季の入った絨毯のシミを見つめながら口を開く。
「私には娘がいる。身内自慢で、アンタ達を白けさせるつもりはないが、聡明で可愛く……いや、かなり可愛く、親の欲目を除いても、テレビに出てるヤツラより数段上だ。学校の成績も……なんだ、林堂君?…いや、私は正確に情報を…そういうとこですよって、どういうトコだね?」
「続けてもらっていいかい?」
頭領の冷めた声。顔に『借りがあるから黙って聞くよ』と書いてあった。
「娘は友達が少ない。学校では人気者だがな。いい忘れたが、娘は小1の時には三点倒立ができた。舌打ちは行儀が悪いぞ林堂君……その少ない、友達の中に、アンタの孫が、そして、オリガ君がいるんだよ」
柱時計の秒針が立てる音だけしかしない。
「一連の事は……遠い親戚でしかない、オリガ君の為に、命を賭けたマフディ家が、やる事とは思えない。事情があるなら、話してくれないか。これは、ジェーンの願いでもある。奴は、救ったあなた達の事を正確に知りたがっている。私もだ。父親として、あなた方にお願いする」
頭領が、下を向いた。
苦痛に満ちた顔で。
「……言い訳ほど」
「もういいだろう、姉さん」
オスマンが遮った。
「言い訳は恥ずべき事だ。だが、真摯な者に、真摯に答えないのは、もっと恥ずべき事だ」
オスマンは憑き物が落ちたような顔で、私達に言った。
「行こう(ヤッラー)。見せたいものがある。」