披露宴に、元カノ呼ぶとか、正気ですか?
頭が真っ赤になり、耳鳴りがぐわんぐわん、言ってる。
今までとは違う、種類の汗が、吹き出てる。
何が起きたか、分からない顔で、蒼白のメグをポカンと見ている、婦警さん。
僕もだ。
言葉が喉に貼り付いて、声が出ない。
「ちょ……」
轟音と悲鳴が、ほぼ同時にあがる。
躊躇なく、植え込みに向かって、引き金を引いたメグと、みっともなく、叫んで、跳ねてしまった、お姉さん。
細い枝が飛び散り、模擬弾に抉られた土が、音を立てて、盛大に舞った。
頭の血が、音を立てて引いていくのが分かった。
やりやがった!
コイツ、やりおった!
警官に向かって……じゃないけど、警官を、銃で威嚇する小5なんて、聞いた事ないわ!
ジャニーズどころじゃない、これ、小中高と、伝説になる武勇伝だぞ!? 半グレでもやらんて!
こちらを見ている、ドライバー、逃げ出した通行人もいる。
夜で良かった、スマホで動画撮影されても、暗くて……いや、銃もった人間に、カメラを向ける命知らずは、さすがにいないだろ。
恐怖心を、ザラザラと刺激する、ドローンの音は、大きくも小さくもなってくれない。
僕が、リツイートしすぎた、ツイ垢並に凍ってると、メグは震える声で、言った。
「私達、自爆ドローンに、追われてるの。お姉さんを巻き込みたくない……お兄ちゃん、行こう」
その言葉で、フリーズが溶けた。
僕は、感情の消えた顔のメグから、
「よくやった、後は任せろ」
そう言ってから、そっと銃を取り上げる。
思わず、ハンズアップしている婦警さんの足元に、銃口を向けて言った。
バットの当たった、右腕が痛い。
「親切にして頂いたのに、ごめんなさい。出来るだけ、僕らから、遠くに離れて……行くぞ!」
婦警さんから、目を離さず、後退ると、バイクにまたがり、エンジンをかけた。
メグが、身軽に荷台へ飛び乗る。
ドローンの足音が、心なしか、大きくなった様な気がする。
肩越しに振り返り、婦警さんが、追って来ないのを、確かめてから、僕は、慎重に、ハンターカブを、発進させた。
内環状線を左折で外れ、2車線の道路に出た。
対向車線の車から、驚いた視線が、僕らに集中する。
小学生二人が、ノーヘルでバイクを転がしてるんだ、そりゃ、目立つよな。
知り合いが、いませんようにって、祈るばかりだ。
風を切る音に混じって、メグの圧し殺した、泣き声が聞こえる。
………知らない人、まして、警官に銃を向けるって………
怖かったし、辛かったろうな。
リーファ達でも、やれるかどうか。
スーパーや、ドラッグストアの並ぶ、明るい通りから右折して、工場街に入る。灯りもまばらで、人通りも少ない。
チカンが出そうで、普段なら怖がるとこだけど、今は寂れた雰囲気が、安心感を与えてくれる。
ますます、犯罪者っぽいな。
心の中で、ちょっと笑う。
ドローンの不吉な足音も、いつの間にか、聞こえなくなった。
このスピードなら、小学校まで、10分程だ。
「……メグ、よくやった。エライよ、お前、婦警さんを助けたんだ」
僕にしがみつく、腕に力がこもり、泣き声が大きくなった。
「め、メグ……凛を護るためだったら、何でもするもん」
僕は、胸が熱くなった。
実際に、それを目の当たりにしたから、言葉の持つ重みが違う。
ホント、頼りになるヤツだな、オマエ。
そういや、大阪大会の時から、知恵の回るところは、見せつけられて来たけど。
「頼りにしてるぜ? 小学校まで、もうすぐだ」
僕の背中に、顔をこすり付けてくる。
くすぐったい、温もり。
バックミラーを覗くと、遠くに、ヘッドライトが見えるくらいで、人通りも、車通りもゼロに近い。かなりの速度で、背後に流れていく、町工場も、仕事を終えて、軒並み、明かりが消えてる。工場街バンザイだ。
「り、凛が、オマエが死ぬくらいなら、俺が死ぬほうがいいって……プロポーズしてくれたから」
エヘ、エヘヘとか、壊れた笑い声がして、僕は、背筋ピンになった。
え、言いましたっけ?
そんな、恥ずかしい事、言ったんですか、アタイ?
ヤダ、死にたい!
でも、それ言ったら、ホントに半殺しにされそう、電撃で!
人差し指で、お腹グリグリすんのやめて、事故るよ?
時速50キロ程の、スピードがくれる風。
なのに、メッチャ汗がにじんでくる。
「メグ、怖くて仕方ないけど、どのタイミングで、女優、引退するかとか、どこで式あげるかとか……考えると、がんばれるもん。おかしいかな?」
うん、オカシイね、頭。
しかも、かなり。
「……メグ、披露宴の最前列に、ジャスミン、招待するまで死なない」
俺が死ぬわ!
どこで、そんな腹黒い事思いつくのか、頭ん中、見てみたいけど、見たくないね、恐ろしすぎて!
もう、女子イヤ!
こんなドロドロ、ついてけない!
あ、なんだよ、カラ太郎、カラ次郎。
バックステップで、遠ざかってんじゃねーよ、なんか言えよ?
頼りになる爆弾を、背中に積んで、ハンターカブは、夜の工場街を、走り抜ける。
今は刺激しちゃダメ。
フフ、ウフフ、とか笑いつつ、背中にグリグリ顔をこすり付けて来るに、まかせて放置を決意。
ここまで来たら、もう、勝手知ったる、地元だ。
パトカーと出くわしても、路地を使って、逃げ切れる自信がある。
どこかで、乗り捨てようと思ったけど、このまま、行くか?
そう思った時だった。
黒塗りのバンが、横から飛び出してきたのは。