女優志望は伊達じゃない
「え……」
情けない事に、僕は言葉が出てこなかった。
救いは、横で凍りついてる、メグも、僕も、バイクから降りてた事だ。
「あなた達、中学生? そのバイクは、どうしたの?」
険しい顔で近づいてくるのは、170センチ近くある、大柄な婦警さんだった。
なんていうの、ショートボブで、『柔道やりこんでまーす』な体格だ、強そう。
高速道路の下の幹線道路、午後22時近くに、小学生が、こんなトコにいたら、そりゃアカンよね?
オマケに、僕もメグも、かなり薄汚れてて、擦り傷だらけだ。
父さんに、叩き込まれた、市街戦での立ち回りが、辛うじて起動する。
『被害者になれ。持ち物を隠せ』
僕は、半泣きで、婦警さんに訴えた。
「お巡りさん、助けて下さい!」
左腕で、眼を覆いながら、右手で背中に挿してる、チーフスペシャルを抜き、背後のメグに向けて振る。
「何があったの?」
婦警さんが、僕の目の前に立つまで、3m。
メグが、銃を受け取る気配。
手のひらを、背中で振って、捨てろ、の合図。
通じてくれ。
次の瞬間、銃を腰に挿して、返却された。
あろうことか、メグの、スタン・バトンも、右手に、押し付けられる。
おい! 何してんの!?
僕は、思わず叫びそうになった。
裏切んの、まさか?
お仕置きだっちゃ、の代わり!?
「うわあああん!」
背後から、飛び出したメグが、大柄な婦警さんの胸に飛び込んだ。
「どうしたの!?」
驚く、お巡りさんの問いに答えず、メグは、抱きついたまま、悲痛な声を上げ続ける。
息継ぎをして、泣き続ける、雪女。
すげぇ。
何ていうか、今まで、怖くて仕方なかった感を、波動の様に放射してる。
僕のウソ泣きとは、格が違うわ。
「……まずは、落ち着こう? ね、大丈夫だから」
婦警さんは、メグに目の高さを合わせると、安心させるように、微笑む。
メグは、目をこすりながら、あうあうと、意味不明な声を上げ、婦警さんの背後を、指した。
ショートボブが、そっちに振り返った瞬間、メグの右手が、僕のやった様に、背中で、ヒラヒラ振られた。
僕は、素早く、空き缶や、コンビニ袋が散らばる側道の植え込みに、銃とバトンを押し込んだ。
また、棒立ちで泣きマネしながら、笑いを噛み殺す。
メグ、頼りになり過ぎだろ?
伊達に、女優ヲタじゃないよな。
「あっちがどうしたの?」
「バドガー……いっばい」
僕は、やっと出てきた、涙を浮かべたまま、そっと、そちらを伺う。
ぎょっとした。
マジで、アホみたいな数の、赤色灯の大群が押し寄せてくる。
反対車線からもだ。
サイレンと、道を空けて下さいの連呼に、ドライバーも、少ない歩行者も、不安そうに見ている。
「高速道路で、何かあったみたいなの……怖がらなくても大丈夫よ」
それだ!
僕は今更ながら、ゾッとする。
バイクで目的地を目指してたら、即、アウトだった!
自分達で、警察を呼び寄せておいて、そんな事にも気づかないなんて。
「そんな事より、お嬢ちゃん、何があったの? ご両親は?」
メグは、顔を覆って、また泣き出した。
ありがたい、時間を稼いでくれたお陰で、ストーリーを創作出来た。
ウソを付くときの基本。
『可能な限り、真実に寄せろ』
ラチのあかない、メグに尋ねるのを諦め、婦警さんは、僕のほうを向いた。
「君は? このコのお兄ちゃん?」
「はい……車で高速道路を走ってたら、何かが爆発したんです。妹と避難するよう、言われたんだけど、お父さん達、どうなったか……心配で」
「ええっ!? どうやってここまで、降りてきたの?」
「通りかかった、オバちゃんが、バイクに乗せてくれて……タクシー、呼んでくっから待ってろって、ユリが、指差した方に……」
「ふーん……」
眉をひそめて、遠くまで、暗い歩道を見透かそうとする、婦警さん。
僕は、上目遣いで、オドオドと尋ねる。
「あの……おばあちゃん、捕まえるんですか? 僕達も」
お姉さんは、困った様に笑った。
「んー、三人乗りしてるとこ、見たわけじゃないから、バイクを引いて、歩いて降りてきたって言われたら、何にもできないなあ」
つまり、そう言えって事だ。話が分かるな、この人。
「あの、僕達、家のカギを持ってないんです。しばらく、警察署で、待たせてもらえませんか?」
「そういう事になるわね。待ってて、署に報告するから」
僕は、ホッとした。
思いもよらないラッキーだ。
目的地は、変わったけど、警察署なら、まず安全。ドローンでも、突っ込んで来ない限り……
僕の耳が、地鳴り、いや、空鳴りをとらえたのはその時だ。
弾かれた様に顔を上げた、メグと、目が合う。
僕は叫んだ。
ムダだと知りながら。
「この音です! お巡りさん、この音がして、その後、何かが降ってきて、爆発したんです!」
婦警さんは、怪訝な顔で、空を見上げて、又、僕を見た。
「え? この、ブーンっていう音?」
ダメだ、この会話、噛み合った頃には、多分、手遅れ。
「僕達、逃げます! 婦警さんも!」
背中を向けようとする、僕を叱りつけた。
「ちょ、待ちなさい! 署に連絡して、それから……」
「それじゃ、手遅れなんです!」
ダメだ、走るか?
でも、メグを、連れて逃げ切れる、自身がない。
パトカーに乗ったら、いい標的になる……僕らが発見されていれば。
高速道路に、落とすヤツらだ、パトカーにも落とすかも。
そもそも、ドローン、何台あるんだよ!?
「婦警さん、お願いがあるの」
すすり泣きながら、メグが言った。
「なあに……」
振り返った僕らは、信じられない物を見た。
それは。
僕が隠した、M36をお姉さんに向けた、雪女。
凍りつく僕らに、メグは、光の消えた瞳で静かに言った。
「お兄ちゃんの言う事を聞いて。じゃないと、ドローンが降ってきて、みんな死にます」