フレ、フレ、ワタシ
僕は、天井に貼ってある、時代劇のポスターに集中しようとした。
雪女の出す、不思議な香りに、必死で抵抗する。
「メグ、服着ろって」
「ヤ。ちゃんと、メグのコト……見て……くれるまでは、着ないもん」
声が、微かに震えている。
雨だったし、お昼から、部屋の灯りはずっと、ついてる。古びて、いっそ、プレミア付いてそうな、ポスターの表面が、白く反射して読めない。
片目のサムライが、雨に打たれて、刀を構えてる。
無用ノ介・駆け込み寺……
メグ……趣味に、オリジナリティありすぎだろ?
他の事を考えて、意識をそらそうとしても、メグの体温が、感じられる位の近さだから、ムリ。
雪女の体から、立ち昇る熱気に、チリチリする。
これ……シヴァにも聞かれてる事、メグに言えなくなったぞ。
「凛さん、おバカだから、言っとかなきゃ……メグ、男子と、手をつないだことも、ないんだから」
「えっ、なんで!?」
思わず、メグを見た。
間近で、見上げるメグ。
赤くなった、ツヤのある肌を、ピンクの布地が覆っている。
押し上げる膨らみが、イヤでも ――ホントデス―― 目に入った。
コイツ……
それなりに……ゴザイマス
ナディア程じゃないけど、リーファよりある。
ブッチギリでオリガ、ジャス子はこれから。
でも、生で見ちゃった、ジャス子のが、一番インパクト強かったり……
「イデェ!」
ニッコリ笑って、メグが僕の足をグリグリ踏んづけてる。
「メグのおっぱい、誰と比べてるのかなー?」
ウソだろ、エスパーですか、この人!?
「ななななんで!?」
しまった!
ゴマかせよ、そこは!
メグが、仁王様みたいな顔で、怒る。
「チラッて、メグのを見てから、目を泳がせてたら、分かるに決まってますっ!」
「……ハイ。ゴメンナサイ」
もう、いまさら、カッコつけようないもんなあ。
カラ太郎・カラ次郎兄弟にも、disられてるし。
あーそーだよ、僕は小5に侠立ちする、Dランクキャラだよ学校でバレたら死んでやる。
情けなくうなだれると、メグが、切なそうな顔になった。
「……もう、ホントズルい。だから、みんなも、許しちゃうんだろな……メグ、男の子になんか、興味なかったもん。結構いっぱい、告白されたんですけどね? エッヘン」
「……だろうな」
ムッと不機嫌になる、雪女。
「感想はそれだけですか? 芸能人もいたんですからね」
「お、おう」
下唇を突き出し、ジト目で睨んでたけど、ため息をついた。
「ホント、メグなんかに、興味ないんだなあ」
ションボリするなで肩に、あわてて言った。
「い、いや、オマエなら、別に不思議じゃないから……」
ぷっくー、とふくれて、メグは腰に手を当てた。
「そんな言葉が、聞きたいんじゃないもん! こっち向いて!」
僕の顔を挟み、天井みてるのを、強引に下へ向けさせようとする、メグ。
ヤメロ、いい匂いがするから。
「いや、服着ろって。結構冷えてきたから、風邪ひくぞ?」
またベソをかきはじめる、メグ。
「何でそんなに、冷静なんですか?」
そうでもないわ。
ああ、めんどくせぇ。
「メグ……ここまでしたのに……立場ないよ……きゃっ!?」
僕は、メグの膝をすくい、お姫様抱っこすると、半目で顔を寄せた。
驚いて、縮こまるメグを叱る。
「ホラ、体冷たい……女の子は、冷やしたら駄目なんだぞ……布団連れてってやる」
メグは、パニクって声を上げた。
「は、え? ちょ、待って!」
脚をバタバタさせてるクセに、思いっきりしがみついてくる、雪女。
「待って、待って下さい! 雨戸閉めて、シャワー浴びてから! そ、それと先に婚姻届!」
持ってんのかよ?
取り合わず、僕は、羽のように軽い雪女を抱えて、ベッドに向かう。
掛け布団に、放り出されていた銃を、つま先でそうっと脇に避けてから、夏掛けを、乱暴に蹴ってめくる。
ベッドに、メグを横たえても、全身、真っ赤になった雪女は、僕を離さなかった。
「どどどうしても、待てないんなら……」
皮膚に食い込むくらい、僕の手首を、強く握って離さない。
ヤケクソまる出しで、メグは固く、眼をつぶって喚いた。
「優しくしてください、初めてなんだからあ!」
「僕もだ」
そういって、バランスの取れた、セミヌードに、掛け布団を掛けた。銃は、畳にのける。
目の毒過ぎるわ。
「……へ?」
キョトンとするメグに、顔を近づけると、おでこにかかる前髪を、梳いてあげながら、僕は怖い顔で言った。
「いいか、いまからする事、内緒だからな? 誰にもした事、ないんだからな!」
エロい事では無いと察したのか、不思議そうに頷くメグ。
僕は、顔が熱くなるのを、感じながら、スマホを引き寄せた。
うわあ、ホントにやんのかよ、俺?
咳払いをしながら、画面をタップ。
あー、あー、って、どら声で発声すると、メグが、びくっとした。
スマホから、前奏が流れ始める。
メグの枕のすぐそばに、頬杖をついて、ぼやいた。
「オリガも、ジャス子も、お前も、歌上手いから……ヤなんだけど」
何をするのか察した、メグの顔が、明るく輝く。
リズムをとって、僕は歌い始めた。
Walk away……if you want to
It's OK, if you need to
歌が進むに連れて、メグの頬に赤みが指し、ホントに嬉しそうにしてくれる。
僕も、気楽に歌うことが出来た。
デフ・レパードの、I'll be two steps behind 。
ホントにいい曲なんだけど……
いい思い出ではないかな。
スマホで流す、カラオケのコーラスに、タイミングを合わせる。
Whatever you do
I'll be two steps behind you
メグの嬉しそうな顔よ。
僕も、顔がほころぶ。
すぐ後ろにいるよ
ベイビー
すぐ後ろにいるから……
歌い終えると、メグが、拍手をして、足をバタバタさせ、黄色い声を上げてくれた。
雪女は、真っ赤な、顔を覆うと、声を絞り出す。
「……なんで、そんなカッコイイことするかな……ズルい……」
「そりゃ良かった。昔、英語の勉強がわりに、歌を覚えさせられたんだ。いい思い出じゃないんだけど……恥ずかしいから、内緒な」
「誰にもいいません! もったいないもん……もうダメ、全然ダメ……」
メグは、赤い顔で深呼吸すると……
「フレ、フレ、ワタシ」
そう言うと、布団をはぐって、切ない顔で僕を誘った。
……自分の横に。
僕の笑顔が固まる。蛍光灯を照り返す、唇がこう言ったから。
「腕枕して下さい……メグの、一生のお願いです」