オオカミさん
「スマホはある? 家の人に、連絡を取りなさい」
パトカーの外に立ってる婦警さんが、厳しい口調で、僕らに告げると、返事を待たず、無線機に手を伸ばした。
殺風景な、パトカーの後部座席、僕が答える前に、パネルのライトを照り返す、隣の、青白い顔が言った。
「……分かりました」
肌を寄せ合う様にして座り、メグの手を握る。
メグは、気丈に微笑むと、僕の頬に口づけして、トートバッグを探り始めた。
泥だらけの靴から、ゴムの足マットに、水が染み出して、小さな水溜りを、作っている。
僕らが座る、座席もびしょ濡れで、気持ち悪いから、背すじピンで、シートにもたれない様にした。
サイドウィンドウから、稲の間にフロントが埋まった、ハンターカブ、ノロノロと、田んぼから這い上がろうとする、中年二人、運転席に座って、苦しそうにしてる、ハゲが見えた。
応援を要請していた婦警さんが、無線を戻して、ドスを利かせて咆える。
「サッサと上がって、車で待機してろ! ハマダ、オマエの事は無線で伝えた。逃げてもムダ。また、署で暴れるか、あん?」
どうやら、野球帽と、婦警さんは知り合いらしい。
メグが、がっかりした様に言った。
「メグの携帯、つきません。トートバッグの中、泥んこになってるから……」
僕も、慌てて、泥だらけのワンショルダー・バッグのチャックを開いた。
良かった、液晶、割れてない。
サイドボタンを押すと、大量の着信が、表示された。
慌てて、今朝、橘さんに貰った、グループlineをタップする。
インカムは、Bluetoothだから、圏外だろう。
コール一回で、シヴァが出た。
『ウォッチ・マン、無事か?』
「なんとか、乗り切りました」
『そんな事は聞いてない。俺のハンターカブだ』
イラっと来たから、素直に言えた。
「眼の前の、田んぼに刺さってる。ゴメン」
沈黙が流れた。
窓の外、街灯の下。
口から血を流している、男を支えて歩く、野球帽を警棒でつつき回す、婦警さんを眺める事、数秒。
メグが、時間を惜しむように、僕の頬を唇でつついてくるのは、気づかないふりをする。
『……ソニー、覚悟は出来てるんだろうな?』
声の調子に、変化が無い所が、また怖い。
「いや、バンが横から飛び出してきて、殺されかけたんですって。ハンドル切らないと、死んでましたし、田んぼが無かったら、大ケガしてました」
『ついでに、会話の録音データで、大火傷を……』
「わーっ! わーっ!」
僕は大声で喚くと、心臓をバクバクさせながら、キョトンとしている、メグを見る。
良かった、なんの事だか、分かってないみたいだ。
メグが、夜目にも、頬を赤らめると、目を伏せて囁く。
「さっきの続きは、お家に帰ってからね、オオカミさん」
いや、帰れないよ?
状況わかってる?
ヘタしたら、牢屋行きだってば、目を覚ませ!
「シヴァ、今、僕達は、パトカーの中にいる。三人組に襲われて、銃で切り抜けたけど、その前も、メグが、警察から逃げるために、地面にぶっ放した」
シヴァの声に、緊張が走った。
『殺したのか? 今どこだ?』
「ネガティブ。二人に模擬弾、一人には、スタンバトンを使ったけど、3人とも、なんとか歩いてる。場所は、長原の出口から、5分位の工場街。現在位置を送るけど、このまま、近くの警察署に送られると思う」
口笛を吹くと、愉快そうに言った。
『大活躍だな? こっちは、全員無事だ。連絡がつかないから、ラブの両親が心配してたぞ』
メグが、嬉しそうに頷く。
「無事です。それより……」
遠くから、近づいてくる、不吉な音が、言葉を途切れさせた。
今日、一日で、聞き慣れてしまった、死神の足音。
メグの表情も強ばり、頭頂のリボンが、逆立った。
「逃げろ!」
僕らは、弾かれた様に、各々、ドアを開けて、車外に飛び出す。
ちょうど、男達を、車に詰め込んだ婦警さんが、こちらへ、歩いて来るとこだった。
僕らは、バンに通せんぼされた、パトカーに背を向け、バンが飛び出して来た、暗い道路を駆けながら叫んだ。
「ドローン! 逃げて!」
何か言おうとした、大柄なお姉さんが、目を見開いたけど、最後までは見てられない。
メグの手を引き、真っ青になって、一歩でも遠ざかろうと、逃げた。
ドキュメンタリー映画で見た、特攻機そっくりな音を立てて、背後に轟音が降ってきた。
鉄板を突き破る、甲高い金属の悲鳴。
次の瞬間、発生した、爆風と閃光に、僕らは、悲鳴を上げて、転がった。
黒いバンが、炎に包まれ、黒煙が夜空に立ち昇って行くのを、僕とメグは、呆然と眺めるしか無かった。
口封じ。
僕の頭を、その言葉がよぎる。
……ここまでやんのか?
なんだよ、僕らが、何をしたって言うのさ?
目頭が熱くなる。
何もかも、投げ出したくなった。
心が折れかけてる。
……悪いかよ?
何人死んだら、許してくれるんだよ。
「……凛」
僕は、ゆっくりと、そばで横座りしている、メグを振り返った。
泥だらけ、浅くて早い呼吸。
震える声で、雪女は、僕を………
励ます。
一番、刺さる言葉で。
「……メグ、怖くて死にそう」
僕の手を握って、泣きながら、無理に笑った。
「護って下さい、オオカミさん。じゃないと、赤頭巾ちゃんを、食べれませんよ?」
尻もちをついたまま、唖然と、メグを眺めて……
慌てて、目を拭い、赤頭巾の、手を引いて立ち上がった。
「……腹、壊しそうだな?」
背中を向けて、僕が言うと、体当りされた。
背後で、バチバチと、炎を上げる音。
もう怖くない。
サンキューな、メグ。
泥だらけの腕にすがってくると、耳元で甘く囁いた。
「どんな女の子よりも、絶対、美味しいもん……残したら、許さないんだから」
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( ;∀;)