雪女のユーウツ
「行こう、屋根のある所まで」
僕は、メグの手を引いて、街灯もまばらな、工場街を駆ける。
一歩ごとに、ナイキの中の泥が、音を立てて気持ち悪いけど、それどころじゃない。
背後では、ガソリンに引火したのか、バンが爆発する音がしたけど、振り向かなかった。
メグは、しゃくりあげながらも、足を止めずに付いてきてくれる。ワンピースには不似合いだけど、スニーカーを選んでくれたのが、幸いした。
背中に、貼りついてる、死の恐怖が、とっくに限界を超えてる、僕らの足を動かし続ける。
今の、僕たちの目標。
屋根のある場所に飛び込んで、ドローンの眼を避ける。
どこかの、工場に、窓を割って、忍び込んでもいい。
その後のことは、知らない。
今は、それしか、考えられない。
目の前で、カミカゼドローンの威力を見せつけられ、恐怖が泥みたいに、まとわりついてるから。
右手は、田んぼ、左手はフェンスに囲まれた、工場だけど、敷地が広すぎる。
この規模になると……
ホラな、ツタの巻きついた、網目から、セコムのシールが、扉に貼ってあるのが見える。
警報ベルは、敵をひきつける。
ドローンの眼から、逃げる事が出来ても、殺し屋を派遣されたら、さっきみたいな事に……
「あ」
思わず、声が出た。
そうか、朝から、僕の居所が掴まれてるのは、きっと、ドローンのせいだ。
無人機の攻撃性ばかり、頭にあったけど、尾行と監視も、得意じゃないか。
でも。
飛行時間って、30分も無かったよな?
尾行は、ドローン、監視は人間って分けてたのか?
背後から追ってきた、車の音で、僕の推測は中断された。
「凛、婦警さん!」
振り向くと、フロントのすすけた、ミニパトが、猛スピードで、僕らに迫る。
え、何?
ヒくつもり?
ブルーファルコンするの?
メグの手を引っ張り、田んぼに飛び込もうとした瞬間、軽自動車は、甲高い音を立てて、停車した。
「乗って、逃げるよ!」
運転席の窓から、叫んだ言葉の意味を、理解するのに、数秒かかった。
返事が無いのを誤解したのか、婦警さんが、ひきつった顔で叫ぶ。
「早く! 私だって、こんなとこで、死にたくない!」
「だったら、追わないで……」
「こんなんでも、警官なんよ、辞めよう思っとったけど!」
度肝を抜く、サイレンの音と共に、赤色灯が光り始める。いつもは、顔をしかめる、その組み合わせが……
「子供置いて、逃げれるか! 人としての問題や、全速力でケツまくんで!」
こんなに、頼もしく思えたことはない。
「なら、『あおせ小学校』に向かってください! どの警察署よりも近いし、防御は万全のはずです!」
婦警さんが、眼を見開いて、喉の奥で呻く。
「……あの、『見ざる・言わざる・聞かざる』の、あおせ小……」
婦警さんは、決意したように、力強く頷くと、招き猫と逆の仕草で、僕達をカモン、した。
『パトカー、通ります。道を空けてください』
おお……
マジで、前を行く車両が、次々、路肩に寄って、道を譲ってくれる。
パトライトで、夜を切り裂きながら、ニ車線の真ん中を、堂々と走り抜ける、ミニパト。
車内だと、サイレンの音はマシだ。
新発見。
「気持ちいい! エラくなった気分です!」
後部座席、僕の隣で、メグがはしゃぐ。
いや、ほんそれ。
マジ、警察最強だよな!
これなら、小学校まで、五分かからないぞ!
さっきまで、無線で、"避難する"って連絡してた、婦警さん。
現場はどうなる、って責めてくる本部に、"トクシンしたら、課長のトコに化けて出ますよ?" ってやり返してた。
ちなみに、二階級特進って、言うのは、仕事中に死ぬ事な。
婦警さんは、前を見たまま、助手席に置いてた、箱をかざした。
「食べる? チョコケーキ。ちょうど3つある」
「……え?」
勤務中だろ?
僕の心を読んだように、婦警さんが言った。
「そ。勤務中に買いに行った。もちろん違反。だから、私一人しか、乗ってないの」
「あ」
僕は声を漏らした。
だよな。二人一組だよね、フツー?
「頂きます!」
メグは、箱を奪い取ると、素早く蓋を明けた。
「アトリエ・カズト……知らないなあ」
「世界一のチョコよ? 保証する」
「ヤッタ、遠慮なく!」
「メグ、遠慮なさ過ぎね?」
メグは、目の色を変えて、チョコケーキを鷲掴みにした。
「死んだら、食べれないです! 遠慮したら損だってわかったの。はい、あ〜ん」
メグは、早業で、手を拭き、ケーキに巻かれたセロハンをめくると、身を乗り出し、運転席の婦警さんの口元に、突きつけた。
戸惑う、婦警さんに、メグが、呟く。
「生きてます、今は」
「……うん………うまっ、やっぱサイコー! 食べて!」
「次、はい!」
新しい、ケーキを取り出すと、僕に満面の笑みで差し出した。
僕は、苦笑する。
自分は後回しなのが、コイツの育ちのイイとこだよな。
泥の付いた、顔と黒髪。テールランプや、ヘッドライトを照り返して、輝く瞳。
護らなきゃって、改めて思う。
僕は、笑ってケーキを取り上げると、言った。
「オマエが先。命令だ」
メグは、嬉しそうに微笑むと、可愛い口を開け、三角の先端にかぶりついた。
目を丸くする。
「美味しい! これ、すっごく美味しい! 過去イチかも」
「でしょー? こんなに濃厚なチョコ、他に無いよ」
ハンドルを切りながら、婦警さんが自慢げに笑う。
「じゃ、凛も」
うん、と頷き、メグの齧った所にかぶりつく。
濃いチョコレートの味が、口の中に広がる。
スポンジも舌の上で、溶ける柔らかさだ。
ナニコレ!?
「めっちゃウマイ! 確かに、過去イチかも!」
チョコレートの味が、甘すぎず、苦すぎず、絶妙なバランス。
いや、甘いものに、執着ない僕でも、これはみんなに、食べてほしいって思う!
感動してると、メグが、顔を近づけてきて、そっと、僕の唇を舐めた。
柔らかい舌が、僕の口元を這い、脳天が痺れる。
慌てて、身を引くと、メグが、イタズラに成功したみたいに笑った。暗い車内でも、頬が赤いのが分かる。
「ホントだ……過去イチおいしいです」
何考えてんの、コイツ!
前の席に人がいるんだぞ?
しかも、警官ですよ、タイホされたいの!?
そういや、さっき、メグにベロチューしたの……幻って事でイイデスカ?
罪に罪を、重ねてる僕を、みんなスルーしてくれますか?
待ってくれ!
行くなよ、カラ太郎、カラ次郎!
婦警さんが、微かに顔を動かし、不満そうにぼやいた。
「もしもーし……あーあ、小学生って、みんなこうなん? 乱れ過ぎでしょ?」
メグは、笑って抗議する。
「この人が、特別なんです……未来の旦那様なんだもん」
ヤメテ、超ハズカシイんですケド!?
いつまで言ってんの、ソレ。
もう、忘れよ?
「ハイハイ……あー、小学生でも、こうなのに、アタシと来たら……」
メグは、僕の腕に寄りかかって、ため息を付いた。
「リーファさんたち、小学校に避難してるんですよね?」
僕は、次のセリフで石化した。
もうこれ以上無いくらいに。
雪女は、隠しきれない優越感を、漂わせつつ、ボヤいた。
「旦那様とのコト、何て報告しよ……メグ、ちょっぴり、ユーウツですぅ」
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