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雪女は聞き逃さない




 衝撃と共に、背中がシートに押し付けられて、バウンドした。


 暗い車内で、揺れる視界、メグの悲鳴。


 軽く追突された、って気づいたのは、二秒後。

 僕は平気、メグは、僕の太ももに、もたれ掛かっていたから、頸を傷めずに済んだ。


 後ろを振り返らず、素早く、メグの上に被さる。サラサラと、黒髪が顔をくすぐる。

 僕達の上を、オレンジ色の高速灯が、影絵みたいに通り過ぎていく。

 

 21時の高速道路・近畿道。

 通行量は、極端に少ない。


『どうした?』


 僕は、冷静に尋ねてくる、スマホ(橘さん)に喚く。


敵と接触(コンタクト)! 背後から追突! 損傷軽微!」


 頭を低くして、振り返っていた、助手席の髭面が、運転席のシヴァに、報告する。


「グリルガードの付いた四駆。乗員は4人以上……銃器は、確認できず。ギャング(半グレ)くさいな」


 シヴァは、世間話でもするように、平然と言った。


タンゴ()が近寄って来るって事は、ドローンが降ってくることは無いな……シヴァより、全社員へ通達」


 インカムに向けて喋る、シヴァの冷静な声を聞きながら、僕はメグに囁いた。


「メグ、ここからは、冗談なしだ。僕が良いって言うまで、このまま。いいな?」


「はい」


 僕のハーフパンツを握り、か細い声で返事。


 華奢な体、柔らかい頬。太ももに伝わる、メグの鼓動。

 

 その匂いが、恐怖と緊張を追い払った。

 闘志が取って代わる。

 

 僕は、雪女の盾だ。

 絶対に護る。


 シヴァが、平静な声で言った。


「坊主、そのままで、よく聞け。先を走ってる、ブラボーチームを追い越す」


 そう言いながら、車体を加速させる、中年の白人。湾曲した、シューティンググラスで、表情は見えないけど、全く動じた気配がない。


 僕の心臓は、早鐘を打ちっ放しなのに。


 助手席の髭面は、油断なく、後方を注視している。

 

「背後に回り込んだブラボーが、タイヤを撃ち抜く。2次被害を……」


cross bow(ボウガン)!」


 髭面の叫び声と、銃声は、ほぼ同時だった。


 車内で湧き起こった、突然の轟音と、火薬臭。

 ガラスの砕ける音と、メグの悲鳴、シヴァの苦鳴。

 

 減速する四駆、更なる速射、戦場特有の、理性を奪う、狂乱の騒音。


 車体が、ガリガリと、高速の壁を擦りながら、減速して行く。

 

「敵・ドライバー、ダウン! 突っ込んできます!」


 髭面の叫びに、シヴァが警告。


「耐ショック姿勢!」


「メグ、僕に掴まってろ!」


 僕は、さっき取り出した、M36チーフスペシャルを、握りしめた。メグが、僕の胴に回した腕に力を込める。


 さっきの数倍の衝撃が、ぼくの体を突き抜けた。シートベルトが体に食い込み、悲鳴を上げる。


 けど、こっちも、走っていたのが救いだ、覚悟していた程の、ショックじゃない。

 

 同時に、圧縮空気が吹き出す音。

 エアバッグだ。シヴァと、髭面の悲鳴が聞こえた。後部座席にはない。


 車体は、惰性で進み、壁に擦れて止まった。


「ボーン、ウォッチマン、来るぞ! 車から出るな!」


 遊びのない、シヴァの警告に、僕はふらつく頭を振る。


 メグは、大丈夫か?


 そう思いながらも、振り返る方を優先した。


 心臓が、止まりそうになった。


 首まで、入れ墨の入った金髪が、助手席側(メグ側)に、バットを持ったデブが、運転席側に駆け寄って来ている。高速灯で、橙色に暗く照らされ、趣味の悪い影絵みたいだ。


 視界が狭くなり、FPSでやられかけた時みたいに、赤くなった。


 僕の膝から、ずり落ちる、雪女。

 迷ったのは、一瞬だった。


 シートベルトも、そのままに、M36で金髪の胸を()()()()


 狙うな。指差せ。

 

 橘さんの所有する、廃工場の地下で、師匠(グル)に叩き込まれた、心構え。


 途端に、頭がクリアーになる。


 頭の安全装置を、外す呪文。

 僕は呟いた。


(シャア)


 轟音と共に、サイドウィンドウを、貫通した模擬弾は、長身の金髪を直撃、持っていた、小型の斧と一緒に吹っ飛んだ。


 メグの脅威を無効化。

 僕は、背後に銃を向けようとした。


 間に合わなかった。


 サイドウィンドウの割れる音、バットは、右の二の腕を、掠っただけだったけど、ダメージは充分だった。


 僕は、悲鳴を上げて、銃を車内に落とす。

 握力どころか、右腕の感覚が無い!


 暗い車内、座席の足元に横たわって、自分のトートバッグをガサガサやってる、メグ。

 

 こんな時なのに、笑いそうになった。

 110番は間に合わないって。


 空白になってる思考を、言葉がゆっくり横切る。


 護らなきゃ

 コイツ(メグ)は 俺の もんだから


 音速で振り向くと、逆光の中、顔面血だらけで、バットを逆手に持ち直した、デブと眼が合う。

 チラリと、メグを見てから、僕に憎悪の視線を向けた。


 眼が飛んでる。

 平気で、殺すだろう。


 僕を。

 メグを。


 コイツのバット。

 俺の足裏キック。


 どっちが早いか。

 

  雄叫びを上げ、シートベルトに絡まったまま、右足を振り上げた。

 

 「オレ()の女、見てんじゃねえ!」


 僕の股間に向かって、バットの頭を向けていた、デブの腕に力が入るのが分かった。


 間に合わない。


 メグ、ゴメン。逃げてくれ。


 次の瞬間、デブが真っ白になった。

 強烈なストロボフラッシュで。


 悲鳴を上げて、顔をそらすデブ。


 ジャキン、という金属音、視界の端から襲いかかる黒い蛇が、デブの横顔にめり込む。

 

 青白い火花と、溶接するような、バチバチ音、情けない絶叫。


 同時に、運転席から、轟く銃声。


 デブは、足を撃ち抜かれ、くるりと回って、倒れた。


「ウォッチマン、ラブ(お嬢ちゃん)無事か!?」


 運転席側の窓から身を乗り出して、銃撃した、シヴァが、叫んだ。


 シートベルトと、エアバッグに挟まれ、左肩から、血を流している。

 ボウガンが掠ったんだ。


 助手席が開き、髭面が、銃を構えて降りた。


 僕は、信じられない思いで、もう一度、暗い車内を振り返る。


 こちらにつむじを向けて、僕の膝に手をつき、肩で息をしているメグ。


 手に持っていた、黒いバトンを落とし、僕の顔を掴んだ。


「凛! 大丈夫!?」


「あ、うん……」


 バットの当たった、肩の痺れは、大分治まってる。


 メグの顔がくしゃってなる。

 今日、何回見たかな、この顔。

 もう見慣れちゃったけど……


 やっぱり可愛いわ。


 僕の頬に、唇を押し付けると、胸に飛び込んで、泣き出した。


 僕の命を救ってくれた、足元の、黒いバトンをぼんやりと見た。


 護身用ショックバトン。

 目つぶしのフラッシュライトを備えた、スタンガンだ。


 なんで、こんなもの……


 あ……


 米沢の件か。


 ……こんなものが無いと、怖くて眠れなかったんだろうか。


 僕は胸が熱くなり、メグをしっかりと抱きしめた。


 バストが、僕の胸で潰れる感触。

 いいや、なんでも。


「ありがとう、メグ、助かった」


 クリアー!


 髭面が叫ぶ声を聞きながら、僕は思った。


 立場無いよな、護るって言ったのに。


「私の方を……先に撃ったでしょ?」


 一瞬考えて、僕は理解した。

 メグの脅威を、先に排除した事を言ってるんだ。


「女子を護るのは、当たり前だろ?」


 メグが、顔を上げて、頬を膨らませた。


 オレンジ色の高速灯が照らす中、腫れた目でも、雪女はキレイだった。

 

 コイツ、今日、一生分泣いたんじゃね?


「そこは、さっきみたいに、『俺の女だから』って言うところなの!」


 ナニソレ?

 僕、そんな事言ったっけ?


 そう言う間もなく、薄く目を閉じた、顔が迫って来た。


「……お仕置きです」


 キラキラと、ヘッドライトが流れて行く中、雪女の柔らかい唇が、僕のそれに重なった。

 

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