セクハラの定義
「……って言うようなカンジ……です、ハイ」
「……ふーん」
話が長くなったので、メグは正座をやめて、足を伸ばしている。
それでも、膝枕はやめてくれない。
耳かきで頬をトントンし続けるのも。
窓の外に広がり始めた夕焼け。
メグの白い浴衣のそばに転がる、僕のスマホと、リボルバー。
正直なとこ、狙われてる緊張感は、大分無くなってる。
今日、敵が来るって、限らないのも原因だ。
それどころじゃない、確実な殺意、今、確かに、命の危険をひしひしと感じているんだもの。
話が進めば進むほど、耳あかが、僕の顔に散らばるし、耳かきの先端が、頬に何ヶ所もグリグリと押し付けられて、きっと、アトになってる。
ジャス子が病室に、泊まる事になった辺りで、
「……脳みそって、耳からかき出せるのか、メグ、興味津々です」
とか、いって、耳かき、ゆっくり、耳に入れてくるんだぜ?
ハンター×ハンターの、ホラ……アレ……ネコみたいなヤツが、捕虜の脳みそに、なんかグリグリ突っ込んで、喋らせてるコマが頭をよぎった!
「聞いてたろ!? 事故だよ事故! しゃーなしだって!」
顔を動かさないように、力説するって、難易度高いよね?
今なら、アイクラの切り離しだって、できそうな気がする。
あと……
「あのさ……浴衣、僕の汗で濡れて、さすがに申し訳ない……」
言い終わらないうちに、頭が持ち上げられ、2秒もたたないうちに、頭が戻された。
僕の頬が、めり込むほどの柔らかさと、ハリ、体温、熱を持った匂い。
え、ナニ、このすべすべの感触。
生きた枕?
お値段据え置きで、9880円?
僕は、思わず、下を見ないで、そうっと撫でてしまった。
ビクン、と枕が跳ね、
「おさわり禁止ですっ!」
「ふごっ」
バチーンと、テーブル叩くみたいに、横顔をはたかれた。
「あ……ゴメンナサイ」
イッデェ、超イデェ!
僕は、あまりの痛さに、頬を押さえて、体を丸めた。
僕はさすがにキレた。
積もり積もった、うっぷんだ。
んだよ、僕が何したってんだよ、理不尽すぎるだろ!?
ヤメだ、ヤメ、やってられっか!
体を起こして、メグに向き直る。
びっくりして、僕を見てる顔に、怒鳴ってやろうとした。
米沢に会いに行ってる、田中さん達が……
お互い、動きが止まる。
米沢。
そうだ、メグ、痴漢されてたんだ!
今、俺がおんなじ事やってどうすんだよ!
それに、チカンすりゃ、殴られて当然だよな、逆ギレしてどうすんだ!
「す、スマン!」
「……へ?」
表情は変えず、間の抜けた声を漏らす、白い顔。黒い髪。
僕は、大慌てで、膝を付いたまま、頭を下げた。
「だ、大丈夫か!」
ぼくは、はだけた浴衣から見える、白い太ももを、思わず撫でようとして、固まった。
また触ろうとして、どうすんだよ、僕!?
「イヤな目に、あったところだったよな、スマン! マジゴメン!」
メグ、呆気にとられた顔をしてたけど、
ため息を付いた。
「後ろを向いて下さい……座ったまま」
僕は、言葉を呑み込んで……言うとおりにした。
正直に言います、ビクビクしてます。
チラリと、畳の上に転がっている、銃を見る。
メグ達には言ってないけど、至近距離から急所に撃ち込んだら、死んじゃうんだよね、例え、模擬弾でも。
正座して、判決を待っている、僕の側まで、ハイハイで進んでくると、デニムのハーフパンツの膝に、ごろんと頭をのせてきた。
驚いて、見下ろす僕と、目が合う。
頬を染めて微笑む白い顔。
畳に黒髪が広がり、泣いてたせいで、眼が少し赤いけど、吸い込まれるような、黒い瞳から、眼が離せない。
「……凛さん、セクハラって、好きな人にされたい事を、嫌いな人にされる事なんです。この場合、当てはまらないですよー」
僕は、眉をひそめて、言葉の意味を考える。
理解して、衝撃を受けた。
「え! 僕、メグに嫌われてなかったのか!?」
メグは、ぽかんと口を開けた。
珍種の生き物でも、見るような目で、ようよう言った。
「本気で言ってるように、聞こえるんですケド……」
「え……だって、ナディア達にしとけば良かったって、泣いてたし……」
口を尖らせて、僕の両手に、指を絡ます。
「昔の話ですっ! 今は、感謝してるもん……」
頬を染めて、不満げに顔をそらす、メグを眺めた。
そっか、嫌われてなかったのか。
メッチャ、ホッとした。
そしたら、気付いた。
なんか……コイツスタイルよくね?
バンザイして、軽く片足を曲げた、寝姿。
それだけで、サマになってるとこが、メグのスゴイとこだよな。
はだけた、浴衣から見える、脚の長い事……
……え?
僕は陶器みたいにツヤツヤ光る、太ももの付け根に、目が吸い寄せられた。
見えてます。
薄いピンクの布地を縁どる、黄色のステッチが作る三角の部分、浴衣の裾から、コンニチワしてます。
いや、何でか分からないけど、目が離せません。
メグが、頭を起こして笑った。
「何で、メグの頭を押すんですか? メグ、沢山、膝枕してあげた……」
言葉が途切れた。
メグの頭を、押し上げたモノを、ガン見している。
凍りつく時間。
見開いた眼で、脂汗を滝のように流す僕を見上げ、次いで、視線の先を追う。
終着地点が、自分のパンツだと気づいたらしく、数秒凍結。
もう一度、僕をノロノロと見上げ……
つんざくような、悲鳴を上げた。