車屋
物部は、拙著、『スフィンクス・ゲーム』
にも出ています。
面白いので、是非ご一読を!
(o゜▽゜)
「ジェーン……まず、監視してるタンゴから、潰して、米沢を助ける……人質さえ、解放すれば、米沢は逃げれるはずだ」
広めの生活道路を疾走する、ハンターカブの後部座席で、私は風切音と、マフラーがたてる騒音に逆らい叫んだ。
午前9時をまわり、チラホラと人の往来が見えるが、障害物になりそうな、子供や年寄りがいないのは救いだ。
暑苦しい、フルフェイスのヘルメットに、通信が流れた。
『ギーターより、アシュラーへ。先の突き当りを左折で、小学校まで、500mの直線。トラックと、監視のセルシオまで約50m……スタンバイ……スタンバイ』
「ジェーン! 左折したら、50m先にタンゴ……OK」
私は、割烹着のオバちゃん姿をしたジェーンの身振りを読み、左折の減速時に、荷台から飛び降りた。
たたらを踏みながらも、角の木造アパート陰から、様子を覗う。
私の面は割れてる、と考えるべきだからだ。
フルフェイスを脱いで、近くの洗濯機の上に放り出すと、そばにあった、虫かごの蝉が暴れてビビる。
うるせぇ、スズメバチの餌にすんぞ。
建て売りの住居に囲まれた、車二台は通れない幅の生活道路を、ノロノロと、トラック、そしてセルシオが進んでいるのが見えた。
ジェーンの操る、ハンターカブが、目を引かないスピードで迫っていく。
視線を外さないまま、IPhoneを取り出した。
「物部校長、私だ」
どこか上機嫌の、巨漢の声が、IPhoneから流れた。
『見えてますよ。2分後に、ドローンが離陸。校庭に引き込んでから、警備兵が自爆兵を無力化します』
私は慌てた。IPhoneを握る手がべとつく。
ジェーンが、フラついたフリをして、セルシオの左前面に、カブをぶつけ、派手にコケるのを見ながら、強調する。
「いや、救けたいんですって! 金持ちだって言っ……」
『どうやって?』
冷たい声に、言葉を呑み込む。
流石に停車したセルシオに、足を引き摺りながら、喚き散らすオバちゃん。
どうやってるのか、オバちゃん、そのものの声だ。
『分かっているのは、ガソリンを積んでるって事と、遠隔操作で、爆破する予定と言う事だけ。本来なら、校門を閉めるだけで済ませたいんですよ?』
……その通りだ。ストレスと、下水の匂いが鼻をつく。
聞き取れない方言で、運転席のウインドウを叩いて喚き散らす、ジェーン。
周囲の家から、顔を出す住人もいる
ものべの、酷薄な正論は続く。
『周辺の住人に、被害が出たら面倒だから、付き合ってるだけです。夏休みで、生徒は一人もいません。本校が銃を取るのは、学内の生徒の、安全確保の為だけです』
私は歯噛みした。
私でもそう言うが……
他人に言われるとムカつくな?
運転席の男が、不用意にウィンドウを下げ、人相の悪い顔を出した途端、ジェーンの左手が掻き消えた。
糸が切れた様に、カクンと落とした首を突き飛ばし、車内に戻す。
ジェーンが、車内に向かって頷くと、数秒後、助手席から、左舷の娘が飛び出した。
『運動場の中心部まで来た時点で、無力化します。救けたきゃ、勝手にやって下さい』
こっちが舌打ちする前に、通話が切れた。
ムカつく野郎だ。
ジェーンが、運転席に乗り込み、左舷は、エンジンが掛かりっぱなしの、カブに跨った。
髪留めから、機械音声が流れる。
『タンゴを無力化。起爆装置らしきものは、無し。おそらく携帯に拠る、遠隔操作』
ってことは、番号知ってりゃ、エディでも、起爆可能って事か。
私は、ジェーンの乗っ取った、セルシオに向かいダッシュした。
400m程先、トラックが、校門にたどり着く前に、ハンターカブが、その進路を塞いだのが見えた。
急ブレーキに、荷台のドラム缶同士がぶつかり、音をたてる。
心臓に悪い。
助手席の冷房に、一瞬気が緩んだが、ドアを閉める前に、ジェーンが、アクセルを踏み込み、罵声を上げた。
流石、高級車加速の良さを見せ、あっという間にヒマなギャラリーを、背後の景色に変える。
米沢達の所まで、30mというところで、助手席に乗り込もうとしていた左舷が、蹴りだされるのが見えた。
助手席側の扉を、開けたまま、裏門に向かうトラック。その先は、運動場だ。
どこかを打ったのか、よろけながら、その後を追おうとする、蝶々。
追いついた私は、車から飛び出すと、左舷を捉えた。ジェーンは、トラックを追う。
「行くな! お前が行っても、どうにもならん! ジェーンに任せろ!」
顔や膝に、擦り傷はあるが、無事だ。
華奢で、柔らかい体が、トラックに向いて絶叫する。
「もうええやん、なんで、アンタが死なないかんの!? 」
私を振り返ると、涙と鼻水で、くしゃくしゃになった顔で哀願する。
「助けて下さい! 『人のいないとこまでトラック運ぶ』言うて、私を突き飛ばしたんです!」
言葉を失う、私の周りに、路地を曲がって、バイクが殺到してきた。
「蝶々!」
「お嬢!」
3台のバイクに乗り、組長と、若頭、ガラの悪い連中が、手に手に道具を持って、集まって来た。
組長が、渋滞を見越して、用意させたのか。
切れる男だ。
「父ちゃん!」
慌てて、駆け寄ってきた、蝶々を抱きしめる、組長。
蝶々は、泣きながら喚いた。
「米沢さん、ピアノ弾けるねん!」
「……え?」
「やりたくも無いのに、親にやらされて、デブが似合わねえって、イジメられて……トラックも運転できんねん、金持ちやのに……家から逃げて……運転手やってたから……連れ戻されて……結婚させられて……浮気されて……女性恐怖症になって」
「蝶々……」
瞬きもせず、聞き入る、組員達。
意味を成さない、言葉の羅列は、そこにいる者たち、全員の心に容赦なく刺さる。
「わた…わたしの代わりに……うん、運転する言うて……殴られて……私かばって……」
組員達が、落涙した。
トラックが、門をくぐり、疾駆するジェーンの数メートル先で、ガラガラと無情に閉まる。
「人間として死ねる、感謝するって……お願い、あの人を、助けて」
組長が、何かを言う前に、組員全員が校門に殺到する。
私は物部に、架電する。
あおせ小学校の校長は、開口一番言った。
『ドローンの映像で見てます。あの、チャチな道具持った、ジャリ共は殺していいんですか?』
「ブルーだ、撃つな! 頼む、門を開けてくれ、迷惑はかけん!」
『いや、充分迷惑なんですが……それと、私、柄にもないことしやがって、って言われた事無いのが自慢でして』
撃ち殺してやろうか、このクソ?
「開けてくれ! 誰も死なない、アンタも潤う! 俺も任務には、命掛けてんだよ、車屋!」
私は、物部の古い呼び名を絶叫した。
数秒後の舌打ち。
物部が、地をむき出して言った。
『その名を出した以上、下手打ったら、その場で殺すぞ?』
こちらが返事する前に、電話が切れ、門が静かに開き始めた。