ナスとベトナム人
「ドローンだ!」
「「ええっ!」」
思わず、スピードを落として、耳を澄ます、婦警さんと、メグ。
「「マジだ!」」
「止まるな!」
二人がハモるのと、僕が喚くのと、同時だった。
頭が真っ白になる。
見えるはずもないのに、天井を仰ぎ、サイドウィンドウから、建ち並ぶ、民家に目を走らせる。
パトカーで学校へ突っ込むか、ドアを開けて、逃げ出すかの二択。
「死にたくないって!」
そう叫ぶと、婦警さんは、僕が選ぶまでもなく、アクセルを踏み込む。
「が、学校が助けてくれるのよね!?」
「校門内に入れば! 駆け込み寺なんです、外だとダメ!」
「マジで言ってんの!?」
グングン、加速するミニパト、シートに押し付けられて、悲鳴をあげる、泥だらけの雪女。
スマホで、シヴァが何か叫んでるけど、それどころじゃない!
「どいてよ!」
嘘だろ、夜九時過ぎてんだぞ!?
車椅子の爺さんが夕涼み、ベトナム人の若者達が、道路一杯に広がって、たむろってる。
婦警さんは、クラクションを叩き、ガチャガチャと、車載マイクを取り上げると、叫んだ。
『道を空けて! ドローンが降ってきます!』
爺さんは、チラリと見ただけで、面倒くさそうに、脇へどいた。
4人のベトナム人達も、ヘラヘラ笑いながら、道を空けようとしたけど、僕達の顔を見た途端、一瞬目付きが変わる。
背筋が、ヒヤッとしたけど、一転、嬉しそうにミニパトに寄ってきた。
嘘だろ!?
お姉さんは、罵声を上げて、急ブレーキ。
自分や、僕達を指差しながら、口々に何かを、喚いてる。
「どきなさい!」
婦警さんが、ハンドルを叩いて喚いても、全然怯まない。
死を運ぶ羽音が、段々近付いてきて、僕とメグは、絶叫する。
「どいて!」
「どけって言ってんだろ!」
僕達の剣幕に、ビビってくれたのか、ドアからは退いてくれたけど、前を塞いだヤツらが退かない。
フロントガラスの向こう、直線距離で、300m程の距離。
僕らの小学校が、校門を開けて待っている。
銃は、婦警さんに没収されてる。
あれば、脅すくらいは出来たのに!
ぶっ殺してやりたい、衝動を抑え、
「走るぞ! 最悪、近くの家に飛び込め!」
ドアを開け、メグの手を引かないで外に飛び出す。
「荷物は捨てろ、全速力だ!」
婦警さんもメグも、モノも言わずに駆け出した。
ドローンの不吉な声は、徐々に、圧力を増し、
呑気なベトナム人の中にも、空を見上げて、木造住宅に、駆け込む奴がいる。
後の三人はダメだ、僕らに並んで、笑顔でダッシュ。
「オー、カケッコネ!」
「違うわ、ボケェ!」
テメーら、顔覚えたからな?
ドローンに殺られちまえ!
不気味にのしかかって来る、重低音が、夜の大気を震わす。
T字路の突き当り、小学校は校舎の明かりが、いくつかついてるだけだ。
暗闇に沈んだ古い住宅が、両脇に建つ生活道路。
ゴールまで、どう足掻いても、一分はかかる。
汗が、眼に流れ込む。
メグ達の、今にも折れそうな荒い呼吸。
並走する、ベトナム人三人の、楽しそうな笑い声に、殺意が沸く。
銃があったら、まちがい無く、頭に鉛弾を叩き込んでる。
「り、凛……」
遅れそうになる、メグが、手に持ってる、泥だらけの茄子を見せた。
スモーク弾!
ドローンの眼を、誤魔化せるかも!
ナイスだ、メグ!
性懲りもなく、キスしてやりたくなった。
「投げろ!」
「お、お願いします」
僕は、素早く受け取ると、ヘタの部分を強く押す。
カチリと言う音を確かめてから、ドッヂボールのサイドステップ、フルスイングで前方へ投げた。
黒い影になって、宙を疾走る、ナスビ。
その時だ。
猛スピードで、飛び出して来た四駆が、金切り声を上げて、急ブレーキ、校門を完全に塞いだ。
スルスルと下がって行く、サイドウィンドウから、突き出される拳銃。
待ち伏せ!?
「伏せろ!」
僕が叫ぶのと、地面で硬い音を立ててバウンドしたナスから、煙が噴いたのは、同時だった。
30mほど先で、派手な色のスモークが、こちらに向かって流れ出す。
後100m強。
銃声が響き、アスファルトに伏せたメグが、悲鳴をあげる。ベトナム人達も、何故か無言で、素早く伏せた。
「銃を捨てなさい!」
ここに至って、膝立ちの婦警さんが、やっと、拳銃を抜く。
敵からの返答は、銃声。
煙の中、この距離なら、当たりっこない。
「抵抗するかっ!」
規則通り叫ぶと、婦警さんが咳こみながら、発砲する。こっちも当たらない。
ドローンのプロペラ音が、どこかでホバリングして、近づいて来ない。
やった、スモーク弾のお陰だ!
けど、校門を四駆が塞いでる限り、近づけない。
煙が晴れたら、ドローンのエジキだ!
「凛……凛!」
メグの追い詰められた、声。
「どうした!」
僕は、腕が擦り傷だらけになるのも、構わず、ほふく後進で、メグに並ぶ。
咳こみながら、汗だくのメグが、息も絶え絶えに、訊いて来た。
「駆け込み寺……なんでしょ? 誰か一人でも、駆け込めば……オッケーなの?」
僕は一瞬考え、息を切らしながら答えた。
煙で、喉と眼が痛い。
「その『一人』を保護する為に、守衛が、ドローンと、四駆をやっつけるだろうね」
メグが、口を押さえ、煙を吸い込まないようにしながら、囁いた。
「メグのおサムライさん……考えがあるの。聞いて」