スタンバイ、スタンバイ
「もうっ、ママが急に、変な事言うから!」
畳敷きだから、コップもお皿も割れずに済んだけど、英字と鳥のイラストが描かれたTシャツも、尻もちをついてるキュロットも、麦茶をかぶって濡れている。
あわてて立ち上がろうとした、僕を制して、鈴木さんが、にこやかに訊いた。
「あら、メグは嫌なの?」
「い、嫌なんて言うてへん! びっくりしただけやし! 急やから、急やし……林堂さん、笑わんといてよ!」
真っ赤になって、ふくれるメグを見てると、やっぱり笑ってしまう。
真面目な両親、ドジで頑張り屋な妹……
僕に妹がいたら、こんななのかな。
それ、悪く無いよなあ。
僕は、冗談めかして言った。
「そうですね、こんな美味しいカレーが食べれるんなら、考えてもいいかな?」
田中さんが、むせて咳き込み、鈴木さんは眼を輝かせ、メグは、膝立ちで濡れたTシャツを引張ったまま、凍りついた。
予想してなかった、反応に僕は固まる。
え、僕、なんかやらかした?
「メメメグ、着替えてくる!」
耳まで真っ赤になって、お皿とコップを光速でお盆に載せると、逃げるように、廊下に消える。
……なんで、逃げるんだよ?
え、僕は、お兄ちゃんとしてはナシなのかな?
……無しだよなあ、さっき泣かしたし。
ちょっと恥ずかしくなって、ごまかす様に、天ぷらにかじりつく。うまい。
田中さんは、まだ咳き込んでるけど、鈴木さんは畳を拭きながら、クスクス笑って、呟いた。
「ホント、末恐ろしい子ね……メグの応援、し甲斐があるわ」
余裕で二年分くらいの、エビ天を詰め込んだ頃に、何冊かのファッション雑誌を持って、鈴木さんが戻ってきた。
どこか難しい顔になった、田中さんに、将来どんな仕事につくのかとか、結婚したら、可愛らしい花嫁の両親と、同居するのはアリか、とか、果ては日本酒は呑めるか、等、謎過ぎる質問責めに合ってたので、助かった。
「食事中ごめんなさい。ちょっと見て欲しいんだけど……」
僕の正面に座っていた田中さんを、お尻で押しのけ、食器をどけて開けたスペースに、三冊の雑誌を並べた。
「メグと同じ年位の男の子に、聞いて回ってるんだけど、林堂君だったら、どれを推す?」
僕も、親の仇の様にやっつけてた、エビ天を脇にのけると、慌てて、口の中のモノを飲み込む。
並べられた雑誌には、中学生くらいかな? モデルって年上に見えるから分かんないけど、女の子がポーズを、とってる写真が載ってる。
お茶碗を持って、スゴスゴと席を譲る、田中さんを見ないようにしながら、僕は唸った。
えー、なんか、女子の好みを聞かれてるみたいで恥ずかしいじゃん。
でも、みんなに聞いてるって言うし、仕事の話だもんな。
こんなにご馳走になってるし、協力しなきゃ。
どのコも黒髪ロングなのが気になるけど、野球帽にパーカーのジーンズ姿、フリルの付いた女の子っぽい服装、大きく分けたら、ボーイッシュと……え、ガーリッシュとか言うのかな? 知らんわ、まあ、とにかく二つに分けられるけど……
僕的には、女の子オンナノコした服装、やっぱいいよね。
ほら、僕の周り、みんな……基本、凶暴じゃん?
そんなわけで、妖精チックな白のワンピース……我ながら、女子に、自分勝手な理想を押し付ける、ヲタク丸出しな一つを指差そうとして、他の写真が目に止まった。
「あ……浴衣」
それは、夏の特集をしてる一冊だったんだけど
『夏限定、花火みたいな恋がしたい!』
とか、僕がピットだったら、『グっはぁ!』って叫んでくたばってしまふ、コピーは極力見ないようにした。
「……夏だもんね。女の子もやっぱり、それ選ぶわよ?」
そう言われて、僕はホッとした。
天井が、ドタタ、と慌ただしくきしむ。
メグ、まだ降りてこないな。
「そういえば、浴衣の女の子なんか、記憶にないなあ……地元の夏祭りなんかで、見たかもしれないけど、目に入らないです。テキ屋のくじで当てた、鉄砲で撃ち合うのに忙しくて」
鈴木さんは、楽しそうに笑った。
「低学年の頃はそんなものよね、男の子って」
「いえ、五日ほど前に」
「……それはそれとして、ガーリッシュ、ボーイッシュ、ロングヘアーはどう思う?」
田中さんが、少しムスッとして、カレーを食べながら呟いた。
「カレーを作れる年齢に、なったと思えば、もう、恋か……呑みたい」
「ロングヘアー、女の子らしくていいと思います。服装関係なく」
ダン、ダン、ダン、と天井が踏み鳴らされる。
二階で、ぴょんぴょん跳ねてる?
「パパ、陽が高い内に呑んだら、放り出すわよ?……そっか、桜色と白ベースの浴衣、このモデルになら、どっちが似合いそう?」
「白の浴衣って見た事無いなあ……どんなんだろ? 想像付かないから、見てみたい気はします」
二階が、格闘技のスパーリングでもしてんのかってくらいドタバタ騒がしくなった。
僕はさすがに上を見て呟く。
「メグ……ですよね? なにやってんだろ」
田中さんは答えず、鈴木さんはスマホをテーブルの上に置くと、ニッコリ笑った。
「さあ? 初陣の準備かな?」
言う間もなく、階段を、ダダダと降りてくる音、小さな咳払い。
鈴木さんが、女の子っぽく頬杖をついて、廊下に声をかけた。
「その浴衣って、娘が着たら、こんな感じなんだけど……」
襖が開いて、そっと畳を踏む音に、顔を向けた。
僕は、思わず、持ってたコップを膝に落とす。
空っぽで助かった。
そこに立ってたのは、頬を桜色に染めた……
黒いツヤのある髪に、白いリボンは同じだけど、控えめなメイク、白が基調の浴衣、薄いピンクの帯に……雪みたいに白い肌。
大きな瞳が、何かを期待するみたいに、キラキラ光っている。
そこに立っていたのは……雪女。
「こんな感じなんだけど……林堂君、採点してくれない?」
背中に挿してた、そこら辺で配られてる団扇で口もとを隠すメグ。
上目遣いに僕を見つめて、真夏の雪女は、おずおず訊いてきた。
「どう……ですか。変じゃないかな?」
茫然としたまま、何故か、僕は敬語で答えた。
「……全然、変じゃないです」





