夏の終わりの雪女 〜プロローグ〜
前略
父さん、母さん。
お元気ですか?
いや、元気なのは知ってる。
なんせ、今朝まで一緒にいたんだから。
昨日の朝、病院に迎えに来てもらって、説教されて、一日安静にさせられたんだから。
安静。
聞こえはいいけど、残り少なくなった夏休み ――あえて、日数は言わない。絶望するから―― の一日を、部屋で潰せと?
lineのグルじゃ、『こまつ10:30に集合な』
とか、この指とまれな書き込みに、次々と、『おk』『り』とか、リプが返されてるのに。
見なきゃいいって、思うよね?
見ちゃうんだよ、そんで、探しちゃうんだよっ、「俺、今日無理だわ」って返事を!
そしたら、そいつ誘って、フォトナか、三人いりゃ、APEXって手もあるし、「暑いのに、アイツラ大丈夫かね?」とか、俺達賢いインドア派、ボクタチオトナーって、密かにマウント取る事もできるのに……!
ありませーん、一つもアリマセーン。
みーんな、屋根に生タマゴ落としたら、フライパンより早く、目玉焼きが出来そうな気温の中、デュエマとスマホと、水筒持って出撃してまーす。アホばっかでーす。
チクショウ、僕だって、遊びに行きたい!
自分がいかにピンピンしてるか、残された夏休み、友達と交わるのがいかに大事かを、帰りの電車で、18分にも渡って熱心に説明した。
自慢だけど、審判にレッドカード取り消しを迫る、イタリア人サッカー選手でも、あれだけアツくは語れないぜ?
ムダだった。
返事もせず、スマホで、ドアラの動画をウットリ眺めていただけでした、うちの母。
仕方なく、僕ら小学生に残された、最終奥義を発動した。
もう、わかるよね?
そう、あれだ。
『夏休みの宿題を、友達とやる』
っていう、最初の30分以外は、宿題以外の事してるって、アレ。いや、30分も盛ってるくらいだ。
母さんは、手放しで賛成してくれた。
イヤな笑顔で。
「ええ考えや! 大阪大会とパキスタン観光で、進んでへんもんな、ナディアちゃんと、リーファちゃん呼び!」
僕は、いい笑顔でサラリーマンっぽく返した。
「あ、大丈夫です! 一人でイケます」
……冗談じゃない、女子なんてまっぴらだ。
そりゃ、あの、ジャス子との時間は、幻みたいな優しい時間だったよ?
でもさ、冷静に考えたら、とびきりややこしい、頭痛の種がも一つ、増えた訳じゃん?
『……そんな訳ない、こんなに大好』
あーっ!
わー、わーっ!
考えるな僕!
年下とシャワーして、一緒のベッドで朝までとか……
ダメじゃん。
バレたら、終わりだよ、もう!
まさしく、あんなもので、あんな事をしてしまった僕は、勝ち負けで言うところの、負けだよな!?
もうね、ナディアとかオリガとかリーファとか、しばらく会いたくないの、アイツラ鋭いから!
しばらくってどれくらい?……うーん、そうだな……
卒業するくらいまでかな?
せめて、中学を。
それくらいヤバイんだよっ、5年坊なんだぜ、ジャス子?
この場合は、女子達より、実は、男子共にバレるほうが、ヤバイです。
ずーっと白い目で見られて、カーストの最底辺にされちゃいます。
風呂場に飛び込んで、口押さえて、全裸見ちゃいました、なんて知られたら、もう、犬扱いだよね。
ちなみに、中東では、イヌ野郎って言ったら殺し合いになります、ハイ。
でも、やった事考えたら、クラスの席に、ドッグフード置かれてても、文句言えないよね。
『獣医の97%がオススメ!』
とか、イラン煽り文句が頭を横切るから、女子はいらねーんだよっ!
そんで、開き直って、宿題やりましたよ。閉じ篭って。
終わったのは、空が橙色になった頃でした。
カラスの鳴き声で、ちょっと泣きました。
あ、いけね。
大分脱線したけど、話戻すね。
今朝……
じゃなくて、退院した、昨日の朝、メグのマネージャーさんから、電話あったろ?
メグだよ、大阪大会で、替え玉やってくれた、僕に微かに似てるっていう、5年坊。
ジャス子と同じ、5年坊。
その人に、メグん家に来てくれって言われたんだ。
話ショートカットし過ぎだけど、前置き長すぎたから……
んで、僕、今メグん家。
フツーの一戸建ての、フツーの和室。
メグの自室の、六畳間なんだけど、高級でもなんでもない。
置いてあるベッドも、机も、ニトリなんかで売ってそうな、ありふれたモノだけど、部屋自体は、女の子らしい、いい匂いがする。
僕みたいなパンピーには、フツーが落ち着くから、有り難い。
……ただ、フツーじゃないところが、2つ。
襖や、古ぼけた木目の天井に、貼ってあるポスター。
ジャニーズとか、K-POP とかのは1枚もない。
何か、年季の入った、昭和のおばさん ――キレイではあるけど―― とか、いわゆる、大女優? なの? 知らんわ、テレビでよく見る人達だなって、ぐらいってしかワカラン。
もう一つが問題だ。
凍りついた僕の背後から、鈴のなるような声が、静かに言った。
「ベルさん、こっち向いていいですよ」
僕は無言。
答えたら、お終いだ。
こんな昔話が、確かあったな?
何を話しかけられても、振り向いちゃいけませんってヤツ。
「大丈夫です……」
何が大丈夫なもんか。
「……下着は付けてますから」
何にも大丈夫じゃねーよ!?
窓の外から聞こえる、セミの声、調子の悪いクーラーがたてる、唸り声。
僕は、一歩も動けない。
足音がした。
汗が、こめかみを伝う。
僕の前に回り込んで来た、黒髪ロングの白い顔と目が合う。
頑張って、下を見ないようにするけど、白い肩は剥き出しで、ブラのストラップらしきものが、嫌でも目に入った。
サラサラの前髪、大きくて、優し気な眼差し。
ジャス子が金髪の天使なら、コイツは、雪女か?
ただ、メグには、リーファや、ジャス子に無いものがある。
か弱さだ。
棘も武装も全く無い。
フツーの女の子。
ただし、それは男子には、下手したら、最強の武器になる。男子にもよるだろうけど。
ザンネンな事に、僕はそういうのストライクな男子です、ハイ。
だって、しゃーないやん?
まわり、サイヤ人みたいな女子ばっかなんだから。
僕は、黒曜石みたいな目で見上げられ、クラクラした。
少し背伸びして、僕に目線を合わせようとする努力が、初々しい。
「これで、信じてもらえました?……メグ本気なんだから」
……前略
お父さん、お母さん、そしてクソッタレな神様……
俺、5年坊に取り憑かれる呪いでも、かかってるんですか?