厄病神からの贈り物
「無理に入ったら、死ぬが!この学校は普通じゃねえ、チャカ持ったボンズどもが見えんか、あんきら!」
私と左舷、その娘が追いつくと、門の前で、割烹着姿の、ジェーンが組員の一人の腕を、捻り上げている。無理に乗り越えようとしたのだろう。
門を乗り越えて、侵入すれば、あの守銭奴の事だ、警備兵達に指示し、即座に撃ち殺すだろう。
只者でもなく、敵でもなさそうな、オバちゃんを、取り扱いあぐねてまごつく、ヤクザ達。
蝉の合唱が降り注ぐ中、静かに開き始めた、鉄門に気づく。
呆然とおばちゃん姿のジェーンを、見ていた組員達は、その背後を指し、口々に喚いた。
「「開いた、開いたがな、オバちゃん! 通してーや」」
一瞬動きを止めるオバちゃん。
ジェーンは、中腰をやめ、門の隙間に飛び込むと、背中で叫んだ。
「ボーッとしてんな、チビども!」
「「ええ……」」
不本意そうな、組員達。
それでも、血相を変え、門の隙間に殺到する。
「米沢ァァ! 死なすか、ボケェ!」
絶叫しながら、バールを握った組長が、殺りに行く勢いで叫ぶ。
私も門の内側に侵入すると、周囲を確認した。
他の小学校の、倍くらいある運動場。
奥に朝礼台と、新築の校舎、植え込みで、筒の長いライフルを構える、警備兵達。
運動場の中央に向かって、ノロノロ進むトラック。
そうだ、時間を稼げ。
既に土のグラウンドを灼き始めた、陽射しに汗が吹き出す。
汚れ、よれ切ったYシャツが肌にまとわりつく。
私は、パニックと戦う。
情報が少な過ぎる。
米沢を引き摺り下ろせば、解決なのか?
時限装置も併用なのか?
エディが、GPSで監視してるのか?
考えだしたらキリがない。
ジェーンが、トラックに追い付き、併走しながら、運転席を覗き込む。
ジェーンの追い足が落ちた。
「ジェーン!?」
私の叫びに呼応するかのように、ジェーンが、逆走し始めた。
砂を蹴立てて、素の声で叫ぶ。
「時限装置、20秒、スーサイドベスト! 退避!」
その言葉は、私の全力疾走を止めるに充分だった。
一瞬で、分析した結果が、脳裡に浮かぶ。
無理だ。
自爆ベストの解体は、容易ではない。
おそらく、エディが時限装置を起動したのだ。
例えば、校門をくぐってから。
繋ぎっぱなしの携帯でも、持たされていたのか。
スーサイドベストの意味を理解出来る者がいたのか、それとも、20秒の言葉に反応したのか、組員達が、組長を組み伏せた。
「離さんかい!」
真っ赤になって怒号する、左舷の脇を、若頭がすり抜ける。
ジェーンの横をすり抜けようとした所で、外村は魔法の様に、ひっくり返された。
だが。
「蝶々!」
その横を走り抜ける、黒山組の娘には、誰も手が届かなかった。
私は叫んだ。
「戻れ、左舷! 米沢の気持ちを無駄にするな!」
「こんな気持ちで生きてけるわけないっ!」
案外、俊足でトラックに駆け寄る、蝶々。
それが裏目だ。
誰も追いつけない、間に合わない!
追い付き、併走しながら、運転席のドアに手をかける、ツナギのロングヘアー。
運転席から、聞こえる、米沢の怒号と、突き出される右手。
それを、かわし、しがみつき、半分引きずられながら、蝶々は、喚いた。
後、10秒切ってる筈だ!
「神さん、ちょっとは、役に立ちーや!」
蝶々が、米沢のもがく腕を、抱きしめたまま走る。
「少しはエエとこみせーな、使えなさすぎやろ!? 私……」
「蝶々、お前だけが頼りや! 本気で言え……」
組員達に、押しつぶされた、組長の意図に気づいた組員も、蝶々に向け咆えた。
「「頑張るって!」」
「超・頑張るからぁ!」
上空で、爆発音。
2台のドローンが、情けないラジコンヘリの様に墜落し、グラウンドで跳ねた。
狙撃?
空っぽの頭に、浮かぶ二文字。
トラックのタイヤが、四輪とも、重量に耐えかねたかのように、次々とバーストした。
蝶々が、ふっ飛ばされ、コロコロと、転がり、その後を追うように、ゆっくりと、トラックが運転席を下に、横転する。
荷台から、次々、投げ出される、ドラム缶。
重い響きをたて、それぞれ、勝手な方向に、転がって行く。
一つの蓋が外れ、音を立てて、ガソリンが流れ始める。
……爆発はない。
「疫病神のご利益や! オマエラ、行くで!」
おう! 何の迷いもなく、トラックに向う、黒山組。
流石に、唖然としているオバちゃんを振り切って、若頭も走る。
「ありがと、オバちゃん。蝶々たのむで!」
しっかりと、ジェーンのフォローをしてから。
そうだ。
疫病神の存在を信じる連中しか、いつ爆発するか知れない、トラックに向かえない。
私と、ジェーンは、へたり込んでる蝶々を抱えて、車から離れた。
砂の上に引きずられた跡が引かれ、土の匂いが強く匂う。
植え込みから、慌てた叫び声が聞こえる。
ジャム?
全員がか?
……私は、無視した。
オカルトに頼る様になったら、終いだ。
「黒山組、推参! 極道の見せ所じゃあ!」
「「応!」」
組長の啖呵と、野太い気合が、朝の青空に溶けていく。
六人で、車を起こすと、
「せーの……ヨイショお! せーの……ヨイショお!」
バールを使い、ひしゃげたドアをこじると、隙間に手を突っ込み、三人がかりで、開きにかかる。
「おい、生きてるか、アンタ!」
組員の一人が、揺れる運転席に、前から声をかける。
こちらの角度からは、米沢が、うなだれてる所しか見えない。
鈍い爆発音。
私は頭が真っ白になった。
トラックの後部に、炎が見えたからだ。