3先の賞品
「安心してください、非殺傷弾です。それと、アメリカの小学生と同じで、ぼく、射撃の練習はしてきたけど、人を撃ったことはないですよ?」
鈴木さんは、安心した様に笑うと、メグから身を離した。
「出来るだけ、早く帰ってくるわね……がんばりなさい、いい演技の肥やしになるわよ?」
「……それどころ、ちゃうもん」
鈴木さんは、不安そうなメグの頭を撫でると、田中さんの後を追った。
メグは、ノロノロと僕の方を向くと、手のひらを、おへその下辺りで重ねて、俯いた。顔は真っ赤。
内気な大和撫子。
そんな、セリフが頭をよぎる。
佇まい……っていうの? それが妹属性っていうか、なんか、護ってやらなきゃって気持ちになるんだよ、コイツ。
上がり框との段差で、ちょうどいい位置にある、天使の輪っかが、光る黒髪。
ついつい、ポテチみたいに、手が伸びる。
僕は、白いリボンごと、撫でながら言った。
「上がれよ、裸足じゃん。何かして遊ぼうぜ」
「嘘だろ、オイ!」
「キター! メグの勝ち!」
隣のメグが、拳を突き上げる。
メグの自室、僕はテレビの画面を信じられない思いで見ていた。
……夢じゃない。
リザルト画面は、正直だ。
Switchの『ぷよテト2』で、僕はメグに負けてしまった。『ぷよテト』は、ぷよぷよとテトリスが合体した、良ゲーだ。
……ぷよぷよ、そこそこ自信あったんだぜ?
少なくとも、学校では上位勢だ。
メグに、
「ぷよぷよ、やりません? 今日一日、勝った方の言う事を、聞くってルールで……もちろん、林堂さんの指示には従います。それとは別で」
「あー……僕、割と得意だぜ?」
「えー、失敗したかなあ……ま、いいか」
だまされた。
どこのガチ勢かって勢いで、メグがぷよを連鎖して、僕は瞬殺されたんだ。
「も、もう一回! 今度は、本気!」
「いいですよ」
メグの、普段と変わらない笑顔に、僕は焦る。
冗談じゃない、ゲームでメグに負けたら、ナディア達に一生イジられるって!
スマブラで、二人いるからオトクって理由で、アイクラ選ぶ素人だぞ?
マリオとルイージの区別もつかない、5年生だぞ、現代人じゃないんだぞ?
僕は、深呼吸して、なんでメグが持ってんだか、分からない、プロコンを握る。
メグはジョイコン。平然としている。
集中だ、負けるな、僕!
……アッサリ負けました、ハイ。
何? 何でそんなに迷い無く、ガンガン積めるの?
「も、もう一回! 頼む!」
何かの、何かの間違いだ!
メグは、ジト目で僕を見る。
どこか得意げなのが、メッチャムカつく!
「えー……最後ですよ?」
「お、おう、3先な!」
「その代わり、負けたら、ちゃーんと言う事聞いてくださいね?」
「俺に二言は、あんまり無い! 早く始めろ!」
3戦目は、お互い、ギリギリまで積み上げ、いい勝負に。
『解けた!』
僕のぷよが、連鎖して消え、代わりにメグの方に飛ぶ。
よし、勝てる!後、少しでゲームセットだ!
そう思った瞬間。
『解けた! ビビって来た!』
あろう事か、僕の方から飛んだぷよで、メグの方の連鎖が始まる!
『サイン、コサイン、タンジェント!』
「ハァぁ!?」
あっけに取られている、僕の眼前で、次々と連鎖して消えていくメグのぷよ。
当然、そいつらが飛んできて、僕の方は一杯に。
ばたんきゅー、とか言って倒れてる自キャラを呆然と見つめる。
「……今の、GTRって言う、テクニックなんですけど……知らなかったです?」
「あ……お前、騙したな!? ガチ勢だったのか!」
にしし、と邪悪に笑うメグ。
つーんと、横を向くと、得意げに言った。
「騙してませーん、聞かれなかったもーん」
「……さ、林堂さん、今日はメグの言いなりですよ?」
ふてくされる僕に、座布団の上で正座したメグが、ニコニコ顔で宣言する。
ふくれっ面で返事しない僕。
コレ、だまし討ちじゃん。
何だよGTRって? 知らんわそんな、ぷよぷよ専門用語。
そりゃ、確かに、僕、聞かなかったけどさ、僕なら、スマブラやる時……何も言わんな、確かに。
「じゃ、ここに寝てください」
真っ赤な顔で、自分の浴衣の太ももを、ぽんぽん叩いて言った。
「耳掃除してあげます」
いらんわ、アホか!
……そう叫びそうになったけど。
赤い顔で、メグが睨みつけて来るもんな。
怖いって言うより、悔しいけど可愛い。
「……約束でしょ? 二言はあんまりないんでしょ?」
ふくれっ面の半目で見返す僕を見て、メグが耳かきを持ったまま、口許を覆って笑った。
「やだ……林堂さん、その顔、カワイイ!」
チクショウ、からかいやがって。
僕は、そっぽを向いて、窓の外を眺めた。
少しだけ傾いた太陽。
まだまだ、暑い。
「もう……くるくる、色んな顔を見せて来るんだから……ズルいよ」
メグが、膝でにじり寄ってくる気配。
僕の頭をそっと挟むと、自分の膝に向かって倒した。
さすがに、ここで拒否ったら、もっとカッコ悪いから、我慢して、寝転ぶ。スマホと、拳銃だけは、手の届くところに置いた。
模擬弾だって知ってから、メグは、あまり銃を怖がらない。助かる。
太ももの柔らかさに、僕は体が強張る。
メグの体にも、一瞬、緊張が走るのがわかった。
メグの優しい香りと、浴衣の柔軟剤の匂いで、心臓が、うるさい。
なんだよ、メグだぞ、おバカのメグだ。
照れるなんて、ナイナイ!
そう、自分に言い聞かせてたら、タンスに付いてる、姿見に、膝枕してもらってる自分が映っているが目に入り、一気に顔が熱くなった。
メグの細い指が、耳を出すため、僕の髪をかきあげた。僕は、くすぐったい、とは、違う感覚に、ビクンとなる。
「動いたら、危ないですよ……髪、汗の匂いがする。男の子なんですね」
「あ、当たり前だろ、変な事言うなって!」
僕のエラソーな返事にも、クスクス笑うだけ。
そっと、耳かきが、耳の中に侵入して来た。
また、体が強張る。
「ゴメンナサイ、危ないから、入り口だけにしときますね……ホントは」
空いた手で、ぼくの肩をそっと撫でてくる、メグ。
「ただ、膝枕したかったんです……林堂さんを」
いつもと違う、静かな声で囁かれ、僕は頭の中が真っ赤になった。
雪女みたいな、女の子……
イヤイヤ、あかんやろ、5年生だぞ、年下だぞ!?
クラっとか来てないぞ、あのメグだぞ!
それでも。
姿見に映る、黒髪の浴衣美人は、なんだか、夢の中の住人に思えた。
ひんやりした手が、耳に当たる。
鼓動がうるさい。
え、どうすりゃいい、僕?
そうだ、動くな、終わるまで、石になるんだ!
「メグ……男の人に、本気で叱られたの、初めてでした。パパ、甘いし」
……クレームすか。
確かに言い過ぎたもんな……
「……うれしかった」
え、そなの!?
僕の袖を握り締める、メグの手。
「メグ……こんな気持ち……」
その時、僕のスマホが光った。
一瞬で、気持が切り替わる。
メグも、すぐに、耳かきを抜いてくれた。
顔を起こし、画面を睨む。
監視からか?
……違った。
「なんだ、ジャス子か……連絡ガマンするって言っといて……」
僕は、ホッとした。
だから、気付かなかった。
自分の、処刑執行文を、読み上げた事に。
突然、周囲の気温が下がった。
凍える程に。
え? 何? 何事?
強い力で、太ももに頭を押し戻され、耳かきが、乱暴に突っ込まれた。
少しでも、動いたら、鼓膜が破れる、ギリギリまで。
姿見に映る雪女の眼は、俯いた前髪で見えない。
アブラ汗が、にじみはじめた僕に、吹雪の様な声が降ってきた。
「出たらどうです? ジャスミンさん、連絡ガマンしてたんでしょ? メグの事は気にしないで下さい……ここは動きませんけど」