ぐるぐるどっかん 〜メグさんといっしょ〜
この小学校は、全ての教室、クーラー完備だ。もちろん、この保健室も。
けど……
全身の毛穴から、汗が吹き出してくるのに、片っ端から凍りついていく、この怪奇現象は何なん!?
ハスマイラさんが、カーテンで、僕のベッドを遮ってくれてるから、ホラー映画で、夜の森を逃げてる顔した僕は、誰にも見えてない。
こっちに背中を向けたメグ、丸椅子に腰掛けた、ハスマイラさん、対峙する、ナディアとリーファの影絵がカーテンに映って見えるだけ。
さっきの、メグの『爆弾』以降、無言、無音。
遠くで、集まってきた、パトカーのドアを開閉する音と、赤色灯の大群が、窓を通して確認できた。
ミンナ、想像出来る?
部屋中、音を立てて凍りそうな勢い、そしてその空気が、確かな重さで、のしかかって来るところをさ?
英空軍の基地に、耐G訓練用の施設があるそうだけど、必要ないね。
大阪市の小学校で味わえる。
しかも、命の危険付きで!
戦闘機乗りの必須訓練科目に、加えていいぜ?
だから、代われよ、代わってくれよ!
もうヤダ!
なんで、ドローン落ちてきてくれなかったのさ、根性無さすぎだろ!?
今からでも、遅くない、オマエの本気を見せてくれよ!
え? 必死コイて逃げてたじゃんって?
……そうでしたっけ、ウフフ。
ネットで見た、ガソリン値下げ隊のオバサンみたいな言い訳してる場合ちゃうわ。
段々、ハラが立ってきたぞ。
そもそも。
ここにいる女子、いない女子の……
誰ともお付き合いなんかしてませんよ、小生?
浮気した、諸星あたるじゃないんだぜ?
なあんで、こんなに縮こまって、怯えてなきゃいけないんだ、オカシかろ!?
そう考えたら、ムカムカして来た。
ボールぶつけられて、頭打って……
あ、オデコの右の方、冷えピタ貼ってあるわ。
僕、何でこんな目に遭わなきゃならんのさ!?
「……でーぷキス……じゃと? しかも、手もみん付きで?」
チチモミを手もみんって、言い換えるだけで、なんか、許せそうじゃ無い?
そうでもない?
ゴメン、もう言わない。
ナディアの掠れた声に、僕は生ツバを呑んだけど……
あ、あれぇ?
カーテンに映るナディアさんの影……
眼と口元が吊り上がって、悪魔みたいになってるぅ!?
え、どーいう仕組み?
劇団?
劇団四季なの?
んふふ、と得意そうな、メグの声。
「そーでーす。コーフンしちゃって、メッ! てするの大変だったんだからあ」
あっ、リーファの影がハニワになってる!?
どーいう仕組みだ、マジで?
「ほ、ほー……凛のヤツ、社会見学で、ヤマザキ製パン、行った夢でも見てたんかのう?」
「あ、ああ、パン生地こねさせてもらえるヤツだね、ナー? 『パン生地に舌で穴を空けてみよう』って、コーナーもあった様な……」
ベロでブルー将軍倒した、桃白白じゃないんだよ?
ドラゴンボールでも無いわ、そんなコーナー!
「……戦いましょ、現実と? 凛は、メグみたいな、女の子オンナノコした、フツーの女子がいいんですー」
「なんじゃと? うちらがフツーの女子ちゃう言うんか!?」
「聞き捨てならないね、まるで、私達が女子らしくないみたいじゃんよ!」
ガン、と机に重いものを叩きつける音。
パリィン、とガラスの割れる音。
「このレンガで血の花咲かせちゃろか、おーん!?」
「一升瓶の破片飲むか、あーん!?」
ハスマイラさんが立ち上がり、スリッパで二人の頭にツッコんだ。
「そう言うところッスよ!? 後、誰が掃除すると思ってるッスか!?」
「何だよ、マイラ! 私達の気持ちが分からないの? アタシ、相棒六年やってて、こないだ初めてキスしたんだよ? その時マジ、見つめられて、抱き寄せられたんだからあ!」
ニョキって、メグの頭に角が一本。
「そうじゃ! うちも、ブラパン姿でチチ揉まれて、色んなとこにキスマークつけられたんじゃ! じゃのに……この悔しさ、ハスマイラさんには、ワカランのけ!?」
メグの頭に、角がもう一本生えた瞬間、ポニテの苦労人は、天に向かって絶叫した。
「ジブンなんて、ブラパンで抱きついたのに、ボスがくれたのは、ゲンコツだったんじゃぁぁあ!!」
沈黙の二秒。
僕すらも真顔。
23時の保健室、誰もが疲れ果ててた。
「……ハス、やめれ。自分の親のそう言う、生々しいの聞きたい?」
「……あ、ゴメン、つい」
「……何かすまんかった、うちが全部悪かったけん」
唐突に、素に戻る三人。
四人目は、そうじゃ無かった。
「へ、へぇぇ……」
ハッとする、六年たち。
効いてる 効いてる
口許を押さえてニヤニヤし始めた。
え? うん、影でわかるの。
少しよろけながら、メグが気丈に言った。
「ま、まあ、一日たってないのに、頼れる上級生から、将来を誓いあった、旦那様にジョブチェンジさせられた、スピーディーハンド……覚悟はしてるもん、そうなんだもん」
二人は腹話術人形になって、クスクス顔を見合わせる。影でわかるの。
「何言ってんだろねー、この幼児番組・専用子役」
「法円坂行かんでええんか? 『ぐるぐるどっかん』で、蜂のカッコして、ハイハイするんじゃろ?」
「赤ちゃんやん、子役ですらないじゃないですかっ!」
口と眼を、縦長にして煽る、同級生。
え? うん、影でわかるの。
その時Lineが鳴った。
この後、状況は……
比べ物にならないくらい、悪くなっていく。