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生きた



「ケツから、火が出た! 外村ァ、助手席の配線触んな! フロントガラス割れ!」


 指を切り、血まみれの手でドアをこじ開けようとしている、組長が叫ぶ。


「押忍、 2人程、火消しに回れや!」


 若頭が、即座にフロントガラスに、バールを叩き込むと、蜘蛛の巣状のヒビで、真っ白になった。

 フロントガラスは、破片が飛び散らず、乗員に怪我をさせ無いように、出来ている。


 蝉の声が響き渡る青空に、黒煙が立ち昇った。


 焦げ臭い匂いが、焦りに拍車をかけるのに、蝶々の肩を押さえてるだけの自分に、少し後ろめたさを感じる。


 ……ジェーンが、見間違う筈はない。

 

 時限装置自体が、ダミーだったのか。

 それとも……本当に厄病神が、壊したのか。


 私は、即座にその考えを否定する。

 

 超能力者などいない。

 そんな都合のいい生き物の存在を、私は認めない。


 マフディの息子は、神の声が聞こえるギャンブラーだと、林堂君は言うが、勿論信じてない。


 我々は、自分の力のみで、ベストを尽くすだけだ。


 一際高い金属音が、私を我に帰らせた。


「ドアが開いた! 米沢さん、生きてるか? 俺が、蝶々の父だ!」


 喚いて、立ち上がろうとする、蝶々を引き戻し、


「ジェーン、見てくる。頼んだ!」


 代わりに私が、走った。


 スーツのスラックスに、スニーカー、少年課の刑事かよ? 自嘲しながら、運動場を駆ける。


 場違いな程、快晴で、午前の太陽なのに、やたら眩しい。


「なん……だ。俺まだ、生きてんのか……」


 ドアに群がる、ヤクザ達の間から見えた、米沢の姿に、一瞬、息を呑む。


 腫れ上がった上から、更に殴打されたのか、パンパンに、青黒く膨れ上がった顔。


 運転の為、眼鏡だけが無事な事に、殴った奴等の悪意を感じた。


 が。

 

 俺も同じ事をやったと思うと……気分が悪くなった。


  Yシャツの、あちこちに、こびりついた血の塊。

 運転中、よく通報されなかったものだ。


 私はフロントガラスの剥がされた、トラックの前方を横切り、助手席側に向かう。

 

 腹の辺りに、巻かれたベルトを起点に、助手席のシートを横切るコードの束が、トラックの後部へと消えている。

 途中にくっついてる、スマホに映るタイマーは、0500で表示が止まっていた。


 胃の腑が捻れて、吐き気がした。

 今、爆発しても不思議じゃない。

 

 オマケに、トラックの火は、少しづつ広がってきている。2人程組員が、脱いだシャツで扇いだり、砂を掬って掛けたりしてるが、役に立ってない。


 小学校の警備兵は、動かない。


 運動場内でなら、爆発しても、周囲に被害はないから、危険を冒す理由が無い。


「アンタ……右手!」


 組長が、引き攣った声で、悲鳴の様な声を上げる。

 米沢の手首から上が、おかしな角度で曲がっている。


 ヤツは、ノロノロとそれを見て、口許をゆがめた。


「折れてら……ハハ……いい気味だ」


「何言ってんだよ!?」

 

 組長が、米沢のシートベルトを外しながら、叫ぶ。


「あのね……この手で、年端も行かない、女の子達を撫で回して、傷つけたんだ」


 組長が、言葉を呑み込む。

 他の組員もだ。


 米沢は、その反応に満足した様に、笑った。


「行って……離れろ。アンタ達は、もっとマシな死に方するんだ」


「いつまで、言ってやがる?」


 助手席側から、私は吐き捨てた。


 全員が、私を見た。

 それを無視し、助手席のコードを仔細に調べながら続ける。


「いいか? 俺達は、つい何日か前、お前なんか、見習いにすらなれねえ様な、悪党共をバラして来たんだ。パキスタンで、誘拐した女の子達を、メイドにしてた軍司令官の、ニュースは知ってるか?」


 若頭が反応した。


「俺、ネットで見ました。娘がいるから、許せませんでした。殺してやりたいって……」


 俺、このセリフは2回目だな。


「死んだよ。あそこのジェーンに足を折られて、メイド達にリンチされた挙句、魚の餌だ」


 唖然とする組員。


「そんなお伽噺はいい。米沢……」


「だから何? ソイツに比べたら……なんて、子供達に言えるとでも?」


 米沢の静かな声。

 私はその目を見据えたまま、懐から、ナイフを抜いた。


「そうは言わねえ。そもそも、『こだわり』ってのは、人と比較しても仕方ねえ。『あんたにはバカバカしくても、オレにとっては苦しい』んだからな」


 ボタンを押し、刃が飛び出したそれを、米沢の手が届く場所に放る。


「俺達が退避してから、自分で決めろ……組長、全員下がらせろ。どうするかは、コイツが選ぶ。アンタじゃねえんだよ」


 急に元気を無くした声で、組長は命じた。


「全員下がれ。俺もすぐ行く……二度言わせんな」


 組員達は、言われた通りにした。


 組長は、静かに言った。


「米沢さん……ワシらも、クズです。けど、先代に言われました。『クズから抜け出そうとするヤツが……人間だ』って。蝶々も待ってます、早よ、来てください」


 返事の無い米沢を置いて、組長は背を向けた。


虚空を力無く見つめていた、米沢は、ナイフを手に取った。


「早よ来てって言われても……まあ、やってみるか」


 そうだ。結局、爆弾が解体されたわけじゃない。


 コードを切らないと、車から出られないが、そうした途端、爆発するかも知れないのだ。


 笑いらしきものを、浮かべた米沢の顔を見つめたまま、私は、距離を取り始めた。


 「ありがとう、ミスター・梁。初めて、『生きた』ってカンジしたよ……離れてて」


 


 

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