ホムヒカ、なんで麺やゲムヲに比べてヘイトためてないのか…見た目って大事なんだな
それからもオリガは、放課後僕達と毎日の様に遊んだ。
オリガもリモート授業があるはずだけど、
「午前中でオワリネ」って言ってる。
ほんとかよ。
問題はその後のスマブラの練習だ。
二人で練習するのはお互いにキツイので、オンで4人でやることにした。
オンとオフは実はかなり内容が違う。
微妙に遅延があるんだ。
オリガも違和感に気づくのにそれほど時間は掛からなかった。
四人の中でオリガの負けが一番多いけど、それでも全く勝てない僕とやるよりは楽しそうだ。
僕もオリガも、口に出さないけどわかってる。
彼女が僕に勝つ可能性は、これでほとんど無くなった。
それからの2週間、ぼくは重い石を飲んだような気持ちで過ごした。
土曜日の昼前。
僕とナディアは台北空港に到着した。
生憎の雨が、霧のように窓の外を覆っている。
「なんか、スッゲーお茶の香り」
空港中が緑茶みたいな匂いがする。
嫌いじゃないからいいけど。
明るいフロアー、高級そうなガラスケースの中に土産用のお茶がいっぱい並んでる。
「リーが迎えよこしちょるから、寄り道せずに来いって」
横を歩くナディアがスマホを見ながら言った。
すれ違う人たちに比べ、僕らはびっくりするほど軽装だ。
一泊して、明日の午前中に台湾を発つ。
荷物はswitchくらいで、他の物は金曜の夜に現地入りしてるリーファが用意してくれる。
オリガもリーファと一緒のはず。
流石にみんなで一緒にって気分にはならなかったし……
大会は今日、明日の2日連続で行われ、僕とオリガのエキシビションは今日の19時だ。
大阪から飛行機で3時間、海外旅行はやっぱりワクワクする。
ここしばらく気持ちが晴れなかったし、その原因が今日のイベントのせいだとしても、だ。
この季節、台湾はずっと雨らしい。
雨のときの匂いは日本と同じだ。
ユンファさんの運転する、やっぱり四駆の後部座席で、雨に打たれた漢字ばかりの看板をぼんやり眺めていた。
ナディアが隣で、観光もできん、とぼやいてる。
外国でスマブラの試合。
全然実感が湧かない。
灰色の建物に派手な看板。やっぱりいろいろ考えてしまう。
今日の試合、僕が一方的に勝つだろう。
プロのエキシビション、盛り上げなくちゃならないんだから、ギリギリを演出……
無理だ。
観に来てる人達は、どこに出しても恥ずかしい、スマ廃人ばかりだからすぐバレる。
ぼくのメインはMr.ゲーム&ウォッチとむらびとだってオリガには知られてるから、それ以外を使うのは侮辱だろう。
「なにやっとるんじゃ、林堂?」
気がついたら、ナディアのバッグについてるマイメロディのキーホルダーを指でパチパチ弾いていた。
「あ、ごめん」
何か言いたげな気配のナディアと僕は目を合わさなかった。
なんでこんなことになったんだろう。
『僕と勝負しろ』
勢いで口にした言葉のせいだ。
それは別にまちがってなかったけど……
なんで仲のいいヤツと。
でも、そのおかげてオリガと友達になれたわけだし。
ぼくは、ぐるぐる回る思考から逃げられなかった。
着いたホテルは由緒ありそうなというか、重々しい感じのする石造りの建物だった。
天井が高い。宿泊費も高そう。
ロビーを行き交う人達に混じって、立ち話をしているリーファとオリガを見つけた。
二人とも軽装だけど、見た目がいいから目立つ。
オリガの明るいブロンドと、リーファの黒髪が対照的だ。
お香と雨の湿気を含んだ、年季の入った絨毯を踏んで二人のもとへ。横にはナディア。
「ハイ。よく眠れた?」
軽い感じで手を振るオリガ。
気が重いのは僕だけなのかな。
なんか少し腹立つぞ。
「まあな……リーファ、会場は遠いの?」
「歩いても行けるよ。お茶でも飲んだら行こうか」
「別に、日本でやっても良かったのう……今更か」
「そ。今更ダヨ……もっとみんなとあそびたかっタ」
オリガは目を細めて笑うと、続けた。
「会場に入るまでは、楽しくイコ?」
明かりの落ちた客席の上を、原色のレーザーが踊る。
客層がいいのか、リズミカルに打たれる手拍子と、掛け声が場を温める。
舞台には先に入場したオリガが客席に両手を振っていた。
メイクをして、なんと、ヴァイオレットエヴァーガーデンのコスプレをしいる。
僕も好きな名作アニメだ。
白い肌、青い瞳。
作品から抜け出たみたいに輝いてる。
全然衣装に負けてない。
作品と違うのは、満面の笑顔で客席に手を振っているところだ。
着飾ったオリガって、あんなにきれいだったのか。
示し合わせたように、脇腹を両方からつねられ、僕は短い悲鳴を上げる。
チャイナドレスのリーファが手を振り、チャドル姿のナディアも、慣れた仕草でイスラム式の祝福を投げかける。
観客が拳を突き上げて応えた。
「んだよ、みんなオマエラ目当てじゃん」
「なんでもいい。凛、ナメてかからないで」
「そうじゃ、何が起こるかわか…」
「わかってる。僕が勝つ」
二人が僕を見る気配がしたけど、僕は見なかった。
試合に向けて集中を開始する。
僕は考えずに、流れに任せて闘うタイプだから、どんな場面にも対処できる。
選手のコールに機械的に手を上げて応え、オリガと向かい合う。
ヒールの付いた靴を履いてるから、僕よりずっと背が高い位置に顔がある。
お陰で目を合わせずに済んだ。
僕はぼんやりと、焦点の合わない眼で握手すると、それぞれの舞台端に別れた。
硬めのゲーミングチェア、ヘッドフォン、自前のプロコン。ステージは『終点』平地からだ。
自分のプロコンだから、違和感がない。
一戦目、キャラの選択は僕が先。
つまり、オリガは僕の使うキャラに対して有利なものを選べる。
僕は使い慣れたMr.ゲーム&ウォッチ、略してゲムヲを選んだ。
練習の間、彼女はずっとフォックスを使ってた。
『ホムラ、&ヒカリィィ!』
「やっぱりな」
僕はぼんやりとつぶやいた。
ホムラ&ヒカリは、ゲムヲのみならず、大抵のキャラに対して有利を取れる強キャラだ。
スピードのヒカリでダメージを稼ぎ、パワーのホムラで決めるのがセオリー。
でも。
重低音の効いた、ドドン、と言う効果音と共に、
中国語で実況が何か叫ぶ。
『3、2、1……』
僕はゆっくり呟く。
『Go!』
「知ってた」