ワケアリ小学校
『……スズメバチ入りの袋を被ってる、タンゴが言うには……ジーザス、コイツどうする?……失礼しました。大男が、中型トラックの運転は、自分の方が、慣れてると言い張ったそうです』
IPhoneから、車内に響く部下の報告に、呆然とする、組長。
『いすゞの1tトラックに、米沢、それを監視する銀色のセルシオには、左舷と、エディの部下』
「エディは?」
『黒のニッサンマーチ。ノーパソに見える範囲にはいません。米沢が、小学校に侵入と同時に、遠隔操作で起爆。逃げようとすれば、人質の左舷を手下が撃つそうです』
「なんで、その人そこまで!?」
組長が、取り乱して喚いた。
「何者ですのん、その人? 娘に何の義理があるんですか!」
瞬きしない視線を、私はガッチリ受け止める。
そうしないといけない気がした。
……そして、正直に語らなければ、いけない気がした。
「……そもそもは、私の娘に痴漢した、最低のクズだったんですよ」
「へ?」
フザケてると思われないように、眼に力を込めた。
「アジトでシメてた時に、娘さんが突っ込んで来た。軽トラを弁償しろと煩いから、米沢をけしかけて脅したんです。『この女をお仕置きしたら解放してやる』ってね」
「……アンタ」
何とも言えない顔をする、組長の言葉を遮る。
「申し訳ないが、悪いとは思ってません。私も本気ではなかったが、貴方の娘はとにかく、しつこかった。そして、組の名前を出して威嚇する彼女を、米沢は諌めたんです。『肩書に頼ったら、友達無くして、人生詰む……自分みたいにね』と。そのお蔭で、ヤツは自尊心を取り戻しました」
気まずげに、目を逸らす、組長。
こうしてる間にも、米沢達は娘の学校に向かってる。
私は、渋滞する道路に、かつてない苛立ちを感じながら、続けた。
「米沢にも娘がいて、多分、彼女と同じくらいの年齢だそうです。湯坂にコトを頼むにあたって、500万払い、何故と問う私に、ヤツは言いました。『自分なんかでも、生きてていいって思いたい』と」
遂に涙を流した組長から、私は目をそらし、IPhoneを取り出した。
「……ヤツは、死に場所を求めてるんです」
「聞いてたな、外村ァ!!」
左舷は、顔に狂気を表し、繋ぎっぱなしのスマホに向かい、割れ鐘のような声で絶叫した。
ドスの聞いた、『押忍!』の返答に、黒山組・組長は、極道の気合で吼える。
「絶対、米沢さん助けンゾォ? チャカから、チェーンソー、道具集めて、テカ走らせやァ!」
『押ォ忍!』
……全く、暑苦しい事だ。
私は虚空に向かって、言った。
「聞いてたな、ジェーン?」
間髪入れずに、髪留めから、ビープ音。
振り向く組長。
王は、進まない車列にイラつき、ハンドルを叩いている。
「笑うよな、自分の娘に痴漢した奴を、助けに走るんだぜ…まあ……今は仲間だから、仕方ねぇよな?」
ビープ音。
そして、テキストを変換した、棒読み電子ボイスが、髪留めから流れた。
『八分後、ハンターカブで、そちらに接触。乗り遅れるな』
「アホか」
私は、IPhoneを取り出しながら、口許を歪めた。
組長は、若頭への指示で、もう聞いていない。
「バロチでも、オイシイとこ持ってったろうが? 俺の分も残しとけっての……もしもし、物部校長? 私です。そちらに、ガソリン積んだ、自爆兵が向かってます……いや、仲間だから助けたいんですよ……あ、ソイツ、超金持ちです。やる気出ました?」
この、どうでもいい方向に、クオリティ高いの、何とかなんねぇのかよ?
私は、ジェーンの割烹着の背中を睨みながら、胸の中で吐き捨てた。
変装をしてると分かってても、華奢な大衆バイクで現れたオバちゃんを見た時、ジェーンと判らなかった。
連想したのは、あの……何だ……
そうだ、『となりのトトロ』に出てた、カンタってガキのお婆さんだ。カブの似合う事よ。
125ccのハンターカブ、後部座席の乗り心地は最悪だ。荷台だもんな、只の。
これ……確か、シヴァの私物だったよな?
絶対怒るぞ、アイツ。
それでも、スイスイと、朝の渋滞を縫って走るバイクには、カタルシスを覚える。
小学校の方は、大丈夫だ。
校長の物部、金銭欲の権化だが、仕事は失敗しない。
与党の弱みを、握っているらしく、公安からは特A級のテロリストに、認定されているらしいが、詳しいことは、誰も知らない。
あの小学校は、治外法権も、同然の場所なのだ。
私の思考を断ち切る様に、車に常備していたヘルメット内に、本部からの報告が流れる。
『ギーターより、アシュラーへ。アシュラー、パッケージへの接触まで、5分』