ハチさんの針
カーテンに映る、白くくり抜かれた眼と、耳まで裂けた口。
長髪を生き物の様に踊らせた鬼は、鈴のなる様な声で、邪悪な言葉を吐き出す。
僕は、ガタガタ震えながら思った。
赤ずきんちゃんを騙すために、狼はチョークを飲んで声を変えたらしいけど……
きっと、こんな感じなんだよ。
「もしもーし。お子ちゃまには、早かった? 泣いちゃダメですよぅ。元気かなぁー?」
沈黙してたスマホが、平坦な声を吐き出す。
これ、ジャス子激おこだ。
『ごめん、ワタシもシャワー室に飛び込んで来た凛に、口塞がれたの思い出してた』
静止する影絵。
三体の鬼の動揺が伝わってくる。
やめろぉ!
前後切りとってるやんけ!?
言うなら、ちゃんと説明せんかい!
そんな偏向報道、断固許さないんだから!
トポトポと、急須からお茶を湯呑みに注いでる、ハスマイラさん。投げたな。
『もしもーし。呼吸してマスカー? 凛、力強いじゃん? スッゲェ、抱きしめられて、怖くて泣いちゃったけど……』
アゴの上がってしまった、三体の鬼に、恥ずかしそうな声が、ざっくりと刺さる。
『ま、いっか。凛だしって……』
二体の鬼は、口から何かを吐き出して、もだえ苦しんでいるけど、スマホを持った鬼は、よろけながらも平静を装う。
「ふ、ふーん……あ、思いだした! 旦那様、あれは事故だって言ってた!」
そー、ソーナンデスヨ!
ナイス、メグ!
「どーせ、病院に潜り込んで、図々しく泊まり込んだ挙句、厚顔無恥にシャワー使ってる時に、誰か来たんでしょ?」
『…………』
鬼の口元が、再び吊り上がり、リーファ達とはまた、違うカンジで煽り倒す。
「あっれぇ、大正解? んもー、色々びっくりですぅ。タダのアクシデントを、さも、自分の色香で釣ったみたいに……そんなのはスポーツブラ卒業してから言おうねぇ? あ、ごめんなさあい、入学が先かなぁ?」
……ヒデェ。
何、ここまで言うもんなの?
そりゃ、ジャス子も大概だけど、メグ、黒すぎね?
ドン引きする僕、血飛沫らしきものを口から吹き出す、二体の鬼をよそに、ブラックな闘いはヒートアップしていく。
ジャス子のターン。
『まァ、聞けよ、チビっ子モデル。そのアクシデントってヤツがまだ続いてさ? 凛の………凛のなんて言うか……蜂さんの針? 下着越しだけど、ソイツで、デコピンされて、ビックリして、逃げたら、尻もちついちまって……』
恥ずかしそうな、ジャス子のセリフに、グラリとゆれる長髪の鬼。
『……全部見られた』
「がふっ!」
とうとう、メグも声をあげて、血飛沫を吐いた。
やめろぉ!
ソレ犯罪ですから!
何でいうのさ、墓場まで持ってってよぉ!
『そんで、蜂さん針がもっと、おっきくなっちゃって……ホラ、ワタシ、オマエみたいな、ニセパンツ見せまくりの、ジュニア・アイドルじゃないから、ビックリして、シャンプーの容器ぶつけちゃったけど……全然怒ってなかったんだよな、ホントは』
「だあれが、ジュニア・アイドルじゃっ! だ、だから何? 凛、きっと、鏡に映った自分見て『おっき』してただけよ、アンタのストローみたいな身体でタツとか、ありえないんだからぁ!」
『誰がストローだ、コラァ!?』
オロロオン オロロオオン
もはや、よく分からない何かになってしまった二体は、地獄の亡者の様に呻く。
聞き捨てならないよ?
いや、自分の姿見てタツとか、どんな変態?
「……そっかあ。旦那様寝てるカナ? 起きてたら、恥ずかしくて言えないなあ……メグのお尻に、後ろから顔を埋めた事なんか」
『ごふっ』
ジャス子が、ボディブローを喰らった様な声をあげた。
僕は、首を吊るためのロープを探す。
死のう。
コレ、無理。
2体のよく分からない生き物は、ハニワ顔したペラペラの何かに変化して、宙を漂っている。
「しかも、半分パンツ下がってたから……もう、お嫁に貰ってもらうしか……」
『何、汚ェケツを、ワタシの凛にさらしてやがんだ、ビッチがぁッ!』
「はぁ!? だぁれのケツが、汚いってぇ? オマエこそ、メグの旦那様に、児ポ指定な公害を……」
アーアー、聞きたくない!
誰か、タスケテー!
「いい加減にするッスよ!」
スパァン、とメグの頭でスリッパがいい音を立てた。
傍観してた、ハスマイラさんが、怒鳴る。
「さっきから聞いてたら、ランドセル背負った小学生共が、何やってるッスか!? 先生に言いつけ……」
ガラガラ、ピシャって扉を開ける音が、そのセリフをさえぎる。
ものべ校長の声が言った。
「話は聞かせてもらいました!」