雪女はご機嫌斜め
「これも、良かったら食べてください」
「お、おう……」
浴衣の袖を、汚さないようにしながら、かぼちゃの天ぷらを、つゆの入ったお皿に運んでくれるメグ。
片手で袂を、たくし上げる仕草が、女の子っぽ過ぎて、緊張に負けじと、エラソーに返事をしてしまう。
アップに結い上げた髪。
うなじから、なんだか清潔感のある香りがして、キョドってる自分に戸惑う。
そっと、鈴木さんを盗み見るけど、あれ以来ニコニコしてるだけだ。
田中さんは、複雑な顔で、メグを見ている。
かぼちゃの天ぷらをかじりつつ、僕はホッとした。鈴木さんに、採点しろって言われたけど、恥ずかしくて言えないし。
メグにも、似合いますか? とも聞かれない。
浴衣の着こなしも、所作も、スゴくサマになってるし、点数付けるなら、100点以上だ。
絶対言わんけど。
隣で、麦茶を注いでくれる、メグをチラ見しながら、コイツモテそうなのに、何で僕の世話なんかしてんだろう、とか不思議に思ったよ。
そこいらのアイドルより、ずっと可愛いもん。
「……メグ、その浴衣、撮影でも絶対着ようとしなかったのにな……一番映えるのに」
田中さんが、しみじみと言った。
メグがくちばしを尖らせる。
「えー、だって、これ、気に入ってるから、特別な時にしか着ないって、決めてたもん」
僕は、不思議に思って、訊いた。
「そうなの?」
「そーなんです」
にしし、と笑うメグ。
……メグの特別ってなんだ?
あ。
「そうか。頑張るって決めたんだもんな。そりゃ特別だ」
メグは、キョトンと、僕を見上げてから、吹き出した。
「ホントに、林堂さんったら……そうですよ」
メグはキラキラ光る、潤んだ眼で僕を見上げた。顔が真っ赤だ。
「頑張るって決めたんです。リーファさん達、ステキだけど……一点ものだから、譲れません」
言ってる意味が、イマイチ分からなかったけど、僕は頷いた。
鈴木さんの笑顔が深くなり、田中さんは下唇を突き出して、ため息をついてる。
窓から差し込む太陽、セミの声。
もうすぐ夏休みは終わるけど、メグのリスタートはこれからだ。
僕は笑って頷く。コイツの力になりたい。
そう思ったから、素直に言えた。
「頑張れ、僕がついてる……浴衣、よく似合ってるぞ、雪女みたいだ」
鈴木さんと、田中さんが爆笑した。
メグが、頬を膨らませて、僕の腕をぶつ。
「もう、イイトコでdisらんといて!」
僕は、意外に思って、言い返した。
「何言ってんだ、絶世の美女なんだぜ?」
メグが、拳を振り上げたまま、固まった。
「……じゃ……いいか……な」
俯いて、耳まで真っ赤になってるメグから、
鈴木さんに目を移す。
「鈴木さん、さっきの採点、120点でどうですか?」
田中さんは、呆れたように笑い、鈴木さんも首を振って笑うと、イミフな事を言った。
「全く……これ、計算でやってないのが、怖すぎだわ……責任取りなさいよ?」
「……だから、メグは別の事務所に移籍した方が、可能性はあるかな。クレアプロの息のかかって無い所で、再スタートするのが、現実的だろ?」
昼食を終え、活動を続けたいっていうメグに、田中さんが事務所の現状を説明して、三時になろうとしている。
田中さんの結論に、メグは僕の横で、不満そうに頷く。
そうだ、リーファに痴漢した、あのデヴ、メグにも同じような事したんだよな。
目の前で、ボコボコにしたし、その後、橘さんに連行されて、死んだ方がマシな目に、合わされてるには、違いないけど……
「あの、もうちょっかい出して来る事、ないと思うんですよね、アイツ。そんなに意識する事、ないんじゃ……」
僕がおずおず、口を挟むと、田中さんがため息をつく。
「うちの事務所、子役がメインなんだけど、実際仕事が、回って来なくなったからね。アイツ……米沢と揉めてから」
マジ、ツマンネー変態だな、あのロリコン。
「えっと、橘さんに話してもらいましょうか? 多分、言う事聞くと思うんですよね」
「んー、カッコつける訳じゃないし、藁にも縋りたいけど……暴力で脅すのもちょっとなあ……」
「でも、理不尽な事してるの、あっちじゃないですか」
鈴木さんが、難しい顔をして、ぼくを諭す。
「実際問題、私達、橘さんに面識ないのよ。頼めないわ」
僕は食い下がる。
「でも、リーファとメグは、仲良しなんですよ? 橘さん、リーファの言う事は何でも聞くし、リーファは僕が頼めば、大丈夫です……つねんなよ、何だよ?」
僕の二の腕から、手を離したメグが、そっぽを向いた。
「さあ、なんででしょうね。知らないもん」
「何だよ、僕は、オマエにイチバンいい環境で、頑張って欲しいだけなのに……オマエも反対なのか?」
メグが、赤い顔をして、眉を逆立てた。
「ちゃう! 林堂さんが、鈍感やから怒ってるだけ。メグの事、褒めたくせに、他の女の子の話しんといて!」
ハァ?
僕はキレそうになったけど、ジャス子の事を思いだして、一瞬で冷静に戻る。
「言ってろ、バカバカしい……そうだ、せめて、今どんな感じなのかだけでも、橘さんに確認しましょう。それからでも、遅くないと思います」
田中さんが、しかめっ面をして、怒ったメグに、腕を雑巾絞りされてる、僕を見た。
「いい環境……ホント君、イタイとこ突くなあ。六年生とは思えないよ……そうだな、お願いできるかい? 考えてみれば、アイツが、まず、生きてるかだよな……」
僕は、橘さんのlineをタップした。
サムネイルが、こないだ優勝したときの、リーファの写真だ。
やめとけって、リーファを、怒らすだけだっつーの。
『……人が寝ている時に、なんのつもりだ』
とびきり、不機嫌な橘さんの、声が出た。
……まさか、あんな事になってて、あんな事になるなんて……ね。