同じステージに
「あ、スミマセン。それでも、lineにはでてくれるんですね……」
午後三時過ぎの和室。
メグと、その両親が、固唾を飲んで耳を傾けている。
鈴木さんは、仕事モードの時は、感情を表に出さない人だけど、メグの未来がかかっているから、眼鏡の奥の視線は険しい。
ただし、スピーカーにはしていないから、僕の返事で、話の内容を推測するだけだ。
橘さん、無神経で、口悪いから、聞かせるのはちょっと……ね。
『……まあ、君に直接話しておかないと、いかん事もあったからな』
「え、それ、何ですか?」
『それより、何の用だ?』
「そうだ、こないだの事なんですけど……」
僕は、いま、メグの家にいる事を説明し、クレアプロの二代目がどうなったか、メグの両親の事務所が、嫌がらせを受けている事を、強調した。
案の定、橘さんが、舌打ちする。
スピーカーにしてなくて良かった。
スマブラで鍛えた先読みだ。
『そんな事で、起こしたのか? 私になんの関係が……』
「あ、メグ、リーファの妹分って言うの忘れてた。超・感謝されるでしょうね」
『それを先に言え……といっても、私が何かする必要は、無いだろうな。米沢は変わったよ』
「……なんの事です? 橘さん達がロボトミー手術でもしたんですか?」
『真面目な話だ。自爆兵にされた、少女の代わりに、死のうとした。自分から……な。その少女が、どこかで暮らしている、自分の娘と同じくらいの年だったからだ。死なずに済んだが、右手が折れた。それを見ながら笑ってたよ。いい気味だ、この手で年端も行かない子供たちを、傷つけたんだから、とな。リーファには話してある』
僕は、頭が空白になった。
……何だよ、一体。
りょうちんといい、米沢といい、イイヤツになるの、流行ってんの?
『今、入院してるが、そっちにヤツから連絡があるかもしれん。米沢が助けた娘が、ずっと看ているから……』
その時、スマホのコール音がした。
田中さんが、テーブルの上のスマホをとる。
「私だ、失礼……もしもし」
立ち上がって、席を外そうとする、田中さん。
「……はい、私ですが……どちら様ですか?」
橘さんが続ける。
『その女の名前は、左舷蝶々』
「……左舷さん?」
僕は、スマホに尋ね返す、田中さんに向かって素早く言った。
「それ、クレアプロ二代目の、代理の人です。話を聞いてあげてください。謝罪の電話かも知れません」
驚く、メグ達。
橘さんが、リーファの名前を出した以上、内容は確かだ。
「その人、米沢さんが身を挺して、助けた女性です。その際、自分の折れた右手を見て、いい気味だ、この手が、子供たちを傷つけて来たんだから、って言ったそうです。聞いてみてください」
驚いて立ち上がる、鈴木さんを制し、田中さんは、廊下に出た。
口元を覆うメグに頷き、僕は橘さんと、電話を続ける。
「今、左舷さんから、連絡がありました。ありがとうございます」
『なら、次はこっちの用件だな……橘、林堂、香咲の三家が、ターゲットにされた。目的は、私を苦しめる事。相手は、例の奴らだ』
数秒して、僕の体を稲妻が貫く。
「それって……橘さんがずっと追ってる……」
『そうだ、やっと尻尾を掴んだ。組織の名はHAZE』
僕は、言葉が出なかった。
長い間、梁家につきまとって来たヤツ。
リーファに護衛付きの生活を強いたヤツら。
どれだけ、ぶん殴っても飽き足りない。
『そいつらは、あおせ小学校の校庭にガソリンを積んだ軽トラを突っ込ませた。左舷の代わりに運転したのが、米沢だ』
「……!」
二度目の落雷。
食いしばった歯から、呻きが漏れる。
ぼくらの、小学校に……
ジン達や、友達のいる場所に……!
メグと鈴木さんが、瞬きもせずに、僕を見ているが、それどころじゃない。
『ムカつくが、黒幕は、まだ逃走中だ。必ず仕留めるが……』
珍しく、橘さんが言い淀んだ。
『この数日中が勝負だ。その間……自宅か、リーファのマンションに、篭っていてくれないか? ナディア君には、マフディの者が付いてる。君には最高の護衛を付けた。家族の了承は貰っている』
「……」
僕が無言なのを誤解したのか、橘さんが、静かに言った。
『……林堂くん、一度も言った事が無かったな。私達が、大変な迷惑……』
「やっと汚ねェ、ケツを見せたんですね?」
言葉を飲む橘さんと、息を呑むメグ達。
僕は、口元が吊り上がって行くのを止められなかった。
やっとだ。
「やっと、オレの夢が叶うんですね? 大怪我して、泣きながら、這いずりまわった事が、無駄にならずに済むんですね?」
真っ青なメグ、口を開けている鈴木さん。
理由は分かる。
俺が笑っているからだ。
多分、悪魔みたいな顔で。
「橘、マフディ、林堂……引き、弱いスね、ソイツら……命を狙われてるのは、あっちだっての」
『……そうだな』
「最高です。やっと、相棒と同じステージに立てた。ところで、迷惑がなんですぅ?」
煽ってやると、ケッ、と吐き捨てる橘さん。
『何でもねえ。さっさと、そこを出ろ。その家族も、的にかけられるかも知れん』
「それは困ります」
途端にテンションが下がる。
この、嫌な気分。
自分の身の危険とは、また違う種類の焦り。
『護衛が陰から、監視しているはずだが、この二、三日は大人しくしてろ。ゴミ掃除は大人の仕事だ。じゃあな』
僕がスマホを下ろすと、口許をへの字にして涙を流しているメグ。
何故か、責めるように僕を見ていた。
そして、鈴木さんが当然の事を僕に尋ねる。
「……何があったの?」





