エピローグ
「……結局は、デモンストレーションだったんだろうな、自分達は、本気だって言う」
自宅。
向かいのソファに無表情で座っている、リーファへの報告を終えた。
いつもの事ながら、娘の無表情に心が痛む。
そうしてしまったのは私だが、今回は尚更だ。
彼女が、大切にしている、二人と、その家族まで、巻き込んでしまったのだから。
そして、それこそが、正しくアイツラのねらいなのだが。
リーファは、俯き、ポツリとこぼした。
「なんで、ナーと、凛が出てくるんだよ……」
私は敢えて言った。事実を伝えないと危険だし、私の責任だと言う事を強調する為だ。
「私達を苦しめる為だ。憎いんだろうな、梁家が……理由も、敵の正体も分からないから、手の打ち様がないんだ」
最後のセリフが、言い訳がましく聞こえていない事を祈った。
リーファは、俯いたまま、拳を強く握りしめる。
私は壁一面の、はめ殺し窓から、市内の景色を眺めた。
昼の1時を回った幹線道路と、薄い色の青空が見える。
今朝方の、爆弾騒ぎが嘘の様だ。
あれから、米沢は、黒山組が懇意にしている、個人病院に連れて行かれたはずだ。
連中に、もう二度と会う事はないだろう。
……と、言いたい所だが、エディ・田中が逃走中である以上、黒山組も、私も、何より、奴等に撃たれたチャンとも、腐れ縁が続く。
チャンは、私の息のかかった病院に運び込んだ。勿論、恩を売るためだ。
米沢にも、力を借りなければならないかも知れない。
米沢の話を、聞き終えた娘は、複雑な顔をしていたが、
「……私はもういいし、ソイツ、死ななくて良かったって思うよ。ただ、他にも被害にあった子達がいるなら、死ぬ程後悔してる事は、伝えた方がいい。お互いの為にも」
私は頷いたが、それは範疇外だ。
奴が勝手にやるだろう。
娘の言葉が、短い回想から、私を呼び戻す。
「ナーの気持ちが分かった……私達にマフディ家の事で、迷惑かけてるって気に病んでたけど……マジ、キツイよ。疫病神になった気分だ」
私も、体が重くなった。
娘が、あてつけで、言ったのでは無い事はわかるが、正直応えた。
全ての元凶、疫病神は、私なのだ。
しかし、娘には言えないが、私はエディの口から出てきたのが、梁、香咲、林堂で会った事は、不幸中の幸いだったと思っている。
香咲=マフディには、貸しがあるし、林堂に至っては、ジェーンの息子だ。
「マフディに関しては、お互い様だし、林堂君には護衛を付けた……最高のな」
正確には、付けた、じゃ無くて、付いてる、だが。
ジェーンが。
ジェーンの正体を知っているのは、私以外では、ヤツの妻だけだ。
林堂君も、父親が普通の人間ではないと、分かっているだろうが、私の相棒として、世界中を渡り歩いてた事は、知らない。
娘は、訝しんだ。
「凛、そういうの嫌がるよ? 了解は取ってあるの?」
「リーファ、そんな事も、言ってられないんだ……その事は、また話そう。林堂君たち、今朝方まで、ここに居たそうだな……顔が赤いぞ?」
「べ、別に何も無いって。ただ、熱が出て、ハスマイラが、病院に運んだ。ハスが、面会禁止にしたから、お見舞いにも行けないけど……」
林堂君め、いい気味だ、という言葉を呑み込み、そうか、とだけ答えておいた。
「マフディにも、林堂君の父にも、この事は伝えてある。マフディは、自分達で何とかするから、心配はいらないそうだ。林堂君の父は、陰から護衛を付けることに、許可をくれたよ」
「そっか……」
私は、部屋着の袖を捲って、タンブラーの上のグラスを取った。娘には悪いが、ウィスキーだ。
体も瞼も重い。今から、就寝だ。
「リーファ、悪い事ばかりだが、いい事もあった。奴等の尻尾を掴んだ。必ず無力化する」
リーファは何も言わなかった。
分かってる、お互いに。
そうした所で、次の敵が出てくるだろう事。
だから、梁家の娘は笑えないのだ。
だが、今、その議論はしたくない。
卑怯かも知れないが。
私は立ち上がった。
「寝る。ハスマイラに言っといてくれ」
リーファが、キョトンとした顔で言った。
「お酒飲んでるから、そうかもって思ったけど……ハスマイラ、パパが帰ってきたから、張り切って、食材買いに行ってるよ。カレーにするって」
私は、肩を竦めた。
「カレーにするも何も……アイツ、カレー以外は、マトモに作れないだろ?」
リーファが笑うのを、久しぶりに見て、私は満足だった。
梁家の娘は笑わない 編
了