〜エピローグ〜 ブラック・サイトとJrアイドル
先に言っときたい。
校長が入って来たからと言って、保健室の空気は全然変わらなかった。
カーテンには、血の色をバックにした、おどろおどろしい、怨霊絵巻が展開していて、一反もめんみたいな、6年生二人が、空中を泳いでる。
いつ、ヤツラがこっちに来るか……
生きた心地がしません。
だけど、校長は満足げに言ったんだ。
「いやあ、思った以上に煮詰まってて、ワクワ……憂悶の情に堪えません。皆さんのご家族が、迎えに来られるのは明日。安全が確保され、現場が落ち着いてからです」
ワクワクって、言いかけた?
正気?
『校長』って漢字で書ける?
『誰?』
不機嫌そうな、ジャス子の声が、スマホから漏れる。
「ここは、林堂君たちの小学校の保健室ッスよ。なお、ジャス子ちゃんの想像は当たりです」
『……! 凛、ケガっ……!』
「大丈夫。軽傷ッス……でも」
『よ、ヨガッタ……!』
泣き出す、ジャス子。
「リーファと、ナディアちゃんがいたりします」
『ぐぉっ……!』
「今ベッドォ……」
「ちょっと泣いちょったァ……」
『ギャー!』
怨めしげにエコーを引く煽りに、ジャス子が悲鳴をあげる。
「他の女とLine……泣いちゃいますぅ……痛っ」
『オメーは、黙れェッ!』
「はっはっ。みんな仲良しで、先生は嬉しいです」
狂ってる?
「先生がここに来たのは、他でもありません。君は、本校の生徒じゃないですね。名前は……氷室さんはどうして、駆け込み寺の仕組みを知ってたんですか?」
「祖父の本棚にある、さいとうたかをの『無用ノ介』で知りました」
校長が、天を仰いで爆笑する。
「いやいや……素晴らしい。カメラで観てました。あの身のこなし、声量……もしかして、時代劇の役者でも、目指してます?」
「銃の扱い方も、殺陣も練習してます。メグ、アクション女優になるんです」
『バランスボールの上で、ボヨンボヨンするヤツだな? レオタードで』
「セーラー服で、ニセパンチラァ……」
「キモヲタと撮影会ィ……地獄絵図じゃ……」
「ジュニア・アイドルじゃないって言ってんでしょーがッ!」
オロロオオン
マジギレするメグを、ドロドロと煽る三人。
ジャス子まで、オロロンとか、ノリよくね?
ところで、メグ、だから銃を扱えたのか。納得。
「満足しました。校舎の避難施設に、布団が敷いてあります。氷室さん、着替えはその棚にある、体操服を使って下さい。下着もありますので」
『地味な綿パンだろ? 撮影会大丈夫か?』
「ヲタには、それがイイィ………」
「むしろ、ご褒美ィィ……」
「だから、離れろよ!? 祓うぞバカァッ!」
オロロン言いながら、宙を漂う物の怪を無視、校長が手帳を開く影。
カーテンの反対側の窓。
闇の中、赤色灯は、増えていくばかり。
「えーと、起床は7:00、その後ですが……先程の件、由々しき事態です……が、学校の外での出来事ですから、かなりどうでもいい。当人同士で解決を」
ぶれないなあ。
『マジ? ……オブラートとかゼロ。ジャス子、感動した』
「ちょっと……」
口を挟もうとした、ハスマイラさんを遮る様に続ける。
「そこで、体育館の地下にある生徒指導室を無料で開放しましょう。本来有料ですが……だって、私立だもん」
だもん、じゃねーわ、校長!
何で生徒指導室が、地下にあんのさ!?
「何ですか、橘さん……あー、時々一般にも貸し出してるから、一式そろってますが……ホラ、ココらへんって、ブラック・サイト……ゲフンゲフン、そう言うトコって、北朝鮮か、ポーランドしかないでしょ? 割と需要が……あ、8時半からは、次の予約が入ってますけど、ヤカンとバスタオルがあれば、三分で唄いますって……旗とビデオ? シュマグと、オレンジ色のツナギもあります。それじゃ、行きましょう。保護者の方も。ここは大丈夫、見張りが付きますから」
〜翌朝〜
『警備センターより、校長室へ。保護対象が逃走した模様。トイレへ行くと見張りに告げ、窓から脱走……いえ、校門から堂々と。白いリボンと本校のジャージを着用、"氷室恵"と名乗り、門番はあっさり信じたそうです……昨夜見た少女そのものだったらしくて……はい、保健室には『さがさないでくださひ』の書き置きが』
〜夏の終わりの雪女編〜
完