バッド・エンド
勢いで乗り切るしかない。
予め、門を突破しやすいように、鍵は開ける指示しておいた。
私はレンタルしたオンボロの四駆のアクセルをベタ踏みする。
鉄の門扉が迫る。
慌てて飛び退く門番、背後で起こる喚き声、銃声。
いいぞ。
我々が車に乗ってから飛び出して来いと言ったのを守っている。
結束帯で、助手席上の取っ手に拘束したオリガ君へ呟く。
「歯を食いしばって、足を突っ張ってろ」
彼女は、こちらに背をむけたまま、スニーカーの底をダッシュボードにつっぱらせた。
エアバッグも無いような旧式のポンコツなのが、幸いした。
衝撃、悲鳴。
日に焼けたフロントグリルに弾かれ、巨大な扉は大口を開けた。
こちらに開いた口を向けているハシム家の連中。何が起こっているか把握していない。
「前を向け」
オリガ君は指示通り、赤い染料で口許を染めた、泣き顔を向けた。染料は、この地方の女性なら、常備している代物だ。
リアルさを出すため、私が殴った頬の痣が、目立つ事を祈る。
ハシム達に芝居だとバレたら、私の命も彼女の人生も地獄行きだ。
彼女はぐずりながら、何か祈りの言葉を呟いている。
殴った私への呪詛じゃない事に感心する。
事の重大さが分かっているとはいえ、大したものだ。娘に、
『私と同じくらいデキる同級生の女がいるけど、仕事探してるんだって』
と言われて興味があったが、なるほど、根性がある。
ハシムの奴らは銃に追われている我々を撃つこともできずまごついている。
そりゃそうだ。
撃ったら、マフディー家の手助けをする事になるものな。
砂埃をあげて銃を構えた男達に迫る。
50m程手前で、助手席の捕虜が、オリガ君である事を認識したようだ。
ハシム家の弾帯男が、缶ビールを放り出した。
顔色を変え、止まれ、と叫ぶ。
私は少し離れたところで急ブレーキをかけ、切迫した顔で叫んだ。
「女を手に入れた!警備隊所へ向う、護衛してくれ!」
駆け寄ってくる連中の返事を待たず、私はサイドウィンドウも上げずにギアを繋いだ。
待て!という叫び声。
一番危険な瞬間。
私なり、車なりを撃たれたら、大きく計画が狂う。
オリガ君が叫んだ。
「殺せ!ここでコロシテ!」
打ち合わせにない絶叫。
「黙れ!」
私は調子をあわせて、彼女の頬を強く叩いた。
サイドウィンドウに顔をぶつけ、染料がべっとり汚いガラスに滲む。悲痛な声で泣き出した。
呆然としているハシムに叫ぶ。
「行くぞ!」
迫力に気圧され、ハシム達は、慌てて車に駆け出した。
私は安堵が顔に出ないようにしながら、スピードを上げ、峡谷を目指した。
毒が回るまで、後8分。
下を向いてしゃくり上げているオリガ君。
「……いい演技だ。助かった」
激しくしゃくりあげながらも、気丈に言った。
「ワタシ、ビジネス、失敗シナイ、ヨ」
さすが、娘の友達だ。それを抜きにしても、我社に雇いたい。青すぎる青田買いだが。
黄土色を貫いて、轍だけで作られた道を飛ばす。
遠く見える山に一本だけ伸びている。
この道以外は、荒野だ。
空は濃い青。刺すような陽射しが車内を灼く。
黴臭い匂いと、熱風を吹き付けてくるしか出来ないクーラーは、オフにしたまま。
オリガ君も私も、汗だくで脱水症状が心配だ。
後ろから付いてくるハシムの連中が、クラクションを鳴らして追ってくる。
止まれ、と言いたいのだろう。
目的地は、片側が崖になった隘路だ。車2台がやっとすれ違える幅しかない ー場所によっては1台分ーそこまで飛び込むことが出来たら、こちらの勝ちだ。
撃たれなければ、の但し書きは付くが。
峡谷の入り口が見えてきた。
山に近づくに連れ、周りに少しづつ、背の低い灌木の茂みが現れ始める。
目に入る汗。
効かないクーラーは仕方ないとして、水くらいは持ってくるべきだった。
私は、人質として置いて来た、林堂君にlineを繋ぎ、指示を出した。
その時だ。
エンジンが一際高く回転したかと思うと、突然静かになった。
「ナニ?!?」
オリガ君の悲鳴に私は悪態で答えた。
惰性だけで、車が走り続ける。
どこまでついてないんだ。
緊張で、美しいはずの青空が暗く見えた。
「エンジンの故障だ…こんな時に!」