梁家の長い手
私は、呆気に取られたが、苛立ちを顔に出さないように、言った。
「申し訳ないが……」
「わかっとります。私かて、こんなアホな事、言いたかありません。ただ、一緒に行動して頂く以上、知っといてもらう必要があるんです、命に関わるから……二分だけ聞いてください」
私が、押し黙ると、情けない顔で続けた。
「すんません……アイツ、小さい頃に母親亡くして、それ以来、神さん、仏さん大嫌いなんですわ。願掛けしてた、神社の祠に、石投げこんで以来、『頑張る』って言うた途端、まわりの物が、次々壊れるんです」
コイツ、何を言ってるんだ?
私は、平静を装いながらも、この男にガッカリしていた。
私は、そういうモノを信じない。
戦場は、運が70%だから、兵士は、験を担ぐヤツらが多いが、死ぬ時は、死ぬのだ。
あのダンプの、車輪が外れたのは、只の整備不良だ。
運のせいにする奴等が、そういうヘマをする。
「でも、娘、オカルトアレルギーやから、それ、絶対に認めません。私が言いたいんは、何か起こったら、娘から離れんといて下さい。疫病神、娘には危害加えた事、ないですから……失礼しました。始めます」
一気に言うと、左舷はスマホをタップした。
エンジンの、重低音をBGMに、コール音だけが車内に響く。
スピーカーにすると、左舷以外の誰かも、聞いてると、教えている様なものだから、耳に当てている。
「もしもし……娘と、米沢さんは無事か……リャン?……田中さんの事か。『知らんがな』言われたわ……いや、どないしろ言うねん! 田中とモメてんのか? ウチ、関係ないやろがぁ!」
中々、気合の入った、カマシの入れ方だ。
車内に、緊張感が走る。
私は、サイドウィンドウから、四駆の外で、おにぎりを持って、ホットのお茶を飲んでる王を眺めた。ヤツは、嗜好品をとらない。
「なあ、大概にしとけよ? いまやったら、なかった事にしたる。二人ともどっかで捨てとけや……は?……田中を、殺れ? おー、オモロイ事言うね、ニセコンサルタントはん。それこそ、そっちで勝手にやっとけや。オドレ、ガイジンやろ? あのな、極道も、官憲に頼る時代なんよ。この録音持って、警察行くわ。日本最強の組織やで?」
私は、心の中で苦笑した。
コイツは、やっぱりヤクザだ。
ケンカの仕方、相手の嫌がる事をよく知っている。
「おー、そうや、こっちも色々、困った事なるよ? 構うかいな、ガソリンの密売なんざ、立ちションと変わるかい……オマエ、コンサルタント、殺したんか? なら、警察、本気出すぞ?」
手を目の前で、ヒラヒラさせながら、おちょくる、左舷。
「コンサルタントの部屋に、指紋残しまくってるやろお? 高飛びなんか無理、日本のお巡りさん、優秀やで? 俺らが言うんやから間違いない」
……その通りだ。
さあ、どう出る、ニセコンサルタント?
「…………は? オマエ正気か、コラ? だから、意味ない言うとるやろが!……」
左舷は、目の前にスマホをかざして、通話が切れたのを確認した。
私が視線で問うと、信じられないという顔で、言った。
「娘に、倉庫でやったのと、同じ事をさせる。止めたければ、梁を殺れ、場所を知りたければ、梁に連絡させろ……ですと」
私は、溜息を付いた。
左舷が、もし私を殺るつもりなら、正直に言ったりしないだろう。
運転席の若頭が、両手を自分の頭に載せた。
害意は無い、と言う意思表示だ。
左舷が、前を向いたまま、ポツリと言った。
「警察行きますわ。相手、多分、本気です」
私は、気分が悪かった。
エディ達は、私を苦しめる為だけに、左舷達を利用しようとしている。
これでは、まるで私達が、左舷を巻き込んだみたいじゃないか。
左舷は、それを読んだ様に、呟いた。
「田中さん、えろう、スンマセン。送るから帰れ、言うてもろたのに、欲かいた娘の責任です。米沢さんも、覚悟の上でしょう……後悔はしてるでしょうが」
私は無言。
そのとおりだからだ。
だが、それとは別に、あのニセコンサルタントを捕まえたい。ヤツらを潰すための、情報が欲しい。
「少し、待ってもらえませんか?」
私の言葉に、首を振る左舷。
苛立ちが滲み出ている。
「田中さん、もうあなたに、出来ることは無いでしょ? アイツの希望通り、田中さんが電話しても、付け込まれるだけです。警察に連絡すれば、二人を殺す、って言うてましたが、言わんかったら、大量殺人犯に、されるだけですわ」
「確かに……だが、あのニセコンサルタントの正体が分かれば、話は別です」
左舷も、若頭も、驚いて私を見た。
「どないして?」
私は薄く笑った。
「指紋はべったり残ってる……あなた自身が言ったじゃないですか」
「いや、せやけど、それはサツやったらの話で……」
私が、真顔で左舷を見つめると、言葉を途切れさせた。
私のIPhoneが震える。
「そうとも限りませんよ……失礼」
本部からの報告を、メールで確認した。
私の推測を裏付けるものだった。
私は、疲労で鉛の様に重い体が、熱くなって来るのを感じた。
捉えたぜ?
今度はこっちが攻める番だ。
「ニセコンサルタントの正体が、分かりました……あいつが、本物の、エディ・田中です」