昔のゲーセン、勝負はリアルファイトまで、もつれ込んだらしい
僕は、ジェイクに胸ぐらを掴まれたまま、褐色の顔を見上げる。
わかるよお。
僕は顔がニヤけるのを、止められない。
……スマブラは、たまらなくストレスが溜まるゲームだ。
知り合いのプロ達は、20代で十円ハゲがある人もいれば、胃薬が手放せない人もいる。
僕は、どっぷりスマブラ沼につかってる大学生に、以前、聞いたことがあった。
『なんで、GCコン3つも、持って来てるんですか?』
『それはね? こっちはオフ用、こっちは予備、こっちはオンラインで負けたときに、下投げする用……
それぞれ、役割があるからさ』
……僕はまだ、六年生だけど思う。
このゲーム、やめれるもんなら、やめとけと。
僕はスマブラ、自信あるけど、プロになろうと思った事は、一度もない。
小3の時に、観た動画で、プロが言ってたからだ。
『……楽しくはないです』
今なら、よっく分かる。
ストレスが、楽しさの、倍くらいあるからだ。
なのに、やめられない。
それが、スマブラ。
そんな事をぼんやり考えてると、ジェイクが右手を振りかぶっていた。
気持ちはワカルけど、殴られてやるつもりもない。
僕も、胸ぐらを掴み返して、言った。
「いやあ、ごめんね?僕、vip32体しか入ってないから、負けるとこだったヨ」
一瞬の間の後。
ふざっけんな!の罵声。
いつの間にか、集まって来てた、同じ小学校のギャラリーが、止めに入る。
同じクラスの男子が、僕らの間に割って入りながら、言った。
「明日、話し合いに、なりたいんか? 俺らも、迷惑やって!」
……話し合い。
それは、授業を潰して、先生のお説教と、中身のない作文を書かされる、音のない、ジャイアン・リサイタル。
だから、ウチの学校は、イジメもケンカもない。
お互い、なんの得もないから、引くんだ。
ガチ喧嘩の、話し合いの相場は、2時間。
明日は金曜、5時間目まで。
先生は、嫌がらせに、話し合いを5時間目から、始めるだろう。
クラスのみんなに、恨まれるのは、目に見えてる。
それに気づいたのか、ジェイクが手を放して、吐き捨てた。
「クソゲーでマウントとって、威張ってんな、ボケ」
「は? マウント取り返されて切れんのやめろ? ダッサ」
もう一度揉み合いになり、みんなに引き剥がされた。
ジェイクの背後、広場を横切って、6年の女子達が、やって来た。向こうでダベってた、4人組だ。
僕は舌打ちしたくなった。
先生にチクられたら、『話し合い』行きだ。
その中の一人は、雨がっぱみたいなピンクのフードマント姿。
見覚えある。
4組、通称『イスラムクラス』の女の子だ。
完全にキレてる、ジェイクが喚いた。
「イエローモンキー!電車にサリン撒いてろ!」
僕を含め、その意味を知ってる奴らが、凍りついた。
絶対に、言ってはいけない、言葉。
僕の、頭の中が、真っ赤になった。
愛国心とか、僕にはわからないけど、外国人に、日本の悪口を言われると、自分が日本人なんだって、思い知らされる。
狭くなった視界の中で、ピンクのフードマントの、目付きが変わったのが、わかる。
ジェイクの隣の、のっぽが言った。
「もっかい、原爆落とされろ、モンキー!」
僕が踏み出すより早く、フードマントが駆け出した。
速い。
誰かが、その子の名前を叫んだ。
思い出した、そうだ、確かナディアって名だ。
のっぽが何か、言葉を続ける前に、ナディアの飛び蹴りを背中に受ける。
そいつは盛大にふっとんだ。
周りの短い悲鳴をよそに、ナディアは、地面にキスしたそいつを、表にめくって吼えた。
「しごうしちゃるわ、カスがっ!」
砂まみれの顔に、拳の雨を降らせる。
マウントを取り、左手で髪を掴んでいるから逃げられない。
何が起きてるのかわかってない、のっぽが顔を揺らすたびに、赤く変色した部分が、増えていった。
ナディアが叫ぶ。
「ムスリムの面汚しがっ! 貴様みたいな奴らのせいで、同胞が小さくなっとるんじゃ!」
我に帰って、真っ先に動いたのは僕だった。
「やめろ、もういいって!」
必死で、引き剥がす。
凄い力だ。僕より小さいのに。
「離さんかい!わしゃあ、広島出身なんじゃ!」
「わかった、もうわかったから、十分だって」
息を切らす、同級生を振り返らすと、僕は両肩に手を置いた。
荒い息をつき、、柔らかい顔立ちの中で、完全に据わってしまってる眼を、正面から見つめる。
もう、ヤケだ。
絶対、明日も話し合いだ。
みんなに、聞こえる様に、僕は叫んだ。
「僕も、お前らが首斬りだの、ISISだの、言われる気持ちが、初めて分かったから……!」
血走っていた、ナディアの目が、一瞬見開かれ、体に力が入るのが分かった。
殴られるかもだけど、伝えるんだ!
視線をガッチリ受け止めながら、僕は続けた。
「父さんに、言われたんだ。昔、秋葉原で、夏場、女の子のパンツが、冷やして売られてたんだって。冷しパンツ、いかがっスかってね?」
ナディアの眼に、戸惑いが浮かんだ。何を言おうとしているのか、分からないんだろう。
「もちろん、日本人が売ってた。四十枚、あっという間に完売。僕はそいつらと同じ日本人だ。けど、そいつ等じゃない」
ナディアが、眼を見開いた。
体から力が抜け、口が半開きになった。
僕は続ける。ホントは恥ずかしいけど。
「お前が悪いって、誰かを指差したら、後の三本は、自分を向いてる。
だから、ナニナニ人は、とか、くくりそうになったら、パンツ売りを思い出せって。
だから……大丈夫。それと」
僕は、振り返ると、突っ立っているジェイクの鳩尾に、思いっきり頭突きを叩き込んだ。
油断してたジェイクは、砂にまみれ、変な声を上げて、のたうち回る。
唖然とする、ナディアの前で、僕はじんじん痛む頭を押さえて言った。
「ケンカぐらい、自分でできる」
その後、公園にいたギャラリーの保護者が、学校に通報し、話し合いどころか、みんな親ごと呼び出された。
学校側としては、僕らの暴力よりも、ジェイク達の言動の方が、重くとらえてたんだ。
ジェイク達の親がすっごい厳しい人だったから、
「この度の件、心から謝罪いたします。謝罪だけでは足りません。
我ら馬鹿共の親達で話し合った結果、二人共、母国でカウンセリングの後、鞭打ちする事に決定しました」
と宣言した。
東南アジアの学校では、罰として普通にあるらしいけど、マジでシャレにならないらしい。
なんでも、3回で気絶、5回で、後遺症決定だとか。
ジェイク達の、パニクり方で、それはひしひしと伝わった。
母国語と日本語の半々で、泣き叫びながら、先生とぼくらに、すがりついてきて、みんなドン引きした。
手を出した、ナディアと僕が率先して、ジェイクの親たちを説得し、事なきを得ることができた。
そりゃ、言っちゃいけない事いったのは向こうだけど、こっちもやりすぎだしな、絶対。
ジェイク達は丸刈りにされたけど、
「安い、全然安い!下スマで埋められたのに、弱だけで済んだ!トゥリマカシ!」
と僕達に泣きながら感謝してた。
そこまで、安かったのか。