銃弾に祈れ
「ウォッチマン、パッケージを警護しつつ、500m先のブラボーチームに、合流しろ。俺達は、後片付けがある」
「了解。メグ、走るぞ!」
「はい! 皆さん、ありがとうございました!」
メグが、頭を下げると、シヴァは軽く笑って、指で十字架を作った。
『幸運を』って意味だ。
僕はワンショルダーのバッグ、メグは、トートバッグを肩に掛け、白線の内側を、走り出した。
夜、九時過ぎ。
自分の足で走ると、オレンジ色の高速灯って、かなり間隔を空けて、設置されてるのが分かる。
走っても、ノロノロとしか、景色が進まない。
APEXのレイスになったつもりで、走ってるのに、せいぜい、スマブラの、デデデ・ランがいいとこだ。
メグを先に走らせ、僕は背後を警戒しながら、それに続くんだけど、長い髪が躍り、浅葱色のワンピースから、メグの匂いが漂って来る。
コイツ、結構足が速くて、助かるな。
僕達の前方、遥か遠くに、ハザードランプが見える。
田中さん達の乗った、SUVだ。
そこから、こちらに向かってくる、影。
僕は、走りながら、インカムのスイッチを入れる。普段から、レスリングで走り込まされているから、この程度なら、へっちゃらだ。
「こちら、ウォッチマン。前方のブラボーチーム、僕が見えるなら、手を上げてくれ」
前方の影が、手を上げた。
ホッとした、その時だった。
中央分離帯の向こう、反対車線で、ライトを消した、乗用車が、路肩に止まった。
「Halt!」
今、手を上げた影が、叫び、その車に、銃を向ける。
ドアが開いた時、ルームライトが光り、車内の人影を、浮かび上がらせた。
頭の数は4つ。
遠目にも、何かを持っているのが分かった。
ブラボーチームが、射撃を開始。
「エンゲージ!」
夜空に響き渡る、拳銃の咆哮。
相手も、応戦し始める。
ウソだろ、高速道路で、銃撃戦!?
一体、どこまでやるつもりだよ?
「メグ、伏せろ!」
間髪入れず、地面にダイブしたメグに、僕は被さる。
……なんか、コイツ、おかしいぞ?
妙に、動き、良くね?
考えるのは後だ。
僕は体の下の、メグの荒い呼吸を聞きながら、銃の撃鉄を上げる。
けど、構えない。
頼む、こっちに気づかないでくれ。
遮蔽物は、中央分離帯の、ガードレールだけ。
けど、あっちからは、角度的に、伏せてる僕達は、見えないはず。
平日の夜だから、交通量は、少ない。
遠くから、関係ない車が近づいてくると、示し合わせたように、両陣とも、射撃を中断するのに笑いそうになった。
どちらも、通報されたら困るもんな?
『ウォッチマン、敵二人が道路を渡り始めた。狙いはオマエラだ。退避せよ』
笑ってる場合じゃなかった。
メグにも聞こえてるはず。
体の下で、息を止めている。
「銃は?」
『二人とも所持。掩護する、近い方に、走れ』
ガードレールに、二人の男が、姿を現す。
肩から、銃を吊っているのを見て、心臓が止まりかけた。
サブマシンガンじゃん。
拳銃とは、火力が違いすぎる。
これ……詰んでるぞ。
一瞬、ハンズアップするか、迷う。
メグを、撃たせるわけには、行かない。
撃ち合えば、確実に負ける。
シヴァのいる方向から、銃弾がそいつらを襲う。
『走れ! 捕まったら、死ぬぞ!』
シヴァの怒声で、我に帰った。
そうだ、HAZEは、橘さんへの恨みで動いている。捕まったら、最後には、殺されるだろう。
やるしかない。
僕は、膝立ちで構えながら、伏せてるメグに言った。
「メグ、僕の陰にいろ。殺されたら、全力で走れ」
「イヤ! 絶対にあかん! そんなん許さん!」
言うと思った。
僕は、全弾撃ち尽くすつもりで、構えた。
頭の片隅で、弾切れになった時、相手のどちらかが生きていたら、俺の負けだと悟る。
それでも。
メグ、お前が死んで、俺が生きてるくらいなら……
俺は、死んだ方がマシなんだよ。
言ったろ?
俺はお前の盾なんだ。
いや、言ってなかったけど。
だから……
「お前が死ぬくらいなら、俺が代わりに死ぬ」
メグが、息を飲む気配。
俺は呟いた。祈りを込めて。
頼む、当たれ。
「殺……」
ピッピーと言う、場違いなクラクションの音に、僕は、意識を散らされた。
銃撃を受けている、男達ですら、そちらを見る。
蝿の止まりそうなスピードで、細いバイクが、進んできた。割烹着のノーヘル、オバちゃんが。
オレンジ色に照らされる、スズメでも、住み着いてそうな、デカイパーマ。 あ、ヘルメット無理かも、確かに。
奈良で見た、ターバンの、ノーヘル・インド人を思い出した。
じゃなくて!
なんで?
原チャリ、高速走れないだろ?
ぼんやりそう思ってるうちに、口を半開きにしてる、目つきの悪い中年二人に、喚き始めた。
……何語?
あ、訛ってるだけか?
「……八百屋さん?」
おばあさんが、振り回してる、大根をみて、メグが、呆然と呟く。
銃撃は、いつの間にか止んでいた。
シヴァの疲れた声が、インカムから流れる。
『シヴァより、全社員へ』
オバちゃんが、大根で、二人のアタマを立て続けに殴ると、敵は分離帯の芝生に、棒の如く倒れた。
折れた大根から、仕込まれてた、鉄パイプが露出し、照明を受けて鈍く光る。
「ターゲット、ツーダウン。ジェーンが仕留めた。撃つなよ、俺のハンターカブに当てたら、地獄に落とすぞ?」